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第二章 エンドレスサマー
第二章20 〈偵察〉
しおりを挟む夜になり、ようやく着いた場所は深い森の中だった。
緑は濃く、こんな状況でなければ明るい昼間に森林浴でもしたい場所だ。
だが今この森は、安穏とは対極に位置する場所だった。
「キメラはいる?」
「恐らくはおりますまい。夜は我らナイトウルフの本分ですから」
『キメラは夜目が利かん個体が多い。反してナイトウルフは、その名の通りに夜に強い。黒い毛並みも夜に紛れるのに適しておる』
ならまず俺たちがすべき事は……グロックの仲間達との合流だな。
「何かのニオイで鼻が上手く利きません」
『我もだな。気配も上手く感じられん……これはキメラだけでは済まんかもしれぬな』
オイオイ怖い事言うなよ。
でもタロ達イヌ科?の狼のモンスターが鼻が利かないとはよっぽどの事態なんだろう。
試しに俺の方で探せないかな……と。
俺はスキル【完全なる座標】を使い森全体を把握する。
お、いたいた。
この緑の点が友軍だな。
そんなに遠くはない場所に固まっているな。
捕らえられている場所じゃないといいが、敵を表す赤い点は離れた場所にしかないから大丈夫だろう。
「タロ、グロック。仲間の場所がわかった。敵は近くにはいないっぽいけど、静かに近づくぞ」
俺の言葉にグロックが身を見開いて驚く。
狼の自分に仲間のニオイが辿れないのに、人間の俺が短時間で仲間の場所を割り出した事に驚いているのだろう。
『コヤツは人間基準では計れん。油断していたとは言え、我を倒すほどの無茶苦茶な人間よ』
「サガ様が負けたのですか!?」
『驚くのも無理はないが、この程度で驚いていては保たんぞ? 人間の身でダンジョンマスターになるイカれた男だからな……大したものよ』
「な……ダンジョンマスター!? にわかには信じられません」
えへへ……そんなに驚かれると、くすぐったいと言うか恥ずかしいと言うか……。
「俺の事は置いといて、早くグロックの仲間に合流するぞ」
俺達は出来るだけ音を立てないように、マップ上の緑の点が集まっている場所に慎重に近づく。
ある程度まで近づくと、タロとグロックにもニオイが感知出来たようだ。
「みんな、無事か!?」
グロックが近づいて来ていた事は、他のナイトウルフも気付いていたようで、驚かれずに済んだ。
「グロックこそ無事だったか!? 瀕死の状態で魔法陣に消えたから心配しておったぞ」
「な!? そ、そちらの方はもしや……サガ様!?」
『ダネルにゲパードか、久しいな』
「俺はサガ様に召喚され、コチラのユウタ様の魔法で何とか命を繋ぎ止めたのだ」
「に、人間!?」
「ちなみにサガ様の主人との事だ」
タロがダネルとゲパードと呼んだナイトウルフは、顎が外れるんじゃないかってくらい大口を開けて驚いた。
俺は簡単に自己紹介をして、早速状況確認に移る。
「長は……長はどうした!?」
グロックの問いにダネルとゲパードが押し黙る中、口を開いたのは若いナイトウルフだった。
「長は……俺達を守って死んだ……俺達を逃す為に囮になって複数のキメラに向かっていったんだ!」
「ステアー……」
「もう俺達ナイトウルフはお終いだよ! 化け物みたいなキメラに目をつけられて……」
ステアーと呼ばれる若いナイトウルフの目から涙が流れ続ける。
自分達の為に長が犠牲になってしまったからだろう。
「まだ終わってなんかいないぞステアー! サガ様も救援に来てくれた! まだ終わってなんかいない!」
グロック以外のナイトウルフは、傷つき疲れ果てていた。
無理もない……キメラに急襲され、わけもわからず大勢の仲間を失ってしまったのだから。
体の傷よりも心の傷が重症だった。
俺はグロックに許可をもらい、一頭一頭怪我を魔法で治して回ったが、ナイトウルフ達の表情は暗いままだ。
『敵はキメラだけか?』
マップで、敵を示す赤い点がある方角を睨みながらタロが聞く。
「おそらくは……ただキメラが理由もなく襲ってくるとは考えにくく……統率もとれていたように感じました」
答えたのはゲパードだ。
『やはりか……』
「サガ様?」
『いや、ニオイ等は分からんが、ユウタが示す方角に嫌な気配を感じてな……』
タロも何かを感じているらしい。
俺も【完全なる座標】上に一つだけ大きく光る赤い点が気になっていた。
『おそらく何か強い奴がおるぞ。油断するな』
油断するなは俺にかけられた言葉だ。
すでに壊滅的打撃を群れに喰らっているナイトウルフ達は、油断なんかするはずもないから。
「タロ……暗い内に偵察しといた方がいいんじゃないか?」
『……そうかもしれん』
グロックが偵察に志願するが、タロが自分の目で見ておきたいと言い、俺とタロで偵察に出る事になった。
『グロック……守りは任せる』
「はっ」
『偵察に我の身体は少々不向きだな……』
そう言ってデフォルメサイズのタロに変身する。
「なっ……」
「サガ様!?」
「まさか……」
グロックをはじめ、タラのデフォルメサイズを初めて見たナイトウルフ達が口々に驚きの声をあげる。
それも仕方ないよね……伝説の狼フェンリルが、まるんとした何かに変身するんだから。
「じゃ、行ってくるぞ」
「お、お気をつけて……」
きっと俺達が居なくなったらナイトウルフ達は騒然とするんだろう。
「タロ、これ使うか?」
俺がそう言ってショルダーバッグから取り出したのは、タロ頭巾に変身するための布だ。
別に今回は顔を隠す必要はないんだけど、タロの銀色の毛を隠す一助にはなるはずだから。
タロの顔に布を巻き、俺も頭巾の要領で顔を隠す。
いつもなら、タロ頭巾参上とか言ってふざけているタロも今日は真剣だ。
タロの仲間であるナイトウルフ達が傷つけられ怒っているのか、それともキメラと共にいる何かに警戒しているのか……今は判断がつかない。
タロと二人、森の中を気配を殺しながら進む。
【完全はる座標】が示す敵の位置まではあと少しだ。
「タロ、本当に偵察だけか?」
「……」
「だよな。俺達だけでケリつけられるなら、それでいいもんな。少なくともナイトウルフ達では勝てる相手じゃないわけだし、無駄に怪我する事ないもんな」
「巻き込んでごめんなユウタ。ユウタが強いのは知ってるけど、危ないと思ったら迷わず逃げてくれよな」
「オマエ置いて逃げるかよ」
「死ぬかもしれないぞ! エンドレスサマーには、これからもユウタが必要なんだぞ!」
「……俺にもタロが必要だよ。お前は俺の相棒だろ?」
「……うん……うん」
「さ、お喋りはここまでだ。行くぞ」
俺とタロは風下から敵の姿を確認出来る所まで静かに移動した。
「どうだ? 見えるか?」
「キメラが三体いるぞ。それに……あれは魔族?」
「魔族って、あの魔族? そんなん普通にいるのかよ?」
「魔族自体はさほど珍しくはないぞ。ただ……」
タロが言うには、魔族だからといってアニメや漫画の様に悪い種族ではないらしい。
人間より魔力や身体能力が高いというだけのようだ。
だが、その魔力と身体能力の高さから、自分達を人間の上位種だと主張する派閥もあるようで、その過激な主張のやり方が各地で問題になっているらしい。
魔族の国セトの悩みのタネであるようだ。
「なら問題は、あの魔族が過激派かどうかって事か……」
「そうだぞ。だけどキメラは多分アイツがテイムしているぞ。ナイトウルフを襲った事を考えると、友好的なヤツではないと思う」
「どうするのがいい?」
「テイマーを相手にする時は、やる事は一つだけだぞ。モンスターとテイマーを同時に相手にしない事だぞ」
「なら分断か」
「だな。オイラがキメラ三体引き受けるから、魔族は頼んだぞ」
……初めて魔族見るのに、相手するのは全然自信無いんですけど。
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