44 / 75
第三章
第三章2 〈伯爵の書状〉
しおりを挟むさっきまでは狩場で、あんなに楽しい雰囲気だったのに、伯爵の使者が来たって聞いただけで、一気に気持ちが白けてしまっていた。
そんな俺の気持ちを汲んでか汲まないでか、ステアーとピニャが急いでエンドレスサマーへと走ってくれている。
しばらくすると、遠目にエンドレスサマーが見え始めてきた。
ステアーもピニャも相当飛ばしてくれたのだろう。
往きは狩場まで一時間近く掛かったのに、帰りはほぼ半分の時間で帰ってこられた。
エンドレスサマーの外にはレイモンド伯爵の使者が乗って来たであろう豪華な馬車と、それを護衛しているであろう騎士の様な出で立ちの者が三人もいるのが見える。
俺達が近づくと、魔物の襲撃だと思ったのだろう。
騎士の出で立ちをした者達が武器を構えた。
ステアーとピニャに命じて、護衛の前で止まってもらう。
「こちらは攻撃の意思はありません。武器を下ろしてください」
俺は両手を上げながら護衛の騎士達に、敵ではない事を伝える。
ピニャから降りてステアーとピニャを後方に下がらせる。
そして両手は上げたままの姿勢で話を続ける。
騎士達はまだ警戒を解いてはおらず、武器は構えたままだ。
「俺はこのダンジョン、エンドレスサマーのマスターをやってるユウタと言います」
俺がそう伝えると、三人の騎士の真ん中で剣を構えていた男が、名乗りながら剣を鞘に納めた。
「私の名前は、レイモンド伯爵家の騎士ティルトン。騎士団銀の翼の団長を務めている。ダンジョンマスター、ユウタよ。以後お見知り置きを」
俺が思っていたよりも、大分丁寧に名乗られる。
一騎士団の団長ともなると、礼節を弁えている。
銀のフルプレートに真紅のマントが、何とも言えずカッコイイ。
「それで、今日は何用でこんな所に? 泳ぎに来たようには……見えませんね」
「うむ……我らはあくまでも只の護衛。用件は中におるお方に聞いてくれ」
俺は敢えてわかり切っている事を聞いたのだが、やはり用件は教えてもらえなかった。
ここで用件の触りだけでも聞けたなら、中に入るまでに少しでも対策を立てられたのだが……。
「そうですか……なら中に行きますね」
そう言って俺が立ち去ろうとすると、ティルトンが聞こえるか聞こえないかの小さい声で、
「済まぬ、迷惑をかける」と呟いた。
……どういう事だ?
俺はティルトンの言葉が気になったが、小さい声で言うってことは、堂々とは言えない事なのだろう。
それが立場ゆえなのかどうかはわからないが。
少しモヤモヤした気持ちになりながら、エンドレスサマーに入った。
ダンジョン入口からの長い通路を抜け、エンドレスサマー内部に入る。
外は秋になり始め、肌寒くなって来てるというのに中はあいも変わらず常夏だ。
照りつける太陽を白い砂浜が反射して目を刺激する。
眩しさに目を細めながら、周囲を見渡す。
するとアイラさんの店、海の家カモメに人が集まっているのが見える。
どうやら海の家カモメにレイモンド伯爵の使者とやらがいるようだ。
俺はステアーとピニャに、誰も入れるなと伝えて、入り口通路に行かせた。
もちろん何かあったらすぐに【思念通信】で連絡しろと言ってある。
海の家カモメを死角からよく見ると、アイラさんのほかに、マスコとレナさんが黒の執事服を着た男と共にいた。
執事服の男の後ろには、こちらも護衛だろう騎士風の男が二人控えている。
(リリル!)
俺はまずリリルに【思念通信】を送る。
(ユウタ! 今どこ?)
(もうエンドレスサマーの中にいる。状況は?)
(状況も何も、書状があるからユウタに直接手渡すとしか言わないわ)
やはり俺がいかない事にはどうにもならんか。
(で、ジロには手を出すなってマスコが言って下がらせたわ)
さすがマスコ、イイ判断だ。
短気なジロがいたら話が拗れかねない。
(で、冒険者なら伯爵とか詳しいかと思って私がレナを呼んだの)
(良くやったぞリリル。オマエは何かあるといけないからジロの所にいてくれ)
(分かった)
そう言って通信を切ると、俺はタロと共に海の家カモメに向かった。
「お待たせしました」
『ユウタ様』
「ほう……君がマスターのユウタかね?」
そう言いながら座っていた椅子から、執事服を着た初老の男が立ち上がる。
そして俺をジロジロと、品定めするかのように見る。
「で、今日はどの様な御用向きでしょうか?」
そう伝えると、執事服の男は咳払いをしてから書状を差し出して来た。
「レイモンド伯爵家家令セバスである。レイモンド伯爵様より貴様に書状を預かって来た。すぐ様開封して中を改めるように」
家令……という事は執事か。
使者のくせになんて尊大な態度を取る奴だ。
オマエのその尊大な態度は、主人のレイモンド伯爵の名を堕としているぞ?
俺はイラッとしながら、セバスとか言うステレオタイプな名前の執事から、アニメや漫画でよく見かける封蝋で閉じてある書状を受け取る。
封蝋には封印が押してあるが、俺にはこれがレイモンド伯爵の物か判断が出来ない。
レナに見せると、レイモンド伯爵家の紋章で間違いないそうだ。
レナとアイラさんは、レイモンド伯爵が何者か知っているだけに、緊張して顔が蒼ざめているようにも見える。
俺は大丈夫だよと目配せしてから、指で封蝋を割ると書状を広げて読む。
「───な!?」
書状を読んで思わず声が出てしまった。
「ユウタ……」
『ユウタ様、内容は……』
その書状の内容を要約するとこうだ。
一、このダンジョン・エンドレスサマーはレイモンド伯爵領に存在してるよ。
二、エンドレスサマーはダンジョンとは名ばかりのリゾートなんだよね?
三、て事は税を納めなきゃいけないよね?
四、売上の70%を毎月納めてね。
五、それが出来なきゃダンジョン接収するよ
と言った内容だ。
ハッキリ言って無茶苦茶である。
「何ですか? この無茶苦茶な内容は?」
「無茶苦茶だと? 伯爵領に存在しているのだから、当然の義務であろうが!」
なんでこのセバスとか言う執事が、こんなにも偉そうなんだ。
後ろに控える護衛の騎士二人は申し訳なさそうにしている。
「当然?」
「当然だ。誰の御威光で領内が平和であると思ってあるのだ!」
「伯爵様の御威光とやらでない事だけは分かりますが?」
「貴様……平民の分際で貴族である我が主人を侮辱するのかぁ!」
セバスは顔を真っ赤にして怒っている。
だが怒っているのは俺も同じだ。
「もちろん人間以外の竜や魔物がマスターをしているダンジョンからも徴税しているのでしょうね?」
俺の質問がセバスの想定外だったのだろう。
セバスは、「ぐ……」と言って押し黙った。
「誰から聞いたのか知りませんが、たまたま領内に出来たダンジョンを、たまたま人間がマスターになったからと言って徴税するんですか?」
「と……当然であろう。領内で商売をするなら税を納めるのは義務である」
俺は反論しながらも、心の中では俺の主張の方が筋が通っていない事はわかっていた。
領主の方々だって、全てのダンジョンから徴税したいに決まっている。
というか、そもそもがダンジョンが営利目的で存在していることがないので徴税の対象にすらなっていないだろう。
その点、エンドレスサマーは商人ギルドに会社や営利団体として登録はしていないが、リゾートとして食べ物を売ったり商売は行なっている。
税を払う義務があるか無いかと言われれば、あるだろう。
だが俺は、書状の無茶苦茶な内容と、セバスの尊大な態度に腹が立っていた。
なぜ、伯爵に仕える執事だからと言って、他人にこんなに高圧的に接する事が出来るのだろうか?
それと売上の70%はやりすぎだ。
これでは接収がハナからの目的に思えてならない。
当然俺は拒否する事にした。
今思えば、外にいたティルトンには無茶苦茶な要求で、こうなる事が分かっていたのだろう。
「俺はここエンドレスサマーのマスターとして、レイモンド伯爵の要求を拒否する!」
「な!? 正気か!? 拒否すれば騎士団を派遣して強制接収する事になるぞ!!」
俺はそんな脅しには屈しない。
セバスがこんなに高圧的なのも、ここで今すぐ了承させたいからとしか思えない。
「騎士団を派遣? そんな必要はない。俺の方からレイモンド伯爵とやらに会いに行って話付けさせてもらうよ」
俺の言葉にセバスをギリリと歯軋りをした。
「帰って伯爵にお伝え下さい。近いうちに挨拶に参りますと」
0
あなたにおすすめの小説
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します
名無し
ファンタジー
毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる