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第三章
第三章1 〈とある日、狩場にて〉
しおりを挟む「行け行け行け!」
「ゴーゴーゴーゴー!」
タロとステアーの元気な声が林に響き渡る。
肌寒い日が少しずつ増えて来て、秋の訪れを予感させる今日この頃、そんなとある日に俺はタロと一緒に、ステアーとピニャの狩りについて来ていた。
俺とタロは、グロックに頼まれてステアーとピニャの引率だ。
ピニャとは若いメスのナイトウルフだ。
特にグロックからは、ステアーが無茶な事をしないように見張ってくれてと頼まれたのだ。
「こらー! ステアー! もっとしっかり追わんかぁ!」
狩りの指導に当たっているタロから檄が飛ぶ。
「はい!」
ステアーの歯切れの良い返事だ。
キメラの一件で、ナイトウルフの長の仇を討ったタロを、ステアーは師匠と仰ぎ崇拝しているようだ。
今日もタロが狩りについて来ると知って、無駄に張り切っている。
今、ステアーが狙っている獲物はグレートエルクと呼ばれるヘラジカを強くしたようなモンスターだ。
タロやステアーに言わせると、グレートエルクの肉は非常に美味いらしく、わざわざ一時間近くもかけて狩りに来たのである。
このグレートエルクというモンスターは、見た目と違い割と臆病な性格らしく、肉食のモンスターの気配を察知すると一目散に逃げてしまうので、狩るのはなかなか難しいそうだ。
しかも、その大きな図体に見合わない俊敏性で林の中を駆け抜けて行く。
「このままじゃ逃げられっぞ、ステアー!」
「なんの、ここからですよ師匠!」
そう言ってステアーは、何とかグレートエルクを追い縋っている。
俺とタロはピニャに乗ってステアーの後を追っている。
「オラぁ! 脚が止まって来てるぞぉ! 脚を動かせ脚をぉ!」
「────くっ!?」
あちゃ~……こりゃ逃げられそうだなぁ。
持久力とバネが違うわ。
グレートエルクはその俊敏性で、ステアーがトップスピードに乗る前にジグザグと方向を変える。
その度にステアーは加速のやり直しをさせられるハメになり、体力を削がれて結果追いつけないでいる。
「タロ、このままじゃ逃げられるぞ」
「仕方ないなぁ」
「そのままでいけるか?」
「オイラを誰だと思ったんだ?」
「サガ様だろ?」
「……その名前で呼ぶのはヤメロ。恥ずかしいから」
そう言ってタロがピニャから飛び降り、凄まじいスピードで加速して行く。
「さすがサガ様。信じられないスピードだわ」
ピニャが言う通りに、タロはものの数秒でステアーを追い抜き、グレートエルクの背に飛び乗った。
「……ん? アイツ背中に乗ってどうする気だ?」
タロはそのままグレートエルクの頭の上に移動する。
そして頭に生える二本の見事な角を掴んだ。
グレートエルクは頭上に異物を感じ、必死に頭を振って抵抗しているが、タロも振り落とされまいと必死に掴まっている。
アイツは一体何がしたいのか……。
頭を振っていると、スピードが落ちてステアーに追いつかれると思ったのか、グレートエルクは頭の上のタロを無視して走り出した。
無事に頭の上という場所を勝ち取ったタロが、角を持ってご満悦な様子で立っている。
「ユウタ~! こうしてるとオイラが操縦してるみたいじゃね?」
あのバカはパイロット気分を楽しみたいのか……。
振り返ってタロがご満悦な表情で言う。
「ほらほらステアー! オイラの操るグレートエルクに追いついてみな!」
お前が操ってるわけじゃないけどな。
「ステアー! タロにあんな事言われて悔しくないのか!?」
「はぁっはぁっ……師匠と追いかけっこしてるみたいで最高です!」
アカン。
アイツも真性のバカだ。
「ピニャ、このままじゃ終わらないから俺達で狩るぞ」
「でも、ユウタ様……私ではステアーにすら追いつけません」
背中に俺を乗せているし仕方ないだろう。
だから俺が魔法でピニャを支援する事にした。
強化魔法をピニャにかけ、更に風魔法でピンポイント追い風を生み出しピニャを支援する。
追い風と魔法で強化されたピニャが、飛ぶように走り徐々にタロが乗るグレートエルクに追いつき始め、グレートエルクに追いつこうかと言うタイミングで、雷魔法を唱えた。
「雷撃槍!」
雷魔法で作り出した電撃の槍を、槍投げのようにグレートエルクの胴体に投げつけた。
「ピギィィィィ」
「シババビビビビ」
グレートエルクとタロの悲鳴が、響き渡った。
「サ、サガ様ぁぁぁぁ!!」
ステアーが慌てて、俺の魔法で倒れ込んだグレートエルクとタロに駆け寄る。
もちろん心配しているのは、タロの事だけだ。
「師匠! ご無事ですか!?」
「ス、ステアー……俺はだいじょう……ぐはぁっ」
そう言ってタロは気絶したフリをする。
キメラと戦った時は雷を身に纏ってた奴が、あの程度の電撃で気を失うハズがない。
「いつまでふざけてやがんだ? オマエは」
「テヘヘ」
気絶したはずのタロがムクリと起き上がり、ステアーが驚いた後に安堵する。
「ステアー、ピニャどっちが獲物を絞める?」
「私がやります」
そう言ってピニャは雷魔法で気を失っているグレートエルクの首元に牙を食い込ませた。
「なかなか食いでがありそうですね」
「結構大物だもんな」
「さすが師匠です!」
……ステアーよ、仕留めたのは俺だぞ?
「でもよ、ここで食べちゃうわけじゃないだろ? みんなに持って帰るんだろ?」
俺の言葉にタロとナイトウルフ二頭が、『え!?』という顔をする。
「え? お前ら自分達だけで食べるつもりだったの?」
「それが狩人の役得だぞ」
「持って帰ったら鮮度が落ちてしまいます」
「レバー……レバーは鮮度が命なので……」
そりゃ生肉が主食なナイトウルフはそうなるか。
「せっかくだから、後何頭か狩ってエンドレスサマーでみんなで食べようぜ?」
タロ達から凄まじいブーイングが巻き起こる。
「目の前の獲物に目が眩んだ君たちに朗報です」
「なんだ?」
「なんと! 俺の【四次元的なアレ】なら、鮮度を一切落とさずに持って帰れます!!」
「う……うおおぉぉぉ!」
「な、ならすぐ次の獲物を狩りましょう」
「さっきの様子だと、厳しそうだけどな」
「グレートエルクが強敵だっただけです! 他の獲物なら……」
そう言ってピニャとステアーは獲物を探しに行った。
……ほっ、良かった。
生肉じゃ俺が食べられないからな。
エンドレスサマーに戻ってから、みんなでバーベキューをしたい。
タロは焼いた肉でも生肉でも、どちらでも構わないそうだ。
ただ、早く食べたいから狩りを手伝ってくると言って走って行った。
俺はそこら辺にあった切り株に腰を下ろして、タロ達の狩りを遠目で見ていた。
「やっぱタロだけ動きが違うな……ていうか、何でアイツは二足で走ってんだよ。何目指してんだよ……」
無茶苦茶な動きで獲物を狩るタロをため息混じりに見ていた時だった。
不意に【思念通信】がマスコから入る。
(ユウタ様……今どこにおられますか?)
(マスコか。どうした? まだ狩場にいるよ)
(至急戻ってもらえないでしょうか?)
何か嫌な予感がする。
(何かあったのか?)
(レイモンド伯爵の使者を名乗る者が、責任者に会いたいと訪ねてきております)
(伯爵?)
(はい。エンドレスサマーは、ビシエイド王国のレイモンド伯爵領に一応位置しておりますので、無視はされない方がいいかと……)
(分かった。すぐ戻る)
【思念通信】でタロ達にも帰ることを伝え、戻ってくる前に血抜きをしていたグレートエルクを【四次元的なアレ】に収納する。
しかし、ビシエイドも王国って言うだけあって、貴族とかいるんだな。
全然知らんかった。
しかも伯爵って言うと、日本での知識が間違っていないなら、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の順だから序列で言えば三番目の爵位を持ってる人だ。
そんな貴族のお偉いさんが、エンドレスサマーの責任者に使者を送るって、何か違和感を感じるなぁ。
なんか、ろくでもない事のような気がしてならないぞ。
俺は少し不安を感じながら、ステアーとピニャに帰りを急がせた。
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