34 / 62
第三章
彼女の家へ
しおりを挟む◯
次の日。
俺が朝から登校すると、教室中がどよめきに包まれた。
「えっ、うそ。井澤が二日連続で朝からいる」
「槍でも降るのかな?」
周りは好き放題に言ってくれるが、俺は特に気にしない。いま興味があるのは愛崎のことだけだ。
「おはよう、井澤くん」
昨日と同じく、愛崎は完璧な作り笑顔で俺に挨拶した。クラスで浮いている問題児にも分け隔てなく接する女神。その所作の一つ一つに、周りで傍観している男子どもは漏れなく骨抜きにされている。
しかし昨日言っていた地図はこの時点では渡されなかった。周りの目があるからか。クラスメイトたちに少しでも悟られまいとする徹底ぶりは、もはや並大抵の意思ではない。
その日は結局、彼女から直接地図を手渡されることはなかった。
放課後になり、今日はタイミングがなかったのかなと少しだけ残念な気持ちで帰り支度をしていると、
「……ん?」
俺のカバンの中にいつのまにか、それは入っていた。
綺麗に四つ折りにされた、花柄の便箋。カバンの中でこっそり広げてみると、そこには簡単な地図が描かれていた。
『家にくるときは、私と時間をずらしてね。一緒に歩いているところを見られたらこまるから。』
ご丁寧にそう書き添えられた紙を、俺はそっと折り畳んでポケットに押し込む。
彼女が、家で待っている。
かなりワガママな要求をされているような気はするが、なぜかそれに応えようとする自分自身の行動が不思議で仕方なかった。
小学校を出て北へ進み、突き当たりにあるバスターミナルの手前を左へ曲がる。さらにその先にある交差点を右に曲がり、すぐ左に入ってまた右へ曲がる。住宅街の細い道をジグザグに曲がっていくと、やがて目的の家は姿を現した。
白塗りの壁に、黒っぽい灰色の屋根。二階建ての一軒家で、門柱に掲げられた表札には『愛崎』の文字。
(ここで合ってる……んだよな?)
少しだけ緊張しながらインターホンを押すと、すぐに玄関の扉が開いて愛崎が顔を出した。彼女は周りの目を気にするように無言のまま、おいでおいでと手招きする。
これではまるで怪しい取引でもするみたいだ。
「どうぞ、座ってて。すぐお茶を持ってくるから」
一応客人としてもてなしてはくれるらしい。グラスに注がれた冷たい麦茶と、皿に並べられたクッキー。リビングのローテーブルで、俺と彼女は肩を並べて宿題を始めた。
(って、本当に宿題をやるんだな)
宿題はただの口実で、実際には他の遊びでもやるのかと思っていたけれど、違ったようだ。このクソ真面目な学級委員長は有言実行の精神に取り憑かれている。
「よっし。できた!」
「もう終わったのか?」
彼女は驚異的な早さで宿題を終え、さらには明日の授業の予習にまで手を出す。
対する俺はどうしても解けない問題があり、彼女の手ほどきを受けながらなんとかそれを終わらせた。
「ね、井澤くん。ちょっと見せたいものがあるんだけど、いい?」
愛崎は予習を終えると、どこか改まったように言った。
「見せたいもの?」
何、と聞く前に、彼女はいそいそとその場に立ち上がったかと思うと、着ているワンピースの裾をおもむろにたくし上げていく。
「え……、ちょ、えっ!?」
スカートの裾が上へ上へと引っ張られていき、その下から白い脚がどんどん露わになる。
「いやいやいや! ちょっと、何してんの!?」
いきなり何を始めるのかと、俺は目を剥いた。
愛崎は手を止めることなく、にひっ、とまたイタズラっぽい笑顔を見せる。
学校ではけして見せない裏の顔。にしても、今回のこれは鼻にピーナッツどころの話ではない。
彼女の言う『見せたいもの』というのは、まさかのまさかでスカートの中身だというのか?
「や、やめろって!」
俺はたまらず両手で目を覆った。女子のスカートの中身なんて、気にはなるけど見てはいけないものだ。
しかし当の愛崎は、
「井澤くん。見て。大丈夫だから」
などと訳のわからないことを言う。
その後も何度も名前を呼ばれ、やがて根負けした俺は恐る恐る手をどけた。
そして、
「……は? 何それ」
その目に飛び込んできた光景に、思わず呆然とする。
「えへへ。似合ってる?」
愛崎は少しだけ照れたような笑みを浮かべ、スカートの裾を腹の高さまでたくし上げていた。露わになった下半身には、女の子の下着……ではなく、男物のトランクスが存在を主張していた。
「それって……男子の下着じゃないか。見せたいものって、それのこと?」
「そ。私、学校で着替える予定がない日は、こっそりこれを穿いていってるんだ。どう? 似合うでしょ?」
俺は何と返事をすればいいのかわからなかった。
愛崎の容姿は正直、女子の中でもかなり可愛い方だと思う。清楚系のスカートが似合う、いわば美少女だ。
そんな彼女のスカートの下が、まさかの男物の下着。
世の中には『ギャップ萌え』なる言葉も存在すると聞くが、それにしたってこれは考えものである。
13
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
神楽囃子の夜
紫音みけ🐾書籍発売中
ライト文芸
※第6回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。
年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。
四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
光のもとで2
葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、
新たな気持ちで新学期を迎える。
好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。
少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。
それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。
この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。
何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい――
(10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる