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第1章
苛立ち
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「よー鷹取。まだ相棒は帰って来ないのか?」
気のいいクラスメイトに声をかけられ、鷹取隼人は机に突っ伏していた顔を上げた。
放課後の教室。
補習組だけが残されたそこには彼ら二人と、離れた席に三人の生徒が点々と座っていた。
野球部の掛け声が聞こえてくる西側の窓からは、茜色の陽が差している。
「……しばらく戻らねーよ。二週間は入院するらしいからな」
鷹取は心底つまらない、という風に答えた。
見慣れた幼馴染が隣にいないと、何をするにも張り合いがない。
「へえ。二週間は長いな。しばらく動画も撮れないだろうし、退屈だろ」
「そーだよ。最近は再生数も好調だったのに、もったいねえ」
動画の投稿は数年前から続けているが、ここ数週間は急激にファン登録の数が増え、それまでの再生数に比べれば桁が跳ね上がっている。
そんな中での烏丸の入院は、鷹取にとって大きな痛手だった。
「ここが踏ん張りどころなんだ。二週間もゆっくりなんてしていられねえ。長くても一週間だ。翔とは今日中にでも話をつける」
「ははっ。相変わらず荒っぽいな。次の動画はあれか? 病院からの大脱走劇とか」
半ばけしかけるようなクラスメイトの言葉に、鷹取は「わかってんじゃねーか」と口角を上げた。
「来週中には新しい動画を撮る。翔も、その頃にはちょっとぐらい動けるようになってるだろ。リハビリにもちょうどいいしな」
くくく、と不穏な笑い声を漏らす鷹取に、遠くの席に座っていた女子の一人が口を開いた。
「ちょっと鷹取。あんたまた危ないことする気? そろそろやめなよ。鴨志田先生も今度こそ発狂するよ。最近悩みすぎてノイローゼっぽいんだから」
「あ? 鴨志田?」
思わぬところから水を差され、鷹取は不機嫌な目で女子生徒を睨みつけた。
「あんな情緒不安定なヘタレ野郎、放っときゃいいだろ。もともとあいつは教師に向いてねーんだよ。自分のことで手一杯で、人の世話なんて到底できねーんだから」
毎度毎度、動画を上げる度に注意を促してくる担任教師の顔が脳裏にちらつく。
臆病なくせに正義感だけは一丁前で、キョドりながらも説法のようなものを無理やり押しつけてくる。
けれど口先ばかりでそれ以上の介入はしてこない。
教師という立場上、問題のある生徒を放置するわけにはいかないが、しかし深くは関わりたくない、という姿勢が透けて見える。
そんな鴨志田という人間に対して、鷹取は強い不信感を持っていた。
「鴨志田先生、優しいよ」
と、今度は最後尾の席から別の女子生徒が異議を唱えた。
見るからにおとなしそうな、小動物系の女子生徒だった。
こういう無害な生徒に対しては鴨志田も安心するのか、輪をかけて紳士的になるのを鷹取は知っている。
「……わかってねーなあ」
鷹取はわざとらしく溜め息を吐くと、棘のある声で言った。
「鴨志田みたいな人種はな、偽善者っていうんだよ。優しさなんてカケラもねえ。俺らみたいな問題児の面倒を見るフリしてるのも、余計なゴタゴタに巻き込まれるのが嫌なだけだろ。口では世のため人のためとか言いながら、結局は自分のことしか考えてねえんだ」
「そんなことないよ。鴨志田先生、いつも鷹取くんたちのこと心配してるよ」
なおも食い下がる女子生徒に、鷹取も段々と苛立ってくる。
「心配って、何の心配だよ。鴨志田が俺らの身を案じてるってか? 笑わせるな。あいつは俺らがどうなろうと知ったこっちゃない。本当はいっそ死んでくれた方が気が休まるくらいに考えてんだろ」
「そんなこと……」
なおも反論しようとする女子生徒の声を遮り、鷹取はますます声を荒げて言う。
「大人ってのはな、みんな平気で嘘をつくんだよ。化けの皮を何枚も被って、聞こえの良いことばかり口にしやがる。そういう生き物なんだよ。鴨志田だって普段はいくら温厚な奴でも、腹の中ではどんなドス黒いことを考えてるか――」
と、そこへガラリと入口の扉が開いて、一人の男性教師が中へ入ってきた。
反射的に、その場の全員が扉の方へ目を向ける。
殺伐とした空間で、生徒たちからの視線を一身に受けた男性教師――鴨志田は、その妙な空気に圧されて足を止めた。
「……どうかしたのかい?」
誰にともなく問いかけてみるが、答える者は誰もいない。
しんとした教室の中で、鷹取だけが舌打ちしながら鴨志田を睨むと、途端に鴨志田はびくりと全身を硬直させ、冷や汗をかきながら手元の教科書に目を落とした。
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