あばらやカフェの魔法使い

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第1章

明日も、明後日も

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「お願いです。どうか、もう魔法を使わないで。私のためを思うなら、記憶を消すなんてやめてください。私は、あなたのことを忘れたくなんかありません!」

 彼のシャツに顔を埋めたまま、私は幼子のように泣きじゃくっていた。

 ああ、また情けない顔をしている。
 こんな子どもみたいな姿、誰にも見せたくはないのに。

 けれど、こうして駄々をこねたおかげか、彼が再び魔法を使おうとする気配はなかった。

 そうして私が落ち着くまで、彼は怪我をした腕とは反対の手で、私の背中を優しくさすってくれたのだった。



     〇



 空がすっかり暗くなった頃。

 森の出口までやってきた私は、後ろを振り返ると、心の底から懺悔するような気持ちで深々と頭を下げた。

「すみません。また迷惑をかけてしまって」

 振り返った先には、見送りに出てきてくれた彼がそこに立っていた。

「ううん。僕の方こそ、見苦しいところを見せちゃってごめんね。それより、本当に家まで送らなくて大丈夫? もうかなり暗いけど」

 そう言って私の心配をしてくれる彼の左腕には、包帯が巻かれている。
 今はシャツの下に隠れて見えないけれど、応急処置をしただけのそこは今も痛むはずだった。

 私は彼の申し出を丁重に断ると、改めて頭を下げた。

「あの、私……また、ここに来てもいいですか?」

 気まずさを感じながらも、おずおずと私が尋ねると、

「それはもちろん。来てくれると嬉しいよ」

 まるで当たり前のように、彼は笑って答えてくれた。

 私は下げていた頭をばっと勢いよく上げると、

「明日だけじゃなくて、明後日も、その次の日もです!」

 そう語気を強めて言うと、彼は少しだけびっくりしたような顔をした。

 明日も、明後日も。
 そばで見守っていたい、と思った。
 こんな場所に彼を一人残しておくのは、とても心配だった。

 穏やかで優しくて、魔法が使える彼はきっと、これからも自分の身の危険など顧みずに簡単に魔法を使ってしまう。

 放っておけば彼はこのまま、いつか死んでしまうような気がする。
 この暗い森の奥で、ひとりで。

「お店の邪魔はしません。だから……だめ、ですか?」

 彼のために、私に何ができるのかはわからない。
 むしろ昨日や今日みたいに、迷惑ばかりかけてしまうかもしれない。

 けれど彼は、ほんの少しだけ間を置いた後、

「いいや。大歓迎だよ」

 と、囁くような声で了承してくれた。

 私はそれが嬉しくて、思わず泣きそうになりながら笑った。

「それじゃあ、今日から君は常連さんだ。これからもよろしくね。……ええと」

 そこで彼は言葉に詰まった。

 その様子を見て私は、

「私、霧江絵馬きりええまっていいます」

 と、改めて自己紹介した。

 思えばまだお互いの名前すら知らなかったのだ。

 
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