君の屍が視える

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第2章

僕の屍が視える

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 人の死体を初めて視たのは、僕がまだ小学校に上がってすぐのことだった。

 週末の連休を利用して、祖父母の家に泊まりがけで遊びに行ったときのこと。
 土曜日――つまり一日目、初めに祖父母と顔を合わせたときは、何の違和感もなかった。いつも通り、祖父母は僕と母を笑顔で迎えてくれた。

 一緒にご飯を食べ、お風呂に入り、和室に四つの布団を敷いて、皆で川の字になって眠った。そこまでは良かった。

 けれど、翌朝。

 四人のうちで一番遅くに目を覚ました僕は、寝惚け眼を擦りながら、皆の待つリビングへと向かった。
 そうして部屋の入口の扉を開けると、

 ――おはよう、結人。

 三人はほぼ同時に、僕の方へと笑いかけた。
 はずだった。

 けれど、その中に一人だけ、あきらかに他の人間とは異なる姿をした人物が交じっていた。

 だから、その人物の表情だけは、僕には見えなかった。
 幼心にもその異様さに気づいていた僕は、扉の前に突っ立ったまま、黙って視線だけをそちらに向けていた。

 ――どうかしたのかい。

 その声を聞いて初めて、僕はその異様な姿をした人物が、自分のよく知る祖父であることに気がついた。

 ――おじいちゃん、あのね……。

 僕はそこで一度切ると、それから先をどう言って良いものかわからずに閉口した。

 ――言ってごらんなさい。

 優しい声で、祖父は促した。
 僕は迷った末、おずおずと口を開いた。

 ――あのね。おじいちゃん、どうして今日は『頭』がないの?

 そんな僕の発言を合図に、それまで和やかだった場の空気はぴんと張り詰めた感じがした。

 ――どういう意味だい?

 短い沈黙を破ったのは祖父だった。
 それまで穏やかだった祖父の声色は、どこか重苦しいものとなっていた。

 ――首から上がなくなってるよ。どこかに落としたの? 血も出てるし……痛くないの?

 正確にはあごから上がなくなっていたのだけれど、そのときの僕は上手く表現できなかった。

 それから、さらに長い沈黙が訪れた。
 誰一人として口を開こうとはしなかった。

 後に母から聞いた話では、当時の祖父は顔面を真っ青にさせていたらしい。



 それからちょうど一週間後、祖父は死んだ。

 車での事故だった。
 高速道路を走行中にトラックと衝突し、頭が潰れてしまったという。

 その話を母から詳しく聞いたのは、それから何年も経ってからのことだった。



 祖父の葬式に、僕は呼ばれなかった。

 親戚と疎遠になったのは、そのことがあってからだった。


       〇


「……はあ」

 昔のことを思い返していると、つい溜息を吐いてしまう。

 七日以内に死ぬ人間の、死んだときの姿が視える――こんな体質を持って生まれたおかげで、今までロクなことはなかった。

 目に視えたままのことを口にすると、大抵の人は僕のことを気味悪がった。そして僕が口にしたままのことが現実になると、周囲は僕を怖れるようになる。

 だから、今まであからさまなイジメに遭うようなことはなかったものの、常に避けられているという感覚はあった。

 身体の成長とともにその自覚は強くなり、体質のことは隠すようになったけれど、時すでに遅し。

 常に友達のいなかった僕は、他人との正しい付き合い方を学ぶことができなかった。

 結果、こうして一人の女の子と会うためだけに、歩道橋の上で何時間も寒さに耐えている。
 女の子を待たせてはいけない、と思ったのだが、さすがに来るのが早すぎたかもしれない。

 ポケットからスマホを取り出して時刻を確認すると、午後一時二〇分だった。
 約束の時間は、二時だ。

「…………」

 スマホを見たついでに、カメラアプリを起動した。内側のレンズを使って、自分の顔を映してみる。

 すると画面上に現れたのは、血まみれになった僕の顔。七日以内に現実のものとなる、僕の死顔だった。

(僕、死ぬのか)

 どこか他人事のように、そんなことを思った。
 あまり実感がない。

 しかしこうして自分の死顔を視るのは、僕の人生においてこれが二度目だった。

 前に視たのは、母が死んだとき。
 この世でたった一人の味方を亡くした当時の僕は、自暴自棄になって、勢いのまま自身の喉元にナイフを突き立てて死ぬつもりだった。

 けれど、結局は思い留まった。

 そして、今回。

 頭から大量の血を流して死ぬ運命にある僕は、これから一体どんな経緯を辿ることになるのだろう?

 自殺するつもりはない。
 ということは、これから何らかの事故に巻き込まれるのか。

 あるいは誰かに殺されるのか?
 なんてことを考えていると、すぐそばで、誰かが立ち止まったのに気がついた。

 もしやと思って、僕は顔を上げた。
 
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