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第1章
小さな来訪者
しおりを挟む「それにほら、ここに来るのは『お客さん』だけじゃないからね」
「え?」
彼はそう言うと、店の入口の方へと視線を送った。
つられて私もそちらを見ると、ちょうど入口の扉を開けて、一人の男の子が中へ入ってきた。
小さな子だった。
まだ小学校の低学年くらいだろうか。
今にも泣きそうな顔をしたその子は、縋るような目をこちらに向けて、
「お兄ちゃん、お願い。この子を直して……!」
そう涙声で訴えた。
男の子の小さな手には、相当な年代物の人形が抱かれている。
ヒラヒラのドレスを纏った、金髪碧眼のビスク・ドールだった。
かなり高価そうに見えるそれは、右腕が肩の辺りからちぎれてしまっている。
「これは、君が壊したの?」
お兄ちゃん、と呼ばれた彼は男の子の方へと歩み寄り、床に膝をついて目線を合わせた。
男の子は悔しそうに口をへの字に曲げて、
「ママが大事にしてたものなんだ。勝手に触ったってバレたら怒られちゃう!」
と、急かすように訴えた。
そのやり取りから察するに、どうやら二人はお互いに面識はあるものの、家族や親戚といった繋がりはないようだった。
おそらくは近所に住む知り合い同士なのだろう。
幼いやんちゃな男の子が、近所のお兄さんに助けを求めてきたのだ。
「これは、直すのは難しそうだね」
人形の腕に触れながら、彼は難色を示した。
これが例えば布製のぬいぐるみならば、何とか縫い直すこともできたかもしれない。
けれど今回のそれはヴィンテージもののビスク・ドール。
磁器で出来たその腕を直すには、プロの修理屋に頼むしかない。
「お兄ちゃんなら直せるんでしょ? いつもみたいに魔法で直してよ!」
(魔法……?)
男の子の放った突拍子もない言葉に、私は驚いていた。
と同時に、昨日の光景を思い出す。
昨日の夕方。
私のストラップを探しに行こうと言った彼が、何か祈りを捧げるようにして両手を組むと、それまで激しく降っていた雨はぴたりと止んだ。
空には虹が現れ、その麓に向かえば、探し物はすぐに見つかった。
それらは普通ではありえない光景で、まるで魔法のようだった。
「お願いだよ。お兄ちゃんだけが頼りなんだ!」
目の前の男の子は必死に訴える。
その声で私は我に返った。
(そんな、まさかね)
さすがに考えすぎだろう。
それよりも今は、壊れた人形をどうするかだ。
正直に言うと、私はこの男の子の要求にちょっと引いていた。
人形が壊れてしまった原因は、どうあがいてもこの男の子本人にある。
勝手に触ったら怒られる──それを知っていながらイタズラをしたのだから尚更。
反省の意味も込めて、今回は母親に本当のことを白状した方がいい。
その方が本人のためにもなるし――と、そう考える私の前で、
「わかった。じゃあ、ママには内緒だよ?」
「やったあ! お兄ちゃん、だーいすきっ」
と、たやすく交渉は成立してしまった。
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