太陽になれない月は暗闇の公爵を照らす

しーしび

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3章 暗闇と月

3-9

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 セレーナは書庫に駆け込んだ。
 扉を閉め鍵をかける。
 これで、こんな自分を見る人なんていない。
 セレーナは奥の場所までいく気力もなくて、扉を背にしてズルズルとその場に座り込んだ。

「うっ・・・・うぅ・・・」

 ぼたぼたと頬から流れ落ちる涙は止まることはなかった。
 あれだけ楽しみにしていた時間は叶わなくて、でもそれをダメにしたのは自分だった。

 ソルの手をあんな風に振り払わなければ。
 その後悔は遅すぎて、インペリウム伯爵に殴られたのも仕方ないことだとセレーナは思った。

 セレーナはずっと、インペリウム伯爵が間違ってると思っていた。
 自分が正しくあれば、それは証明されると。
 だから、授業に真面目に取り組んだ。
 ソルとは違う自分の正しさを持ちたくて、彼らを否定したくてセレーナは、公爵に憧れて、ずっとずっと頑張ってきた。
 そのつもりだった。

──私が間違ってた

 そうなのかもしれない。
 あの場で誰も手を差し伸べる人なんていなかった。
 あれが全ての答え。

「私・・・全然立派なレディじゃないです・・・」

 もう帰ってしまったデジレ夫人にセレーナは呟いた。
 彼女の期待に応えることのできない自分。
 あれだけ誇らしいと思えたのに、セレーナは何もかもが否定された気分だった。

『ソルお嬢様はあんなに素直なのに・・・』
『ひねくれているのね』
『加護だって最高神のソルお嬢様には敵わないもの』
『双子なのにこんなに違うなんてね』

 使用人達は陰でそう言っていた。
 嫌いなわけではないが、ソルと比べて劣る姉。
 誰も好きだとは思ってくれない。

『なんであなたみたいなのがソルの姉なの? 』

 公爵夫人もそう言っていた。

 欲張ってしまった自分が悪い。

 けれど、ソルみたいになりたかった訳ではない。
 太陽に自分がなれるとは思っていない。
 ただ──

──せっかく、エレンはお月様のようだと言ってくれたのに

 エレンがくれた気持ちが溢れていく。
 まだまだ涙は止まってくれなくて、セレーナはグッと唇を噛み締める。

──エレンの加護も結局分からなかった・・・

 今日楽しみながら聞くつもりだった。

 バスケットを開ければ、拾った数枚のクッキーの中に割れた三日月を見つけた。

 今日、ソルは朝から彼らに祝われたのだろう。
 青い花と人々に囲まれ、ティアラを被ったソルは、太陽のような笑みを浮かべていたに違いない。
 そんな幸せな光景に、セレーナが入り込む余地はない。
 あのティアラもソルが被れば愛らしいが、セレーナが被ってもきっと似合わない。
 何もかもセレーナには似合わない。
 悔しいが、書庫の中でうずくまっているのが一番似合うのかもしれない。

コンコン

 背中に扉を叩く振動が伝わった。

「セレーナ」

 エレンの声だった。
 優しくて温かい彼の声。
 
──どっか行って

 心の中で叫んだが声にならなかった。
 そんな酷いこと、エレンには言いたくない。
 エレンには笑ってほしいから、もう嫌な思いを彼にはしてほしくなった。

「セレーナ、開けて」

 エレンは、返事がなくても、そこにセレーナがいると確信しているようで、穏やかな声で言う。

「お願い」

 懇願するような切ない声がそばで聞こえた気がした。
 胸が掴まれたようにギュッとなって、セレーナは鍵に手を伸ばす。

「いや・・・だ」

 けれど、セレーナは手を止めた。
 今、彼はどんな顔をしているのだろう、そう思うと不安になった。
 開けて、もしセレーナを憐れむような顔をしていたら。
 想像すればするほどセレーナの身動きが取れなくなる。

「なんで? 」

 掠れ掠れのセレーナの声はエレンに届いていて、エレンは変わらぬ調子。
 セレーナはそれが嬉しく思ってしまう。

「開けてよ。セレーナとは、顔を見て話したい」

 セレーナもそう思っている。

「だって、セレーナは、全然言葉にしてくれない」

 だから、ソルは「何も言わないの」と怒る。

「頭では、いっぱい、考えてるくせに」

 なんでたった少ししか一緒にいないエレンが知っているのだろうか。

「僕の事も、いっぱい、考えてくれるのに」

 違う。
 そうするとセレーナも嬉しくなるから。
 エレンの為ではない。

「ねぇ、僕にもセレーナの事考えさせてよ」

 エレンの声が少しだけ大きくなった。

「僕もセレーナの事、考えたい」

 セレーナは声が漏れそうで、両手で口を覆った。
 流れる涙は、エレンが言葉を口にする度に増える。
 けれど、さっきのように悲しくなかった。

「セレーナ、開けて」

 もう一度懇願されれば、セレーナには争うこともできなかった。
 空っぽになってしまったセレーナは、それを埋めたくて、震える手で鍵に手をかけた。
 そして、ゆっくりと扉を押す。

 目の前には、なぜか泣きそうな顔のエレンがいた。

 目元と頬を赤くさせ、口は食いしばっているように閉じられていた。
 頬は少し膨らんでいて、拗ねているようにも見えるその表情さえ美しく、セレーナはそれを見つめる。

 エレンはゆっくりと書庫に足を踏み入れ、そして扉を閉めた。

「なんで、置いていったの? 」

 エレンは下からセレーナを覗き込んで尋ねる。
 セレーナより身長の低いエレンは目つきを鋭くしていたが、それをこわいとは全く思えない。
 むしろ愛おしいもののようにセレーナは思えた。

「だって・・・」

 エレンの問いにセレーナはうまく答えられない。
 話して仕舞えば、もっと惨めになりそうで、セレーナは顔をエレンから逸らす。

「ほら、やっぱり、話さない」

 エレンはいきなりイタズラが成功したような声を出した。
 
「それは──」
「こっち」

 セレーナが答えようとすると、エレンはそんなことどうでもいいというかのように、セレーナの手を引っ張った。
 さっきのソルと同じなのに、何かが違って、セレーナはそれに抵抗しない。
 エレンはいつもの奥の場所にセレーナを連れていくと、セレーナに座るよう促す。
 セレーナは大人しくそれに従うと、エレンは嬉しそうにセレーナを見下ろす。

「はい。お誕生日、おめでとう」

 セレーナがそんなエレンの表情に見惚れていると、頭に何かがのっけられた。
 セレーナは驚いて、手を頭の方に動かせば、ふわりと香る花の匂い。

「セレーナの為に、作ったんだ」

 エレンは赤い頬をかきながら言った。

「みんなで集まってたの、つまらなくて、抜け出してた」

 にぱっとエレンが笑った。
 なんで、この表情を他の人には見せないのだろうとセレーナは不思議だ。
 だが、今は自分のために笑ってくれている様で嬉しい。

「嫌なの終わった? 」

 セレーナがその思いを噛み締めていると、エレンが顔を覗き込んできた。
 そしてセレーナの頬を両手で包みこむ。

「セレーナ、悪くない」

 エレンはじっとセレーナの瞳を見つめ、真剣な顔で言った。

「でも・・・」
「絶対悪くない」

 エレンはセレーナの言葉は受け付けないと強く言う。

「セレーナは僕のお月様だから」

 有無を言わさないと言わんばかりだが、その言葉はセレーナの中に沁みる。
 彼は全てを見ていたのかどうか分からない。
 けれど、エレンが肯定してくれる。
 それでセレーナは十分だった。
 また込み上げてくる涙があったが、セレーナはそれを堪え何度も頷いた。
 エレンはセレーナが落ち着くまでずっとそばにいてくれた。

「本当は、セレーナにはお星様の冠をあげたかった」

 セレーナが落ち着いてから、エレンは恥ずかしそうに言った。

「いつかあげる。だから、今はこれ」

 セレーナは先程の気持ちが吹き飛んだ様だった。
 まるで単純なソルの様だ。
 でも、セレーナはそんな気分になれるのが心地よかった。

「待ってる」

 セレーナは柔らかい笑みで、エレンに答えた。
 エレンは瞬時に顔を赤くした。
 そしてエレンは膝に顔を埋めその顔を隠そうとしたが、その途中にバスケットを見つけた。

「これは? 」
「あ」
「あ。お月様だ」

 セレーナが言う前に、エレンは手を伸ばし、クッキーを見つける。
 半分に割れている三日月を手に持って嬉しそうに笑った。

「それ、もう食べれないの」
「さっきのでしょ? 食べたよ」
「え? 」

 信じられなくて、セレーナはエレンを見る。
 エレンはそんなセレーナを気にせず、美味しかったよと口にした。

「全部は食べれれないから、部屋にとっておいた」
「なんで・・・」
「だって、美味しそうだったから」

 幸せそうな笑みを浮かべるエレン。

「だって、落ちたのもよ? 」
「綺麗。あれじゃお腹痛くはならなない」

 エレンは、もっと酷い食べ物だってあると言い始めた。
 セレーナは信じられなくて、お腹は壊さなかったかエレンを問いただす。
 エレンは記憶にないと笑って誤魔化したが、セレーナは気が気ではなかった。
 そして三日月のクッキーも口にしようとするので、セレーナはそれを奪い取る。

「だめ。絶対に食べないで」
「食べれる」
「だめ。今まで大丈夫でもこれからはだめ」
「えぇ」
「絶対だめ」

 セレーナがそう強く言うと、エレンはなぜか嬉しそうに頷いた。

「部屋にあるのも捨ててね。約束よ」

 半ば無理やり約束させたセレーナはすでに普段通りだった。

「セレーナ」

 エレンは綺麗な声でセレーナの名を呼ぶ。

「いつか、月の女神様には、星の冠作るから」

 少しいたずらっぽく笑うエレンの表情は、セレーナを落ち着かなくさせた。
 けれど、あれだけ気落ちしていたのが嘘のように、セレーナは十分すぎる誕生日プレゼントをエレンからもらえた気がして、幸せになった。
 いつの間にか頬の腫れが引いていたのにも気づかないぐらいに。
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