あばらやカフェの魔法使い

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第1章

森の中の洋館

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「……あ、え……。ええと……っ」

 いきなりのことに緊張した私は、顔面がカッと熱くなるのを感じた。

 泣き顔を見られた。
 うずくまって泣いているところも。

(は、恥ずかしい!)

 思わずその場に立ち上がり、情けない顔を隠すようにしてすぐさま背を向ける。

「なっななななっなんでもないです!」

 すかさず逃げ出そうとした私に、

「待って」

 彼はそう言って、私の手をそっと掴んだ。

「そのままじゃ風邪をひいちゃうよ。まずは身体を拭かなきゃ。すぐそこに僕の店があるから、おいで」

「え……?」

 言い終えるが早いか、彼は私の手を引いて、森のある方角へと足を進めた。

「えっ、えっ……。あ、あの、一体どこへ?」

「この奥だよ」

 彼の視線の先にあるのは、薄暗い森。
 奥に見えるのは、古びた洋館。
 その外壁はあちこちの塗装が剥がれ、さらには伸び放題になった植物が絡みついている。

 通称・お化け屋敷。
 夏には肝試しの舞台となっているその洋館に向かって、彼は進んでいく。

「えっ、あの。もしかして、ここに入るんですか?」

 まさかの展開に、私は声をひっくり返らせた。

 お店、と彼は言っていたけれど。
 これはどう見てもお店じゃないし、ましてや普通の家でもない。

 こんな怪しげな場所に連れ込んで、まさかとは思うけれど、非合法的な薬を売りつけようとか、何か良からぬことを企んでいるのでは――なんて邪推していると。

「……ん?」

 足元。
 洋館の入口横に立てられた、小さな看板が目に入った。

 『OPEN』――と、黒板になっている表面にはそれだけ書いてある。

(何がオープン?)

 その小さな立て看板を見下ろしながら、私は首を傾げた。

 薄暗い森の奥に建つ、ボロボロの洋館。
 と、そこに添えられた『開店』を示す文字。

 あまりにも不可解な光景に、私の頭はハテナで埋め尽くされる。

 けれど、私の手を引く彼はおもむろに洋館の入口を開けて、

「さあ、どうぞ。すぐにタオルを持ってくるから、中でゆっくりしててね」

 言いながら、部屋の奥を指し示した。

 私は恐る恐る中を見渡す。

 中は思ったよりも整頓されている――ように見えたけれど、ただ単に物が少ないだけで、床や壁はあちこちに空いた穴が放置されたままだった。

 だだっ広いフローリングの部屋に、四席のテーブルがある。
 洒落た造形のそれは磨けば光りそうではあるけれど、長年手入れされていないのか、至る所に染みや錆びが目立つ。

 天井からぶら下がった照明は割れていて使えそうにない。

 窓が大きなガラス張りになっているので、そこから光は入ってくるけれど。
 それでも、外は高い木々に覆われているため、木漏れ日程度にしか光は届かない。

「ここが……お店?」

 正直なところ、廃墟としか思えない。
 しかしテーブルとイスが並べられているところを見ると、飲食店か何かだろうか。

 私は呆気にとられながらも周囲をきょろきょろと見渡す。

 そうしているうちに、彼はどこからかタオルを持って戻ってきた。

「よかったら座ってね。今、お茶を淹れるから」

 タオルを私に手渡すなり、彼はそう言って奥のキッチンへと向かった。

 半ば放心していた私は、そこでハッとした。

 飲食店(?)でお茶をいただくということはつまり、お金が発生する。

「す、すみません! 私、手ぶらで……今はお金を持っていないんです!」

「お金?」

 きょとん、とした顔で彼はこちらを振り返った。

「なに言ってるの。お金なんかいらないよ」

「え? でも、ここってお店なんじゃ……」

「うん。確かにここはカフェだけれど、君は僕が勝手に連れてきただけだから。お金なんか取らないよ」

(カフェ……!?)

 お金なんかいらない――という彼の優しさを差し置いて、私の意識は真っ先に『カフェ』という言葉に驚愕していた。

 
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