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第1章

風邪っぴき

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       ◯


 放課後。
 西の空がほんのりと赤みを帯び始めた頃。

 私はまた、例の森の中に立っていた。

 目の前にそびえるのは、まるで廃墟のような古びた洋館――もとい、カフェ。
 足元の看板は相変わらず『OPEN』になっている。

 私は一度心を落ち着かせるため、大きく深呼吸をした。

 そして、

「ごめんくださーい」

 ちょっとだけ緊張を交えつつ、入口の扉を開けた。

「いらっしゃ……――ああ、昨日の」

 扉を開けた先で、優しげな声が私を出迎えた。

 薄暗い部屋。
 その最奥――木漏れ日が差す窓辺の席に、昨日の彼が座っていた。

 身なりは白いシャツに、黒いパンツ。
 腰には昨日と同じエプロンを掛けている。

「こ、こんにちは」

 ぎこちない動きで、私は頭を下げた。

「昨日は、その……一緒にストラップを探してくれてありがとうございました。その、お礼が言いたくて」

「それでわざわざ来てくれたの? 嬉しいな」

 彼はそう言って席を立つと、ゆっくりとこちらへ歩み寄った。
 まるで女性のような柔和な笑みが、私の目の前までやってくる。

 あたたかな声に、穏やかな所作。
 それらは彼の綺麗な容姿と相まって、不意打ちのように私を魅了する――といっても、着ているシャツはやはりヨレヨレで、相変わらずみすぼらしいのだけれど。

(あれ?)

 と、目の前の彼を改めて見上げてみると。

 優しげな笑みを浮かべているその顔が、ほんのりと熱っぽく赤らんでいるのに気がついた。

「あの。もしかして具合が悪いんですか?」

「あ、バレちゃった? 実は少し熱があってね」

 言うなり、彼は小さく咳をした。
 風邪をひいたのだろうか。

(そういえば、昨日は雨が降って……)

 雨が降って、ずぶ濡れになった――のは、私の方だったはずだ。
 その割には、私は体調を崩すことなくピンピンとしている。

 まるで、私の代わりに彼が風邪をひいたかのようだった。

「せっかく来てくれたのに申し訳ないんだけど、見ての通りこんな状態だから。今日はこの店にはいない方がいい」

 風邪がうつると大変だからと、彼は早々に私を帰らせようとする。

「そんな状態なのに、お店は閉めないんですか?」

 不思議に思って、私は尋ねた。
 どうせ誰も寄せ付けないつもりなら、最初から店を閉めていればいいのに。

「うん。いいんだ。どうせ開けていても、お客さんなんて滅多に来ないからね」

「ああ、それは確かにそ――……うじゃなくてっ」

 一瞬だけ納得しかけた私は、慌てて訂正した。
 危うく、かなり失礼なことを言ってしまうところだった。

「具合が悪いのなら、いっそ、お店を閉めて横になった方がいいんじゃないですか?」

「まあ、そうなんだけど」

 彼は困ったように苦笑しながら、

「でもやっぱり、閉めるわけにはいかないんだ。僕は、人を待っているからね」

「人を?」

 私は首を傾げた。

 お客さんは来ないのに、一体誰を待っているというのだろう?

 
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