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第1章

虹の麓

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「いま、何をしたんですか?」

 私は彼を振り返って聞いた。

 けれど、私を見下ろす彼は穏やかな笑みを浮かべたまま、

「ほら、あそこ」

 と、虹の方を指差して言った。

「虹のふもとには、宝物が眠ってる……って、昔から言うよね。君の探し物も、きっとそこにあると思うよ」

「虹の、麓に……?」

 言われて、私はまた虹の方を見る。
 その場所は私の家のある方角で、確かに通学路の途中だった。

「行ってみようか」

 言いながら、彼は私の手を取って雨上がりの道を歩き始めた。

 触れた手のぬくもりが、私の胸を高鳴らせる。

「って、えっ。ほ、ほんとに行くんですかっ?」

 ただの迷信だろう、と思いつつも、私は彼に連れられるまま虹の麓へと向かっていく。

 腕を振り解くことは簡単にできる。
 けれど私は、あえてそれをしなかった。

 なぜだかわからないけれど、虹の麓に行けば本当に見つかるかもしれない――と、私は心のどこかで、彼の言う迷信を信じ始めていたのだった。



     〇



「……ああっ!」

 思わず、そんな声が出た。

 彼と二人でやってきた、虹の麓。
 私の家のすぐそばにある花壇――その隙間から、見覚えのあるテディベアがちょこんと顔を覗かせている。

「ほんとに、あった……?」

 まさかと思いながらも、私は彼の手を離して、そこへ駆け寄った。

 雨に濡れ、土にまみれた手作りのぬいぐるみ。
 私はそれを壊してしまわないよう、そっと拾い上げる。

 首元に赤いリボンを付けた、愛らしいテディベア。
 それは正真正銘、探していたストラップだった。

「す、すごい。本当に虹の麓にあるなんて」

 信じられない。
 思わず涙が溢れそうになるのを必死に堪えながら、まじまじとそれを見つめていると、

「よかったね」

 と、背後から彼の声が届く。

 そこで私はハッとして、まずはお礼を言わなきゃ、と後ろを振り返った。

「あ、あのっ――」

 しかし。

「あれっ?」

 振り返った先には、すでに誰もいなかった。

 雨上がりの澄んだ空気の中、私一人だけがそこに取り残されていた。

「もう帰っちゃったの?」

 さっきまでは確かに私と手を繋いでいた彼は、一瞬にして、まるで蜃気楼のように、忽然とその場から姿を消していたのだった。


 
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