あばらやカフェの魔法使い

紫音みけ🐾書籍発売中

文字の大きさ
6 / 50
第1章

発端

しおりを挟む
 

       ◯



 翌朝。

 教室の窓から見えるグラウンドを見下ろしながら、私はぼんやりと昨日のことを思い出していた。

(そういえば、まだ名前も聞いてなかったなぁ)

 授業の内容はそっちのけで、あの人のことばかりが頭に浮かぶ。

 薄暗い森の奥に建つ、ボロボロの洋館。
 そこでひっそりとカフェを営んでいる彼。

 昨日はお茶とケーキをご馳走になった上、一緒にストラップまで探してもらった。
 にもかかわらず、最後はお礼を言うことができなかった。

(あそこに行けば、また会えるのかな?)

 あの店は通学路の途中にある。
 帰りに寄れば、また彼に会うことができるかもしれない。

(それにしても……)

 一つだけ、気になることがあった。

 ――虹の麓には、宝物が眠ってる。

 彼が口にした、あの迷信。
 それに従って虹を目指せば、探し物は見つかった。

 あれは、ただの偶然だったのだろうか?

 あのとき私を導いてくれた彼の足取りは、一切の迷いもないように見えた。
 その姿はまるで、あの場所にストラップが落ちていることをあらかじめ知っていたかのようにも思える。
 ……というのは、私の考えすぎなのだろうか。

 そんなことを考えていると、ふと、どこからか視線を感じた。

 はっと我に返ると、グラウンドの真ん中から、明らかに私を見つめる視線が一つあるのに気がついた。

 見ると、体操着に身を包んだ小柄な少女が、まっすぐにこちらを見上げている。
 長いポニーテールに、少しだけ気の強そうな、ほんのりと吊り上がった大きな目。

(いのりちゃん?)

 現在もケンカ継続中である、私の幼馴染。
 いのりちゃんが、じっとこちらを見つめていた。

 彼女が、私のことを見てくれている。
 私は思わず胸を高鳴らせ、反射的に手を振りかけた。

 けれどそれよりも早く、彼女はふっと視線を逸らすと、そのままくるりと背を向けてどこかへと走り去ってしまった。

(やっぱり怒ってる、よね)

 遠くなる背中を見つめながら、私は小さく溜息を吐いた。
 まだ仲直りは当分できそうにない。

 そもそも、彼女がなぜあそこまで怒っているのか――その理由も、実はよくわかっていない。

 もちろん、発端となった出来事は覚えている。

 一昨日の帰り道。
 通学路の途中で、私と一緒に歩いていたいのりちゃんは、後ろからやってきた車に轢かれそうになったのだ。

(あのとき、私は――)

 危ないよ、と言ったのだ。
 車が来て危ないから、もっと歩道側を歩いた方がいいと指摘して、彼女の腕を強引にひっぱった。

(あれが、気に障ったのかな……)

 子ども扱いをされた、と思われたのかもしれない。
 あるいは私の言い方が悪かったのか。
 相手を傷つけてしまうような、思いやりを欠いた言葉遣いをしてしまったのかもしれない。

 といっても、普段はそんな些細なことで彼女は怒ったりしない。

 だから、タイミングの問題もあったのかもしれない。
 たまたま虫の居所が悪かったとか。

 いつもの彼女なら、あそこまで感情的になったりしない。
 あのときの彼女は、どこかいつもと違った。

「……はあ」

 当時の光景を思い出し、私は深い溜息を吐く。

 あのとき。
 私から注意を受けた彼女は、驚いたように大きく目を見開いて。

 そして、その瞳からぼろぼろと大粒の涙を溢して、半ば叫ぶように私を拒絶したのだった。


 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

人生最後のときめきは貴方だった

中道舞夜
ライト文芸
初めての慣れない育児に奮闘する七海。しかし、夫・春樹から掛けられるのは「母親なんだから」「母親なのに」という心無い言葉。次第に追い詰められていくが、それでも「私は母親だから」と鼓舞する。 自分が母の役目を果たせれば幸せな家庭を築けるかもしれないと微かな希望を持っていたが、ある日、夫に県外へ異動の辞令。七海と子どもの意見を聞かずに単身赴任を選び旅立つ夫。 大好きな子どもたちのために「母」として生きることを決めた七海だが、ある男性の出会いが人生を大きく揺るがしていく。

日本語しか話せないけどオーストラリアへ留学します!

紫音みけ🐾書籍発売中
ライト文芸
「留学とか一度はしてみたいよねー」なんて冗談で言ったのが運の尽き。あれよあれよと言う間に本当に留学することになってしまった女子大生・美咲(みさき)は、英語が大の苦手。不本意のままオーストラリアへ行くことになってしまった彼女は、言葉の通じないイケメン外国人に絡まれて……? 恋も言語も勉強あるのみ!異文化交流ラブコメディ。

呪われた少女の秘された寵愛婚―盈月―

くろのあずさ
キャラ文芸
異常存在(マレビト)と呼ばれる人にあらざる者たちが境界が曖昧な世界。甚大な被害を被る人々の平和と安寧を守るため、軍は組織されたのだと噂されていた。 「無駄とはなんだ。お前があまりにも妻としての自覚が足らないから、思い出させてやっているのだろう」 「それは……しょうがありません」 だって私は―― 「どんな姿でも関係ない。私の妻はお前だけだ」 相応しくない。私は彼のそばにいるべきではないのに――。 「私も……あなた様の、旦那様のそばにいたいです」 この身で願ってもかまわないの? 呪われた少女の孤独は秘された寵愛婚の中で溶かされる 2025.12.6 盈月(えいげつ)……新月から満月に向かって次第に円くなっていく間の月

没落貴族か修道女、どちらか選べというのなら

藤田菜
キャラ文芸
愛する息子のテオが連れてきた婚約者は、私の苛立つことばかりする。あの娘の何から何まで気に入らない。けれど夫もテオもあの娘に騙されて、まるで私が悪者扱い──何もかも全て、あの娘が悪いのに。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...