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第二章
山の上にある町
しおりを挟む車はくねくねの山道をどこまでも進んでいく。かれこれ山に入ってから一時間ほどが経過していた。
「な、なんかすんごい山奥まで入っていくんだね。これ、ちゃんと帰れる……?」
後部座席から怖々とした沙耶の声が届く。その隣で、すでに車酔いした桃ちゃんは今にも嘔吐しそうな雰囲気で呻いていた。
「おい少年。間違っても車の中に吐くなよ。誰かビニール袋持ってないか!?」
井澤さんはハンドルを握りながら、いつになく焦った様子で聞く。さすがに今朝会ったばかりの男子高校生に愛車を汚されるなどたまったものではないだろう。
そんな彼らの声を耳にしながら、私は助手席の窓から外を眺めていた。
青々と茂った木々の連続する景色は変わり映えしないが、どことなく懐かしい感じを覚える。
田舎の景色を見ると安心する感覚は日本人のDNAに刷り込まれている気がしなくもないが、それを抜きにしても、この山道を進んでいくこと事態に、何か言い表しようのない郷愁を感じていた。
◯
「あっ。なんか人里っぽいのが見えてきた!」
沙耶が言った。
それまで山の斜面と谷底の川に挟まれた道をひたすら走っていた車は、やがて右に曲がって緩やかな坂を登っていく。
左右には田んぼの風景が広がり、古民家が転々としている。そのさらに奥へ目をやれば、小高い丘のようになっている所に住宅街が見えてきた。
「桃ちゃん、しっかり! もうじきゴールだよ。たぶん!」
沙耶は嬉しそうに言って、隣で項垂れている桃ちゃんの肩を揺らす。
「ゆ、揺らすな……」
桃ちゃんは今まで聞いたことのないような低い声で沙耶を制す。
そして私は、目の前に広がる田舎の景色に、たまらず全身に鳥肌が立つのを感じていた。
「この場所……。私、知ってる。この場所へ来たことがある」
胸の奥で、あるいは脳のどこかで、本能的な懐かしさが私の意識を支配した。
この場所を知っている。間違いなく、以前にも来たことがある。比良坂すずとはおよそ無縁の地で、私は明らかな懐かしさに心を奪われていた。
「とりあえず、公園の方に行ってみるか。駐車場があるからな」
井澤さんはそう言って住宅街の中へ車を進ませていった。
中は少し古めの、いかにも新興住宅地といった所だった。およそ二、三十年前には新築だっただろうと思われる家と、近年リフォームしたであろう家が混在している。舗装された道は坂が多く、山を削って出来た町であることが一目でわかる。
やがて坂を上り切った突き当たりに、井澤さんの言う公園らしきものが見えてきた。
緑の土手と高いフェンスに囲まれた、広い土地がある。土手の途中には剪定された低木の群れが文字を成しており、『桜ヶ丘パーク』と読めた。
「桜ヶ丘……?」
私が目にしたままの文字を読むと、井澤さんは車を駐車場へ乗り入れながら言った。
「この町の名前が『桜ヶ丘』なんだ。キミには聞き覚えがあるかもしれないな」
桜ヶ丘。
確かな見覚えのある町。
この場所で、過去の私は一体何を経験したのだろうか。
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