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第1章

僕を忘れて

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 彼に傷ついてほしくない――元をたどればたったそれだけのことなのに、半ばパニックになっていた私はうまく言葉にできなかった。
 そんな自分自身に対して、次第に苛立ちと、情けなさと、悲しさとが込み上げてくる。

 ついには堪え切れなくなって、私は涙を零した。

「……すみません。……ごめんなさい」

 ここで泣いたって何も解決しない。
 わかっているのに、私の意思とは関係なく、涙はとめどなく溢れてくる。

 本当に情けない。
 彼の前で泣くのはこれで三度目だ。

 また、彼に迷惑をかけている。

 恥ずかしい。
 今すぐにでも、ここから逃げ出したい――そう思い詰める私の頭の上に、彼はそっと手を置いて、

「ありがとう。君は優しい子だね」

 そう、穏やかな声で慰めてくれた。

 そして、

「もう、これ以上……君に悲しい思いをさせるわけにはいかない。どうか、僕のことは忘れてほしい」

「……え?」

 彼はどこか寂しげに微笑むと、再び胸の前で両手を組む。

 この仕草は確か、さっき魔法を使うときにも見せたものだ。

(もしかして)

 彼はまた、魔法を使おうとしている。

 一体何のために?

「あの。待って。何をするつもりですか?」

 慌てて私が尋ねると、彼は困ったように苦笑して言った。

「ごめんね。君の頭の中から、僕に関する記憶を消させてもらうよ」

「なっ……」

 記憶を消す。
 そんなことが本当にできてしまうのだろうか。

「ど、どうして。やめてください。どうしてそんなことを」

「君は、とても優しい人だから。僕と一緒にいると、君はきっと、僕のために何度も泣いてしまうだろう?」

 言いながら彼は、先ほどと同じように、祈りを捧げるようにして頭を垂れる。

 私が泣いてしまうから。
 私を泣かせないために、彼はまた魔法を使おうとしている。

「まっ、待ってください!」

 このままでは、私はきっと彼のことを忘れてしまう。

 あんなに優しくしてくれた彼のことを。

 まだ、何の恩返しもできていないのに?

 そしてまた、彼はこの森の奥で、誰にも知られないまま、ひとりで無茶をするのかもしれない。

(そんなの嫌!)

 私は咄嗟に彼の手を握りこむと、

「やめてください!」

 力任せにその手を左右へ引き離し、そこへ自らの身体を滑り込ませた。
 勢い余って、彼の胸に顔を埋めるような形になる。

「嫌です。忘れたくありません! どうか、もう魔法を使わないで」

 忘れたくない。

 それに、もう魔法を使ってほしくない。

 魔法を使えば、後でどんな代償が待っているかわからない。
 下手をすれば、命を落とすことだってあるかもしれないのだ。

 
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