太陽になれない月は暗闇の公爵を照らす

しーしび

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3章 暗闇と月

3−5

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 そして、セレーナはアーサーの一件の後始末が終わると、ソルとウーノのところに向かった。
 二人は広間にいて、ウーノをソルが懸命に慰めている。
 既にウーノの涙は引っ込んでいるが、護衛がこわかったのか、それとも彼の言葉がこわかったのか、いつもの調子は取り戻せていなかった。

「ソル、神殿に行ったんじゃないの? 」

 セレーナが問い掛ければ、ソルはゆるく首を振った。

「だって、先にウーノと遊ぶって約束したから、お母様に任せたの」

 そう、何度も言うが、ソルは悪い子ではない。
 ウーノも弟して可愛がっていて、エレンに構いっぱなしなのを気にしていたのかもしれない。
 ソルが木の棒を持って現れたのも、騎士ごっこを二人でしていたからだろう。

 かなり疲れたが、公爵夫人がいないことは不幸中の幸い。
 けれど、絶対に今日のことは公爵夫人に届くだろうし、多分お茶会の件も結局バレてしまうだろう。

「セレーナ、私・・・」

 いつの間にかソルは言葉遣いを変えていた。
 今まで治さなかった方がおかしいのだが、セレーナは少し感動した。
 あれだけ言っても頑なだったソルが、彼のあの一言で変わってしまった。
 デジレ夫人でもダメだったのにと驚かずにはいられない。

「私ね、騎士になるっ! 」

 けれど、その感動をかき消す言葉がソルから発せられた。

「ダメだよ! あいつに殺されちゃうよ! 」

 ウーノはアワアワと言った。
 余程こわかったのだろう。

「でも、でもね。すっごくかっこよかった! 」

 若葉が芽吹いたような瞳をこれでもかと輝かせるソル。
 セレーナはこれはどうしようもないやつだとすぐに察した。

「私、騎士になりたい! お父様もセレーナを守るのに剣を抜いたじゃない。すごくすごくかっこよかった。白魔女と黒魔女のお話でも、最後は白魔女の作った騎士たちが人々を守り続けるの。そしたら、またセレーナがいじめられても、私が守れる」

 ソルは本当にあの護衛が言ったことを理解しているのか、嬉しそうに語る。
 いや、セレーナを守ると言っている時点で分かっていないようだ。

「ソル、騎士になるのは簡単じゃないわ」

 セレーナは早まるソルを止める。
 もちろん、そこで止まるソルではない。

「うん、分かってる。でもお父様があんな言い方されないように、私、頑張る。それに、セレーナも言ってたじゃん。エレンみたいな人は沢山いるって。だから、沢山助けれるようになるために騎士になるの」

 そんなことを考えていたのかとセレーナは目を丸めた。
 ソルはソルで何も考えてないわけではないのだなと。
 けれど、騎士のことをソルはどれだけ分かっているかはセレーナには定かではない。
 
「応援してくれないの? 」

 ソルはセレーナたちに問いかける。
 ウーノは「だって危ないよぉ」と半べそをかいていた。
 セレーナは安易に答えれなくて、黙り込む。
 それがいいことなのか悪いことなのか、セレーナには分からない。
 大切な妹だからこそ、責任の取れない発言は控えたかった。

「・・・まずは、お父様たちに相談するべきだと思う」

 セレーナそう答えるのみにとどめた。
 実際、悪い影響ばかりではないとセレーナは思った。
 ソルが変わろうとしているし、このままデジレ夫人の授業を大人しく受けてくれればいいのになと、ぼんやりと」思っていた。

 そして、公爵夫人はどんな反応を示すのか。
 きっと、危ないからやめろだの色々というのだろうなと想像を膨らます。
 それが自分に飛び火するのも目に見えていた。

 これから、屋敷が騒がしくなりそうだ。
 そう思いながら、ソルを止めるようせがむウーノをなだめた。

 ただ、セレーナの予測に反して公爵夫人はソルの決断に大喜びの様子だった。

「まぁ、童話のように屈強な騎士になりたいの? 」

 美しい顔を少女のように綻ばせた公爵夫人は、ソルを抱きしめた。

「まぁまぁ。なんて素晴らしい。ソル、あなたが娘で誇らしいわ」

 家令から王子の話を聞くや否や、公爵がいないのをいいことに、本邸に乗り込んできた公爵夫人。
 散々、セレーナに「何をしているの」「ソルの将来に傷がついたらどうしてくれるの」などと一方的に捲し立てていたが、ソルが「騎士になりたい」と言った途端に態度を変えた。

 セレーナは、ソルが危ないことをするとすぐに止めようと知る公爵夫人が珍しいと目を丸めた。
 確かに、騎士は貴族の子息にとっては憧れの対象で、功績を上げれば爵位だってもらえるような尊い仕事ではある。
 けれど、それに女性がなると言うのは聞いたことがない。
 セレーナは公爵夫人がソルに何を求めているのか分からぬまま、2人の会話は進んでいく。

「なら、剣術を習ってもいいの? 」
「そうね。どうするべきかしら。お祖父様に相談しましょう」

 公爵に無断で進める気なのだとセレーナは思った。
 あとで家令に公爵へ言伝を頼まねばと頭に刻む。

 けれど、その後も公爵夫人は上機嫌で、セレーナが近くにいても何も言わなかった。
 これはこれでよかった気がするセレーナ。
 必要以上に問い詰められずにセレーナはホッとした。





「あ、切れてる」

 セレーナは中断していた勉強を始めようと、魔道具のスタンドの明かりをつけようとしたが、中の魔石が切れている事に気付いた。

 魔道具を動かすのに必要な魔石は一回限りしか使えない。
 採掘された魔石は、加工場で魔力注入が行われ、魔道具を動かす原力として使用される。
 しかし、注入された魔力が切れると、魔石は再度利用することは出来ないため、新しい魔石と交換することになっている。
 魔石に注入された魔力は使用しない限り永続的に保たれるが、使い捨ての為高価で裕福な家庭でしか使用できない。

 セレーナは魔力を扱うことは出来ない。
 この国ではほとんどの人がそうだ。

 魔石に触れることで魔力注入はできても、それは魔石によって引き起こされる現象で、自らの意思で魔力を操れるのはごく僅か。
 その少数派の人々は、魔力量も高く、それぞれ魔力を操るだけの能力的資質も持ち合わせていて魔法使いと呼ばれる存在。
 この国は数人しかおらず、彼らは国に雇われて宮廷暮らしか、神官として神殿で暮らす。
 治療師のように街で暮らす人は珍しい例。

 それに国民の大多数は、魔石や魔法具を通して魔法と触れ合うことが出来ない。
 訓練を積めば、魔石の力を借りて魔法を使用できるが、それは騎士と同じように、何年も存問的な訓練を積まなければならない。
 魔法具の生産にはそういった人が関わっているとセレーナは聞いたことがあるが詳しくは知らない。

 そして、一般人のセレーナは自らの力で魔法具を動かすことはもちろん出来ないので、魔石を取り出し、交換してもらおうと部屋を出た。

 すっかり暗くなっている廊下をセレーナは静かに歩く。
 今日は公爵夫人が本邸に泊まっているというのにとても穏やかだ。
 彼女が公爵を無視してこのまま本邸に戻ってくるのかどうか気になるところだが、あの様子なら当分は問題ないだろうなとセレーナは呑気な気持ちで歩いていた。
 慌ただしい日だったが、こうなってみれば悪くはない。
 そんな気分になっていた。

「例の王子、実はソルお嬢様に会いに来たって、もう聞いた? 」

 新しい魔石を受け取り帰っていると、また使用人が立ち話をしていた。
 そっと覗き込めば、この前と同じメンバー。
 彼女たちは多分、公爵夫人が雇ったものたち。
 人手が足りない分の補助要員なのだが、立ち話ばかりではセレーナも注意するべきか迷っていた。

「まあ! もしかして、この前のお茶会で王子がソルお嬢様に一目惚れしたのかしら? 」
「かもね。あれだけ愛らしい方ですもの」

 どうしようか迷っているセレーナの耳に彼女たちの会話が届く。
 いつの間にそんな話になっているのだとセレーナは驚きながらも、確かにソルならあり得ると思った。

「それにお優しいし。今日だって、エレンって子が洗礼を受けてないからって、奥様に直談判したらしいわ」

 少しだけちくりと痛んだが、自分で決めたことだとそれを振り払う。
 セレーナは出て行かない方がいいと判断し、引き下がる。

「ね。でも、エレンって子も不憫よね」
「なんで? 」

 けれど、セレーナは戻ろうとした足を止めた。
 どうしてだと、セレーナも疑問に思ったから。

「だって、あれだけ優しくしてもらったら、恋に落ちないわけないじゃない」

 ずしん、と重いものが頭にのしかかったように感じた。

「ずっと、エレン、エレンって呼ばれたらさ、ころっと来ちゃうでしょ? 」
「確かにそうね。ソルお嬢様、ずっと彼を追いかけ回してるもの」

──だから、書庫の時にしか会いにこないの?

 セレーナは周りにバレないし丁度いいとは思っていた。
 むしろあそこが二人の秘密の場所のように感じていて心地よかった。
 セレーナも、確かに知られない方がいいと気を遣ってはいた。
 それはそうで、好都合なはずなのに、重たい何かはずっとセレーナにのしかかり胸のあたりにしがみつき苦しくさせる。

──エレンはソルが好き

 自分は彼の名を呼んだことはない。
 なぜか呼べずに今まで来た。
 それが情けなくて、とても惨めだった。

「でも、結局、彼は孤児じゃない。所詮、あの王子と張り合うことも出来ず、眺めるしか出来ない存在よ」

 彼女の言葉を聞いて、セレーナはハッとし部屋に駆け込んだ。
 そして、ベッドに倒れ込み枕をギュッと抱きしめた。

──やだ、やだ、やだ・・・

 セレーナは心の中でそれを繰り返す。

 とてつもなく自分が嫌だった。

 あの侍女の言葉を聞いて、エレンの想いが実らないことにホッとしている自分がいた。

 それがとても醜くて、セレーナはそんな自分を消そうと唱えていた。
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