僕《わたし》は誰でしょう

紫音

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第二章

公園にて

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 車の外に出ると、じりじりと肌を焦がす強い陽射しがぼくらを出迎えた。
 午前十時。すでに太陽は高い位置まで昇り、朝と比べると気温もかなり上昇している。ただ、田舎の空気は澄んでおり、都会や街中とは違った爽やかな風が吹き抜ける。
 敷地の正面にある階段を四人で上り、頂上に着くと、公園の全貌が目の前に広がった。

「わあ……」

 思わず、感嘆の声が漏れる。
 公園は思っていた以上に広かった。サッカーコートが二つぐらい入りそうなだだっ広いグラウンド。さらに奥に見える小高い山の斜面にも階段が続き、所々にベンチや滑り台などが見える。

「ほへー。すんごい広さだね。一周しただけでヘトヘトになっちゃいそう」

 沙耶が言って、井澤さんが頷く。

「ここは町の催しにも色々と使われる場所だからな。お盆の頃には毎年ここで夏祭りが開催されるんだ」

 夏祭り。
 その響きに、ぼくは自然と胸を高鳴らせた。
 もしかしたら、以前の『ぼく』はお祭りが好きだったのかもしれない。

「さて。せっかく公園に来たわけだし、少しだけ遊んでいこうじゃないか」

 井澤さんはそう言って、いつのまにか用意していたらしいバドミントンのラケットとシャトルを差し出してくる。

「おおーっ、バドミントン! ここ何年かは全然やってなかったなぁ。ね、すず!」

「え? あ、そうなの?」

 沙耶に同意を求められるが、今のぼくにはその記憶がない。

「小学校のころ以来かなぁ。久々にみんなでやろうよ! ねっ、桃ちゃんも」

「おうよ! オレの華麗なスマッシュを見せてやる!」

 どうやら桃ちゃんもやる気らしい。車酔いも今は治まったようだ。
 沙耶に促されて、ぼくらは男女ペアの二チームに分かれる。ジャンケンの結果、ぼくと井澤さん、沙耶と桃ちゃんがペアになった。

「よおっし! いつでもこい、すず!」

 桃ちゃんが威勢の良い掛け声とともにラケットを構える。無駄に筋肉をつけた彼に打ち返されたら怪我をしそうだな……という不安を抱えながらも、ぼくは最初のサーブを打った。

「えっ、うそ。すずがサーブを打った……!?」

 と、何やら沙耶がよくわからないことを口走って驚愕の表情を浮かべた。そのまま呆然と突っ立っているだけの彼女の頭上を飛び越えて、シャトルはストンと地面に落ちて転がった。早速こちらのチームに点が入る。

「沙耶。どうしたの? 何かそんなにびっくりするようなことした?」

 桃ちゃんがシャトルを拾ってくる間に、ぼくは尋ねた。すると彼女は、急にこちらへつかつかと歩み寄ったかと思うと、ぼくの両手をラケットの持ち手ごとガシッと握り込む。

「そりゃびっくりするよ! すず、いつのまにそんなにバドミントン上手になったの!?」

「えぇ?」

 上手、と言われても。さっきはただ普通に一発サーブを打っただけだ。スピードも特に速くないし、驚かれるようなことは何もしていない。けれど、

「すずが今までラケットにシャトルを当てられたことなんてほとんどなかったじゃん! いつのまにそんな普通に打てるようになったの!?」

 よくよく聞いてみると、どうやら比良坂すずは極度の運動音痴で、サーブ一つ満足に打てなかったらしい。

(そこまでくるとなかなかだな……)

 聞けば聞くほど、比良坂すずという人物のことが心配になってくる。これは周りが過保護になるのも無理はないな、と改めて思う。

「まあ、でも。すずと一緒にバドミントンができるようになったのは嬉しいよ。あたし、こうやってすずと一緒にスポーツするの、ずっと楽しみにしてたから」

 そう言って、彼女はぼくの手を握ったまま満面の笑みを浮かべた。
 その眩しい笑顔に、思わず胸を高鳴らせてしまう。そんなぼくの気も知らずに、彼女はすぐに自分の位置へ戻ったかと思うと、ラケットをぶんぶん振り回して次のサーブを促す。

「ほら、すず! もっかいやって! 今度はちゃんと打ち返すから!」

 仕切り直しでサーブを打つと、今度はかなり長いラリーが続いた。三人とも、素人ながらそこそこ運動神経は良いように見える。

 こうして広い公園でラケットを振るうのは、なんだかとても懐かしいことのような気がした。
 もしかしたらぼくは以前にも、ここでこうして誰かとバドミントンをしたことがあるのかもしれない。

(でも……誰かって、誰なんだろう?)
 
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