太陽になれない月は暗闇の公爵を照らす

しーしび

文字の大きさ
10 / 36
1章 はじまりの月

幕間ーテッサロニキ公爵

しおりを挟む

「一体、これはどういうことですか」

 静かな怒りを抱えテッサロニキ公爵は、屋敷に帰ってくるなりインペリウム伯爵を問いただす。

「連絡もなく来られるのは迷惑だとお伝えしたはずです」

 たまたま時間が空き着替えに帰ってきて見れば、まるで自分の屋敷のように振る舞うインペリウム伯爵がいた。
 しかもそこには、妻と子ども達がいたが、一人だけ足りない。
 当たり前のように広がるその光景に、これが常習的なものだと悟ったのはすぐだった。

「娘と孫の顔を見るだけに、其方の許可が必要なのか? 」

 インペリウム伯爵は、他人事のような顔をしてグラスを回した。
 公爵は唇を噛み締める。

──あの子を傷つけておいて・・・

 自然と拳に力が入る。
 あの日、知らせを受け慌てて帰って見た我が子の姿が忘れらない。
 傷一つなかった柔らかで白いその肌にできた生々しいもの。
 そんな娘の姿を見たくなくて、けれど側から離れたくなくて、無力な自分に悔いた。
 今にでも彼に殴りかかりたかったが、そうすれば彼と同じ土俵に立ってしまう。
 今は我慢するしかない。

「5年前に、この屋敷の敷居を跨がないでいただきたいと伝えたはずです」
「はて、記憶にないな。皆快く受け入れてくれたが」
「伯爵」
「そう声を荒げるな。大切な孫が怯えている」

 インペリウム伯爵に言われて、公爵はハッとした。
 足元には不安げに自分を見上げる子どもたち。
 公爵は怒りを押し込め、息子ともう一人の娘の頭をくしゃりと撫でた。

「すまないが、二人ともお部屋に戻ってくれ」
「お父様、どうしたの? 」

 ソルが首を傾げ公爵に説明を求めるが、それを笑顔で誤魔化す。

「なんでもない。少しお祖父様たちと話がある。ソル、ウーノを連れて部屋にいてくれるかい? 」
「でも・・・」
「お願いだ」

 静かな父の圧に、ソルも抵抗できずに頷いた。

「あと、セレーナが一人で寂しがっているはずだから、セレーナも一緒にな」
「セレーナ姉様はお部屋にいないよ」

 8歳のウーノが無邪気に言った。
 瞬時に公爵の顔が固まった。

「いない、だと? 」
「そうだよ。セレーナ、どっかに隠れてるの。呼んでも出てこないみたい」

 今度はソルが答える。

「いつから? 」
「お祖父様が来てからだよ。朝から見てないもん」
「食事はどうした」
「知らない。セレーナいないんだもん」

 ソルの返答を聞き、公爵は信じられない気持ちで妻の顔を見た。
 妻はインペリウム伯爵にそっくりの平然とした顔をしている。

「君は、それでも母親か? 」
「あら、あの子の母親になったつもりはないわ」

 愕然とした公爵。
 けれど、その感情を彼らにぶつける暇などなかった。
 公爵は2人を睨んだ後、部屋を飛び出した。

──セレーナ

 公爵はもう一人の娘の姿を探した。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

谷 優
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。 お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。 ◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

はじめまして、旦那様。離婚はいつになさいます?

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
「はじめてお目にかかります。……旦那様」 「……あぁ、君がアグリア、か」 「それで……、離縁はいつになさいます?」  領地の未来を守るため、同じく子爵家の次男で軍人のシオンと期間限定の契約婚をした貧乏貴族令嬢アグリア。  両家の顔合わせなし、婚礼なし、一切の付き合いもなし。それどころかシオン本人とすら一度も顔を合わせることなく結婚したアグリアだったが、長らく戦地へと行っていたシオンと初対面することになった。  帰ってきたその日、アグリアは約束通り離縁を申し出たのだが――。  形だけの結婚をしたはずのふたりは、愛で結ばれた本物の夫婦になれるのか。 ★HOTランキング最高2位をいただきました! ありがとうございます! ※書き上げ済みなので完結保証。他サイトでも掲載中です。

虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても

千堂みくま
恋愛
「この卑しい娘め、おまえはただの身代わりだろうが!」 ケルホーン伯爵家に生まれたシーナは、ある理由から義理の家族に虐げられていた。シーナは姉のルターナと瓜二つの顔を持ち、背格好もよく似ている。姉は病弱なため、義父はシーナに「ルターナの代わりに、婚約者のレクオン王子と面会しろ」と強要してきた。二人はなんとか支えあって生きてきたが、とうとうある冬の日にルターナは帰らぬ人となってしまう。「このお金を持って、逃げて――」ルターナは最後の力で屋敷から妹を逃がし、シーナは名前を捨てて別人として暮らしはじめたが、レクオン王子が迎えにやってきて……。○第15回恋愛小説大賞に参加しています。もしよろしければ応援お願いいたします。

処理中です...