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3章 暗闇と月
3−3
しおりを挟む食事が終わると、ソルはセレーナの思惑通り公爵夫人の元にかけて行った。
きっとエレンを神殿に連れて行くとせがみ始めるはず。
セレーナが「かわいそうだよね」とソルを消しかけている間、ウーノは不機嫌だったが、ここは目を瞑ってもらうしかない。
エレンは既にここに雇われていて、公爵家の管理下にある。
ならば、悪魔だと蔑まれた彼を前向きにさせるのも家の責任。
だから、自信をつけてもらうために、加護を知るのもその一つ。
セレーナは心の中で、そんな屁理屈を言いながら、ソルをその気にさせるように色々と言った。
本当は、少しのお礼のつもりだった。
少しだけ苦しさは消えたから。
書庫での時間は楽しいものだから。
セレーナは先に食事を終えると、さっさと部屋に戻った。
明後日はまたデジレ夫人の授業がある。
セレーナは復習をしようとペンを走らせていた。
コンコン
しばらくすると、扉が叩かれた。
この時間には誰も来ないはずなのにと不思議に思いながらも、セレーナが返事を返す。
すると、家令が汗をダラダラと流しながら「お嬢様、すぐお支度を」と言った。
「王子殿下が、おいでです」
セレーナは眉をひそめずにはいられなかった。
「なぜ殿下が? 」
「分かりかねます。旦那様からもそのような知らせは届いておりません。突然、王家の馬車が現れて」
家令も困り果てた様子だった。
そんな事を言われても、セレーナだって困る。
「お母様は? 」
さすがに自分だけの判断では対処できない。
今は公爵の命令で別邸に追い出されてると言っても、公爵夫人の方が経験が豊富なのは確か。
彼女に頼るしかないと尋ねれば、家令は首を振った。
「奥様は、エレンを連れて神殿へ・・・」
そうだったとセレーナは頭を抱える。
まさか、ソルをそそのかしたことがここで裏目に出るとは。
セレーナは家令に助けを求める。
「どうするうべきなのかしら」
「実は、殿下は、お嬢様にお会いしたいと」
「私に? 」
「はい。今、門で待っておられますので、お嬢様に出迎えていただくしかないかと。相手は王族ですので、このまま突き返されるよりかは」
セレーナを指名した為、家令がここに来たことを知ったセレーナ。
本当に相手が悪すぎるとセレーナは唸った。
──まさか、この前のお茶会の事?
今更すぎるではないかとセレーナは思ったが、そう考えると、公爵夫人がいないのはいい。
それにソルも一緒に出かけているはずなので、セレーナがうまく対処すれば丸く収まるのだろう。
「・・・分かりました。出迎えの準備を」
セレーナは仕方なく頷き、家令に任せる。
そして、セレーナはセレーナで侍女を呼んで支度を始めた。
ただ準備といっても、華美にするのも違うかと思い、軽く髪を整えて髪飾りをつける程度。
約束もなしにいきなりやってくる彼の非常識さに腹だてながらも、王族相手に喧嘩を売ることもできない。
セレーナは対応をどうすればいいのかと悩んでいた。
*
「我らが小さき太陽、王子殿下にご挨拶申し上げます」
セレーナは、形式の言葉を述べて王子を出迎えた。
王子は数人の護衛騎士を引き連れて、公爵家よりも数段豪華な馬車から降りてきた。
どう見てもお忍びではない。
公式に文句を言いに来たのかとセレーナは内心びくついていた。
「あっ・・・、お、俺は、アーサーだ」
王子の第一声はまたしても大声だった。
しかも、セレーナの挨拶に全く返事することなく、いきなり名乗った王子──アーサー。
彼の名前はセレーナも含め、国中が知っている。
なのに彼は自分の名を叫び、セレーナに顔をあげる許可も出さない。
──なんて返すべきなの・・・
全く予測不可能な事態にセレーナの頭は真っ白だった。
こんな人は初めてでセレーナには対処のしようがない。
ただ、セレーナと同じように頭を下げ続けている使用人達がかわいそうで、早く許可を出してと心の中で祈っていた。
「殿下・・・、名乗る前に」
何人もいる護衛の一人が、アーサーに耳打ちした。
すると、アーサーが「あっ、わっ」と慌てたような声を出して、「か、顔をあげてもいい! 」とまたしても大声を放った。
ひとまず、許可が出てホッとするセレーナ。
顔をあげれば、相変わらず顔を真っ赤にしているアーサーの姿があった。
なぜかその顔を見ると、先ほどまであった緊張が少しほぐれる。
「お久しぶりです。セレーナ・テッサロニキです」
セレーナは視線を落とし、丁寧に挨拶をした。
そしてアーサーの方をもう一度見れば、彼の顔は更に赤くなっていた。
「っ・・・あ、ま、まぁ・・・げ、元気そうでなにより・・・だ」
あまりにも辿々しいアーサー。
耳打ちしていた護衛は眉間を指で抑えていた。
セレーナは、それに疑問を抱きながらも、用意していた言葉を口にする。
「殿下、申し訳ありません。ただいま、両親は共に不在なので、十分なおもてなしができませんが、どのようなご用件でしょうか? 」
屋敷に入れるかどうかセレーナは判断に迷っていた。
公爵達の許可なく入れてしまうのはよくない気がした。
まだ、セレーナは責任が取れる歳ではない。
「よ、用件・・・」
アーサーは口を魚のようにパクパクとさせて、セレーナの言葉を繰り返す。
「それ・・・は・・・」
視線を彷徨わせ始めたアーサー。
スムーズに会話は進まなかったが、セレーナは自分もそうなので、焦らせることもなくじっとアーサーの答えを待つ。
すると、彷徨っていたアーサーの瞳とバチりとあった。
「っ・・・こ、こちらを見るな!」
そう言われて、セレーナは慌てて下を向いた。
そして、どうしようとセレーナは再び迷う。
護衛の方から、ため息が聞こえたが、特に何を言う訳でも無かった。
「そ、その・・・元気か?」
セレーナはこの問いはなんだろうと思いながらも、俯いたまま返事をする。
「はい。おかげさまで・・・」
──何がお陰様なのだろう・・・
セレーナは自分で言っていてなんだかおかしいと思った。
反射的に返した言葉だった為、あまり考えていなかった。
定型文をそのまま口にしただけ。
──いや、王族のおかげで国が安定しているとかそう言うことよね
何故か自分に言い聞かせている。
「・・・」
「・・・」
変な沈黙に、セレーナは自分の行動にダメな所はなかったかと考えてしまう。
不敬を重ねてしまっていないかと不安になるが、他にどうするべきだったのか答えが出ない。
「殿下」
また、護衛がアーサーに声をかける。
「その・・・、かっ変わらないようで、何よりだ」
「はい。殿下もお変わりないようで」
「あ、あぁ・・・」
だから用件はなんだと言いたいが、グッと堪える。
セレーナだって会話がうまくはないのだが、このぎこちない会話にセレーナは居心地の悪さしか感じない。
しかもずっと俯いている。
「その、あれだ」
どれだとは、もちろん答えない。
「な・・・なぜ、あっ会いに来ないんだ! 」
再び叫ばれた内容をセレーナは理解できなかった。
考えを巡らせれば、やっぱりお茶会のことしか思いつかない。
「先月の件でしたら、申し訳ありません。改めて、お詫びをするべきでした」
許しを得たからといって、そうですかと無かったことにするのは確かによく無かった気がした。
けれど、アーサーはそれを否定した。
「違うっ! 公爵に言伝を頼んだはずだっ! 先週の話だぞ! 」
「言伝、ですか? 」
セレーナは、下に向けた顔を横にずらして家令に目で尋ねる。
けれど、先ほどの会話と同じように、知らないと首を横に振った。
「申し訳ありません。なんのお話か・・・。父は先週から屋敷に帰っておりません。仕事で宮廷に泊まっております。急な用件ならば、連絡が届いているのですが・・・」
「そんな・・・」
アーサーは、情けない声を出した。
「確かに公爵には一緒に来れる時でいいとはいったが・・・そんなに彼が忙しいなんて」
独り言を呟くアーサー。
その内容はセレーナにはさっぱりだが、先ほどの勢いは彼にはない。
「公爵に、君に・・・あっ、会いたいと言ったんだ。だから・・・」
ようやくセレーナは理解した。
どうやら、アーサーはセレーナに会いたかったらしく、公爵に頼んだのだろう。
しかし、公爵は忙しいからと、一緒に登城できる時があったらと約束して、今に至ると。
「申し訳ありません」
セレーナは父の代わりに謝った。
「い、いや・・・、そういうわけ、では・・・なく・・・」
アーサーは尻すぼみに言った。
正直、セレーナは彼が横暴なのか寛容なのか分からない。
意外とすぐに許してくれる。
「──ではないの・・・か? 」
「え? 」
「あの茶会のせいで会いたく無かったわけではないのかと聞いているっ! 」
再び怒鳴り始めた事よりも、セレーナはそんな事を気にしていたのかと驚いた。
そのため、思わず顔をあげてしまったセレーナ。
「あっ・・・も、申し訳ありませんっ・・・」
セレーナは慌てて視線を落とす。
「あっ・・・いや・・・」
アーサーも何か言いたげだったが、言葉がつまり、途中で言うのを止めた。
「その・・・俺が3年前の茶会でその・・・怒鳴ったので、会いたく無かったのかと」
彼は再びトーンダウンする。
セレーナもまだ戸惑ったまま言葉を返した。
「いえ・・・そんな事は、それにあの時は私たちもご無礼を・・・」
「いや、あれは俺が悪かったのだっ! 」
アーサーが動く気配が感じ、セレーナも少し顔を上げようとした時──
「何やってるのよ! このガミガミばかたれ王子ー! 」
屋敷にいないはずのソルが飛び出してきた。
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