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第二章 エンドレスサマー
第二章21 〈魔族ジグマ〉
しおりを挟む「覚悟はいいか、ユウタ?」
決して覚悟なんて出来ちゃいない……だけど、男にはダメ元だろうが何だろうが、やらなきゃならん時が人生には3回あるって爺ちゃんが言ってたからな。
────ヨシ!!
俺はタロに例の如く、何の取り決めもしていないハンドサインを送る。
今回送ったハンドサインは(俺はこっちから行くから、タロはあっちから行け)なんだけど、奇跡的にタロに通じたのか、タロは肉球を見せて、多分サムズアップして離れて行った。
俺はハンドサインでも何でもやってみるもんだと思いながら、タロが行った方とは反対に進んで行く。
そして隠れながらタロがキメラを引き付けてくれるのを待つ。
木陰からタイミングを伺っていると、キメラ達が何かを威嚇するように吠え始めた。
『グガアァァァァオオ!!』
少し離れた場所で隠れているのに、キメラの咆哮がズン! と腹に響く。
思わず顔をしかめてしまうほどだ。
俺は木陰からキメラの方を覗くと、なんとタロはデフォルメサイズのままキメラの前に姿を現していた。
◇ ◇ ◇
「お前たち三匹はオイラがまとめて相手してやるぞ」
『ゴアアァァアア!!』
「別にお前達子猫ちゃんがどんだけ吠えても、オイラはちっとも怖くないぞ」
キメラは咆哮と共に毒蛇の尾を振り回してタロを威嚇する。
そう、キメラは神話なんかに出てくる、あのキメラと同じで獅子の頭に山羊の体、そして毒蛇の尾を持ったモンスターだ。
「お前たちさっきから吠えてるだけだけど、喋られないのか?」
「シャアアァァ!」
毒蛇の尾が、今にも噛みつかんばかりに威嚇をする。
「? キメラは昔よりバカになったのか?」
タロの問いにキメラは威嚇を続けるだけで何も答えない。
「その質問には私が答えようかねぇ? かわいいワンちゃん」
茂みの中からテイマーの魔族が歩いて出て来た。
「あれ? お前は……あれ?」
ゴメンよタロぉぉぉ……そっちの様子伺ってたら魔族が出て行っちゃったんだよ。
「このキメラはねぇ……私の暗示魔法で自我をほぼなくしてあるんだよねぇ。要らぬ事を考えない優秀な獣にしてあるんだねぇ」
「て事は、オマエさえ倒せば解決って事だな。ナイトウルフの長の仇を討たせてもらうぞ」
「これはこれは怖いワンちゃんだねぇ。でも私は痛いのが嫌いでねぇ……後方に下がらせてもらうとするかねぇ。お前達、さっさと片付けてしまいなさいねぇ」
魔族は茂みの中に下がりながら、キメラに指示を出す。
キメラも魔族の指示を受け、一気にタロに飛びかかった。
「よっ……とぉ!」
タロはキメラ三体の突進を素早い身のこなしで、難なく躱す。
その躱したタロの着地際を狙って、三本の毒蛇の尾がタロを襲う。
「うお、危ねぇ」
毒蛇の尾の攻撃を更に躱す。
空中で雷魔法の雷球を使い、電撃で反撃をする。
電撃が雷球から迸るたびに、暗い森がまるでカメラのフラッシュを焚いたようにピカッ、ピカッと明滅する。
電撃を何度か喰らったはずのキメラは、大したダメージも受けていないようだ。
……ていうか、何でタロはデフォルメサイズで戦ってるんだ?
様子見か?
尚もタロとキメラの一対三の攻防は続いてる。
俺は俺で魔族を追わなくちゃいけないよな……ただでさえ怖いのに、こんな暗い森の中で戦うなんて俺に出来るのか?
〈スキル【夜目】をAUTOに設定します〉
〈スキル【夜目】の設定に伴い、スキル【調光】を生成しAUTOに設定します〉
【黒幕】の声と文字が頭の中を一瞬で流れ終わった瞬間、【夜目】のおかげだろう、一気に視界が良くなり暗闇を見通せるようになった。
きっとスターライトスコープなんかを付けるより、今の俺はよっぽど暗い森の中がよく見えている。
スキルのおかげで昼間のようによく見える森の中を、くまなく見渡し魔族を探す。
するとタロとキメラが戦っている場所から、せっせと逃げる人影を捉えることが出来た。
テイマーがモンスターと共に戦いもせずに逃げる事に、多少の違和感を感じたが、ここであの魔族を逃すわけにはいかない。
「待て!」
俺の声に慌てて魔族が振り返りるが、その手には先ほどまで持っていなかった禍々しいドクロを模した杖を持っている。
「ほう……あのワンちゃんの飼い主ですかねぇ?」
「そんなところだよ」
パッと見ただけでは、人間と魔族は見分けがつかないが、近くで対峙すると、この男が魔族なのだという事を本能で理解する。
気配が人間のそれとはまるで違うのだ。
ネットリと、まるで蛇に徐々に絞められているかのように絡みつく気配……タロのようにプレッシャーをビリビリと与えてくる気配とはまるで違う。
実際には気配に臭いがあるわけではないし、例えとして臭いを持ち出す事に語弊はあるが、この魔族の気配はどうにも生臭いのだ。
俺はその生臭さい気配を感じながら、腰に佩いた鞘からカラララと神剣エクスカリバルを抜く。
緊張で呼吸は乱れ手が震える。
恐怖で震える手を心を、刀身に刻まれた〈Si Vis Pacem, Para Bellum〉の文字を見て奮い立たせる。
〈汝平和を欲さば、戦への備えをせよ〉か……。
よし、決めた。
この戦いが終わってエンドレスサマーに無事に帰れたのなら、俺はノンビリと過ごしてやる。
海を見て、昼寝して、泳ぎたくなったら泳いで、食べたくなったら食べる……俺はそんな生活を夢見てダンジョンをリゾートに改造したはずだ。
絶対にノンビリと過ごしてやる!
そして、たまに戦う訓練をしよう……タロやジロ、ギルにトミーと訓練する相手には事欠かないのだから。
そんな事を頭をフル回転させて考えていると、魔族の持っている趣味の悪い杖が鈍く怪しく輝き出した。
「お主のような人間には不釣り合いな気配を漂わせている剣だねぇ」
魔族がエクスカリバルを見ながら呟く。
「お主を殺して、このジグマの愛刀にしてやろうねぇ」
ジグマと名乗る魔族が杖をかざして火属性魔法を放つ。
杖から火球が次々と放たれるが、俺はそれをエクスカリバルを使い切り落として対応する。
「ほほう……ただの有象無象ではないようだねぇ。ならばこれはどうか」
詠唱と共に魔法陣が浮かび上がり、そこから生まれた炎が生き物のように俺に飛びかかってきた。
これもエクスカリバルで切り落とすが、二つに分かれた炎はすぐさま一つに戻り、また俺を襲う。
「この炎を切る事なんて出来るはずないねぇ。この魔法は、かつて人間の砦を陥落寸前まで追い詰めた魔法さ」
「追い詰めただけで落とせなかったんだろ!?」
俺は炎の追尾を避けながら、土魔法で大量の土を追いすがる炎にかけて消火した。
「火なんだから酸素がなくなりゃ消えるだろ」
「……と、思うよねぇ」
被せられた大量の土から炎が這い出て来て、人形を形作る。
「この魔法は生きてるのよねぇ。このフレイムゴーレムは、土を被せられたくらいじゃ消えないねぇ」
となると、術者を倒すのがセオリーか?
俺はエクスカリバルの届く距離までジグマに詰め寄ろうとするが、そのことごとくをフレイムゴーレムに邪魔をされてしまう。
邪魔をされて詰め寄れないどころか、むしろ反撃され距離を空けられている。
このままじゃまずいな……。
そう思った時、水の流れる音が聞こえた。
「こ・れ・だぁ!」
俺はフレイムゴーレムから逃げながら、水の流れる音に向かって走る。
そして森が開けたところに小さな滝が見えた。
すぐに頭の中でその滝壺に魔法陣をイメージして魔力を流す。
流された魔力が淡く輝き魔法陣が滝壺に浮かび上がり、魔力の粒子が重力に逆らい空へと上る。
「来い、水の眷族!!」
魔法陣が目が眩むほどの光を放ち、次の瞬間、滝壺の水面に立つように、水を纏う騎士が召喚されていた。
『我はアクアナイト。水の精霊ウンディーネの眷属にして、汝を焼かんとする火の災厄から守る者なり……荒ぶる炎を、この水槍にて鎮めてみせよう』
アクアナイト……来たーーーーーー!!
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