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第1章
魔法
しおりを挟む修繕したような跡はどこにもない。
まるで新品のような傷一つないビスク・ドールが、男の子の腕に抱かれている。
「わあ、すごい!」
すっかり元通りとなった人形を見て、男の子は飛び上がって喜んだ。
「ありがとう、お兄ちゃん! 今日も助かったよ!」
男の子はそれだけ言うと、もう用はないといわんばかりに足早に店を出ていった。
静かになった部屋の中で、私は恐る恐る口を開いた。
「いま、何をしたんですか?」
ゆっくりと立ち上がった彼の背中に、私は問いかける。
一体どうやって人形を直したのだろう。
まさかとは思うけれど、
「今のって、もしかして本当に……魔法、なんですか?」
尋ねずにはいられなかった。
昨日のことも、さっきのことも。
奇跡か、魔法か、まるでそういった類のものとしか思えない。
彼はこちらに背を向けたまま、何も答えない。
「あの……?」
何の反応もない彼の様子に、私が戸惑っていると、
「――……う」
彼は突然、胸の辺りを押さえて前のめりになった。
何か、耐えがたい痛みに耐えている――そんな仕草だった。
「ど、どうしたんですか!?」
私は慌てて彼の背に駆け寄った。
そうして俯いた彼の顔を横から覗き込んでみると、額に脂汗がにじんでいるのが見えた。
「大丈夫ですか? どこか痛むんですか? 一度横に――」
「いけない。僕から離れて……!」
「えっ?」
珍しく彼が声を荒げた、その瞬間。
気づいたときには、私の身体は彼の腕に突き飛ばされていた。
たまらず後ろへ仰け反り、世界が反転する。
その視界の端で、
「!」
何か鋭利なモノが、彼の左腕を切り裂いた――ように見えた。
何もない所で、本当に突然、彼の左腕――ちょうど人形の腕がちぎれていたのと同じ肩口の辺りから、真っ赤な血が噴き出したのだ。
(えっ……?)
何が起きたのかわからなかった。
混乱したまま、私は尻餅をつく。
そうして目を丸くして、目の前の彼を見上げた。
それまで苦しそうに胸を押さえていた彼は、今度は左腕を押さえてその場にしゃがみ込んだ。
押さえた個所からは赤い色がじわりとシャツに染み込み、そこからぽたぽたと滴を垂らし、床を汚す。
みるみるうちに、床には小さな血だまりが出来た。
彼の左腕は、あきらかに負傷していた。
(何が起こったの?)
訳がわからず、私はただ呆然としていた。
一体何が起こったのか。
わからない。
けれど、ただ一つだけ確かなのは、彼が怪我をしたということだ。
「た、大変。すぐに救急車を――」
「待って」
すかさずスマホを取り出した私の手を、彼はおもむろに掴んだ。
「大丈夫。こんなのかすり傷だよ」
「な、何言ってるんですか。こんなに血が出てるのに」
私は震える声で反論した。
私の手首を掴む彼の手は、生温かい血で滑っていた。
「あまり大事にしたくないんだ。それに……これが、魔法を使うということなんだから」
「……どういうことですか?」
彼は今度こそ、『魔法』という言葉をはっきりと口にした。
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