太陽になれない月は暗闇の公爵を照らす

しーしび

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1章 はじまりの月

1−8

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 もうすぐ10歳と言っても、大人に比べればまだまだ小さいセレーナは、人の間をすらすらと駆け抜けていく。
 それに大人の公爵が追いつくはずもなく、セレーナはあっという間に、彼らを引き離した。

 セレーナは、自分がなぜ逃げているのかも理解でずに、足を進めていた。
 いつの間にか叫んでいて、そして、逃げ出したくなった。
 いつものように、考えている時間なんてなかった。
 考えるよりも先に体が勝手に動いて、セレーナは自分が違うものになった気分になる。

 思いのままに走っていたセレーナは、ハッとして足を止める。
 そして、周りを見渡し呆然とする。

──ここ、どこだろう・・・

 セレーナは、見知らぬ光景に戸惑いを隠せない。
 そこは店があったりして広場のようだったが、簡素な服を着ている人が多く、セレーナだけが浮いている。

 セレーナは、せめて待たせている馬車に駆け込めば良かったと、頭を抱える。
 後悔しても無駄だと分かっていても、短略的な行動に悔やまれる。
 せめて目印さえ覚えておけば良かったと、後から色んな選択が浮かぶ。

『なんであなたはそうなの』

 呆れる公爵夫人の声が聞こえた。

『ソルのような可愛げもない、出来も悪い。なんでこんな子を私が・・・』
『私の子だと思いたくもない』

 公爵夫人はセレーナを要らない子だと言った。
 それを否定したくて頑張っていたが、今、公爵夫人は間違っていなかったように感じる。

 けれど、突っ立っている場合にもいかない。
 どう見ても貴族の令嬢にしか見えないセレーナは、ジロジロと周りの人から見られていた。
 セレーナはあまりの居心地の悪さに、考えた末、広場の隅にある壁際に避難した。

──どうやって帰ろう・・・

 そう思いながらセレーナはぼんやりと行き交う人々を眺めていた。
 笑い合っている人たちは楽しそうで、のどかな日常が広がっている。
 それでも、その景色はセレーナを優しい気分にさせた。

 けれど、その中に自分が含まれていない事に、セレーナの心に影を落とす。

 今頃、公爵とソルは何をしているだろうか。
 セレーナを探しているだろうか、それともセレーナのことなど忘れて──

──いや、お父様は違うもの

 セレーナは嫌な考えを振り払おうと頭を振った。
 だけど、やっぱり嫌な考えは浮かんできて、どんなに忘れようとも、一人ぼっちの今を拭うことは出来なかった。

──もし、このまま・・・

 誰にも思い出されずに放っておかれたらどうしよう。
 本当に自分がいない存在になってしまったらどうしよう。

 そう思うと、セレーナは足元が不安定に感じて、思わずよくしゃがみ込んだ。
 そうでないと、本当に自分が消えそうだった。

 そんなに時間は経っていないはずなのに、いつの間にか日は沈んで、薄暗くなっていた。
 人通りも少なくなっていて、広場の様相も変わってくる。
 セレーナは、見知らぬ景色に怯えた。

「私が、太陽だったらいいのに」

 そうすれば、この自分の中に落としている影も消してしまえるぐらい照らせるのに。
 怖い夜もなくしてしまえるのに。
 けれど、自分はできないからと、セレーナは俯く。

「ふざけるなよ、このガキがっ! 」

 すると、セレーナの背後から怒鳴り声が聞こえた。
 セレーナがいた壁を辿ると、路地になっていて、そこは広場より薄暗いがいくつかの店が並んでいた。
 その一つの店の前に、ふくよかな中年の男がいて地面に向かって怒鳴り散らしていた。
 その地面には、黒い塊のようなものが転がっている。

 いや、よくよく見れば、それはものではく人だと、セレーナは気づいた。
 闇に慣れ始めたその目でとらえたのは、色もはっきりしないボロボロの服を着て痩せこけた子ども。
 服から覗く細すぎる手足は、セレーナの知っているものとは別のもののように思え、セレーナは愕然とした。
 暗闇に溶け込んでしまっている髪が顔を覆ってしまい性別もよく分からなかったが、その子どもは起きあがろうと細すぎる手で地面を押していた。

「お前みたいな奴がくるところじゃないんだよっ! この悪魔がっ! 」

 唾を散らしす中年の男は、前掛けをしていて、その店の店主に思われる。
 男は何が気に入らないのか、思いつく暴言を吐き出していた。

「店まで呪われたらどうしてくれるんだっ! 」

 男の怒りは一向におさまることなく、ついには大きく足を上げた。

「『お前ごときがっ! 』」

 セレーナには、その男の姿にインペリウム伯爵の姿が重なった。
 男の足が子どもに近づいていくのがスローモションのように見えた。
 同時に、セレーナはあの時の恐怖を思い出す。
 どんなに痛くて、こわくて、助けて欲しかったか。

 立とうとして動く子の髪の間から赤く煌めくものが見えた。

 その瞬間、セレーナは咄嗟に体が動いた。

 瞬時に助けなければならないと理解した。
 あの子を自分がだ助けなければ。
 あの痛みを知るのは自分だけでいいと駆け出した。

ガッ

 セレーナは、まだ立ち上がれない子どもを抱きしめ、代わりにその背に男の蹴りを受けた。

「っ・・・」

 大きな男が力任せに振り上げたそれはあまりにも痛くて、セレーナは声が漏れぬようグッと口を閉ざす。
 痛みに耐えれず思わず瞑ってしまった目を開ければ、前には丸くした赤い双眸があった。

 ボサボサの黒髪も肌も薄汚れていて、決して綺麗な身なりでなかったが、それでも近で見た子の顔はとても整った顔つきであるのが分かった。
 頬がこけていて貧相だが、肉つきがよくなれば、あの王子やソルよりももっともっと美しい気がした。
 けれど、そんなことはセレーナには関係なかった。

「なんで・・・」

 目の前の子が言った。
 想像していたよりも落ち着いた声。
 子どもは、飛び出してきたセレーナを見て呆然としていた。

 見たことのない色の瞳を見たセレーナは、良かったと思った。

 別に、色が違うけど自分たちと変わらないただの瞳なのに、なんとなくこの瞳に涙は似合わない。

 そんな気がした。

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