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第2章
雨の土曜日
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昨夜から何度か電話をかけてはいるものの、鷹取が応答する気配は一向になかった。
怒っているのだろうか。
やはり今一度、お互いの顔を見てちゃんと話をしなければならない――と、烏丸は暗澹たる思いで溜息を吐いた。
が、その数秒後。
「!」
何の前触れもなく、スマホの受信音が鳴った。
すかさず画面を確認すると、そこには鷹取からのメッセージが一言。
「わかった」という、たったそれだけの短い返事だった。
雨の降る週末。
鷹取と約束した土曜日の、正午を過ぎてすぐのことだった。
とりあえずは返信があったことに安堵する烏丸だったが、しかし、やけにあっさりとしたそのメッセージに妙な胸騒ぎを覚えた。
先日あれだけ激昂していた鷹取が、こうも簡単に引き下がるのもどこか不自然だ。
もしかすると、他に何か考えがあるのかもしれない。
「……はあ」
なんだか出口のない迷路に迷い込んだような気がして、烏丸は途方に暮れながら、再び小さな溜息を吐いた。
そうして画面から目を離して顔を上げると、窓の外では雨がしとしとと降り続いていた。
こんな天気の日でも、ツバメの番は忙しなく巣作りに励んでいる。
未来の子どものため、休みなく飛び回る健気な姿を見ていると、親は大変だな、としみじみと思った。
「何ボーっとしてんの?」
と、今度はいきなり後ろから声をかけられた。
振り返ってみると、思ったより近い距離に女の子の顔があって、烏丸は反射的に「わっ」と声を上げてベッドを揺らした。
「……なんだ、あんたか」
そこに現れた少女の姿に、改めて向き直る。
見慣れた青の病衣に、緩いウェーブのかかった長い髪。
「うふふ。驚いた? 今のあなた、すっごくマヌケな顔をしてたわよ」
少女――羽丘雲雀は、その華奢な肩を震わせてころころと笑った。
「…………」
「? どうかしたの?」
「あ、いや……」
昨夜ぶりに見る愛らしい笑顔。
その可憐な姿に、烏丸はつい見惚れてしまった。
しかし「可愛いね」なんて口が滑っても言えるはずがなく、
「来てくれたんだね」
と、それとなく答える。
だが、それに対して今度は羽丘の方が何か思うところがあったらしく、ふいと明後日の方角を向いたかと思うと、
「別に、ちょっと通りがかったからついでに寄っただけ。あなたに用があったわけじゃないから」
と、どこか釣れないことを言った。
どうやらわざわざ会いに来てくれたわけではないらしい。
少しだけ物足りなさを感じながら、ふうん、と烏丸が流すと、羽丘はそっぽを向いたまま、視線だけをちらりと戻した。
「ふうん……って、それだけ?」
「え?」
聞かれて、烏丸は首を傾げた。
他に何か言うべきことがあっただろうか。
求められている答えを探して、烏丸は改めて彼女の様子を窺う。
髪切った?
……わけではなさそうだ。
その服かわいいね。
……いつもの病衣姿である。
と、そんな彼女の細い腕の先に、重そうな荷物が一つ提げられているのに気がついた。
革製の手提げカバンの中に、ぎっちりと雑誌が詰め込まれている。
「それ、どうしたの?」
烏丸が指を差して聞くと、羽丘は「え?」と一瞬だけきょとんとした顔を見せた。
その反応から、どうやら彼女の望む答えはそれではなかったらしい。
しかしそれはそれ、と割り切ったのか、羽丘はぱっと明るい顔を見せたかと思うと、
「ああ、そうそう。これ、入院中はヒマだろうからって、看護師の百舌谷さんがくれたの。洋楽雑誌!」
よほど嬉しかったのか、彼女はカバンを両手で抱き抱えると、うっとりとした表情を浮かべた。
「ああ……。百舌谷さんって本当に良い人だわ。いつも些細なことでも気にかけてくれるし。患者のことをよく理解してくれてるって感じ」
「……そう?」
あのウザイが看護師が? と、あの眼鏡の奥に見える意地の悪そうな笑みを思い出しながら烏丸が言うと、羽丘はムッとした目で睨み返す。
「あなた、なーんにもわかってないのね。百舌谷さんはね、患者一人一人のことを本当によく覚えてくれてるのよ。この雑誌だって、わざわざ私が好きな歌手が載ってるものだけを選んでくれてるんだから」
言いながら、彼女はカバンの中から一冊だけ取り出してこちらに差し出した。
烏丸が受け取って見ると、表紙にでかでかと写っていたのはマイクを手に歌う一人の外国人男性だった。
「これって、有名な人?」
そう聞いた瞬間、羽丘の顔があきらかに強張ったのを見て、あ、これはやってしまったなと烏丸は思った。
「あなた、知らないの? レミー・バトラー。めちゃくちゃ有名なのに!」
信じられない、と言わんばかりに羽丘が声を張り上げ、勢い余ったのか、途端にごほごほと咳き込んだ。
「大丈夫?」
烏丸が聞くと、羽丘は「大丈夫じゃない!」と反論した。
「レミー・バトラーはね、世界中で有名なシンガーソングライターなのよ。私の親の世代からずっと人気だったし、今でもテレビとか街中でもよく曲が流れてるし、どこかで一度くらいはこの人の歌を聴くはずなのに、それを知らないなんて!」
どうやら想像以上に有名な歌手だったらしい。
「うん……。なんか、ごめん……?」
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