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第1章
発端
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翌朝。
教室の窓から見えるグラウンドを見下ろしながら、私はぼんやりと昨日のことを思い出していた。
(そういえば、まだ名前も聞いてなかったなぁ)
授業の内容はそっちのけで、あの人のことばかりが頭に浮かぶ。
薄暗い森の奥に建つ、ボロボロの洋館。
そこでひっそりとカフェを営んでいる彼。
昨日はお茶とケーキをご馳走になった上、一緒にストラップまで探してもらった。
にもかかわらず、最後はお礼を言うことができなかった。
(あそこに行けば、また会えるのかな?)
あの店は通学路の途中にある。
帰りに寄れば、また彼に会うことができるかもしれない。
(それにしても……)
一つだけ、気になることがあった。
――虹の麓には、宝物が眠ってる。
彼が口にした、あの迷信。
それに従って虹を目指せば、探し物は見つかった。
あれは、ただの偶然だったのだろうか?
あのとき私を導いてくれた彼の足取りは、一切の迷いもないように見えた。
その姿はまるで、あの場所にストラップが落ちていることをあらかじめ知っていたかのようにも思える。
……というのは、私の考えすぎなのだろうか。
そんなことを考えていると、ふと、どこからか視線を感じた。
はっと我に返ると、グラウンドの真ん中から、明らかに私を見つめる視線が一つあるのに気がついた。
見ると、体操着に身を包んだ小柄な少女が、まっすぐにこちらを見上げている。
長いポニーテールに、少しだけ気の強そうな、ほんのりと吊り上がった大きな目。
(いのりちゃん?)
現在もケンカ継続中である、私の幼馴染。
いのりちゃんが、じっとこちらを見つめていた。
彼女が、私のことを見てくれている。
私は思わず胸を高鳴らせ、反射的に手を振りかけた。
けれどそれよりも早く、彼女はふっと視線を逸らすと、そのままくるりと背を向けてどこかへと走り去ってしまった。
(やっぱり怒ってる、よね)
遠くなる背中を見つめながら、私は小さく溜息を吐いた。
まだ仲直りは当分できそうにない。
そもそも、彼女がなぜあそこまで怒っているのか――その理由も、実はよくわかっていない。
もちろん、発端となった出来事は覚えている。
一昨日の帰り道。
通学路の途中で、私と一緒に歩いていたいのりちゃんは、後ろからやってきた車に轢かれそうになったのだ。
(あのとき、私は――)
危ないよ、と言ったのだ。
車が来て危ないから、もっと歩道側を歩いた方がいいと指摘して、彼女の腕を強引にひっぱった。
(あれが、気に障ったのかな……)
子ども扱いをされた、と思われたのかもしれない。
あるいは私の言い方が悪かったのか。
相手を傷つけてしまうような、思いやりを欠いた言葉遣いをしてしまったのかもしれない。
といっても、普段はそんな些細なことで彼女は怒ったりしない。
だから、タイミングの問題もあったのかもしれない。
たまたま虫の居所が悪かったとか。
いつもの彼女なら、あそこまで感情的になったりしない。
あのときの彼女は、どこかいつもと違った。
「……はあ」
当時の光景を思い出し、私は深い溜息を吐く。
あのとき。
私から注意を受けた彼女は、驚いたように大きく目を見開いて。
そして、その瞳からぼろぼろと大粒の涙を溢して、半ば叫ぶように私を拒絶したのだった。
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