君の屍が視える

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第2章

君の死顔が可愛い

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 そこに立っていたのは、一人の女の子だった。
 白い肌に、長い黒髪。歳は十代の後半くらいで、ぱっちりとした目が可愛らしい。

 昨日のあの子――橘逢生が、僕の前に立っていた。

「いつから待ってたんですか?」

 わずかに声を震わせながら、彼女は言った。

「待ち合わせは二時って言ってましたよね。一体いつから待ってたんですか? 風邪ひきますよ!?」

 咎めるような口調で、彼女は言った。
 眉尻を上げ、怒ったような顔をしているけれど、しかし言っている内容は僕への労りの言葉だった。根は優しい子なのかもしれない。

「そう言う君だって早いじゃないか」

 負けじと僕も返す。
 約束の時間までは、まだ三十分以上ある。もしもまだ僕が来ていなかったら、彼女はこの寒空の下でじっと僕を待っているつもりだったのだろうか。

 そう考えると、なんだか気の毒になってくる。僕が強引に取り付けた約束のせいで、彼女がつらい思いをしていたかもしれない、だなんて。

 しかしそれよりも僕が気になったのは、彼女の、その姿だった。

 彼女の白い顔には、べっとりと赤い血が付着していた。
 おそらくは次の自殺方法を考えついたのだろう。その姿は今現在のものではなく、今から七日以内に実現することになる未来の姿だ。

 やはりまだ死ぬつもりでいるらしい。
 それも残念ではあったのだけれど、その他にも一つ、僕は気になることがあった。

 彼女の死因となる傷は、僕のそれとよく似ていた。頭から血を流し、さらに顔にも数か所、擦過傷がある。

 一体、どうやって死ぬというのだろう?
 同じような死に方をするということは、まさか二人で心中でもするのだろうか。

 あるいはもっと別の要因で死ぬのだろうか。たとえば空からいきなり何かが降ってきて、僕たちの頭をかち割ってしまうとか。

 そう考えたとき、僕は反射的に頭上を仰いだ。
 街の上空に広がる空には雲一つなく、秋らしい透き通った色がどこまでも続いていた。

「どうかしましたか?」

 僕の行動を不思議に思ったのか、彼女が聞いた。

「いや、別に」

 僕はそう短く言って視線を下ろす。
 すると再び目が合った彼女は、眉を顰めて訝しげに僕を見つめた。

「本当に、何もないんですか? 今のあなたの動き、なんて言うか、その、ええと」

「不審者っぽい?」

「そ、そう! 不審者です! 挙動不審!」

 彼女はそう勢いで言ってしまったらしく、言い終えてから、ハッと我に返るような顔をした。

「あっ。す、すみません! そういう意味で言うつもりじゃなかったんです。その、ちょうどいい言葉が見つからなくて」

 そう弁解するように言って、慌てて頭を振る。
 やはり彼女も僕と同じように、普段から人と喋り慣れていないらしい。こうして的確な言葉がすぐに出てこないのは、人と接する時間が少ないからだと思う。

 と、そのとき。ぐうう……と気の抜けるような音を立てて、僕のお腹が鳴った。

 その音に気を取られたのか、彼女はしばらく言葉を失って、僕の顔とお腹とを交互に見ていた。
 そして、

「ふふっ」

 小さく噴き出すようにして、彼女は笑った。

「ふふふ……!」

 一度噴き出してしまうともう歯止めが利かなくなったのか、彼女はぷるぷると肩を震わせて笑っていた。

「そんなにおかしかった?」

 さすがの僕も、ここまで笑われるとなんだか恥ずかしくなってくる。

「お、おかしいですよ。だって、すごい音だったから……あっははは!」

 彼女は今度こそ、大きく口を開けて笑った。

 まるで子どもみたいに笑う彼女に、僕はつい見惚れてしまった。
 それまでは不機嫌そうな顔や、悲しそうな顔ばかりだったから。こうして楽しそうに笑っているのを見ると、こちらまで和やかな気分になってくる。

 彼女もこんな風に笑えるのだ――と、妙な感心を覚えた。

「……はあ。おなか、空きましたね」

 ひとしきり笑った後、彼女は言った。

「どこかで一緒にランチでもしますか?」

 そんな提案を受けて、僕は我に返った。そして悩んだ。

 女の子と二人きりでランチというのは、とても魅力的な響きだったけれど、しかし普段からそんな経験のない僕には、一体どんな店に連れて行けばいいのかがわからなかった。

 どこも予約なんてしていない。こんなとき、どんな行動を取るのが『普通』なのだろう?
 内心慌てていると、そこへ助け舟を出すように彼女は言った。

「あの、よかったら昨日のカフェに行きませんか?」

「え?」

 昨日のカフェ。というのは、昨日僕らが偶然再会したあのカフェのことだろう。

「私、あの店にはよく行くんです。コーヒーがとっても美味しいんですよ」

 そう言って、僕に微笑みかける彼女。
 初めて見る彼女の優しい笑顔に、僕はなんだか胸の奥がじんと温まるような感じがした。

 相変わらず、頭からは赤い血を流したままなのだけれど。
 それでも、可愛い――と、人の死顔を見て思ったのは、このときが初めてだった。
 
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