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第1章
名前
しおりを挟む少し遅くなってしまったけれど、それでもやっと自分のことを知ってもらえる機会が得られたような気がして、私はちょっぴり嬉しくなる。
と、そんな私の顔を見下ろしながら彼は、
「『えま』……?」
わずかに目を丸くして、不思議そうに私の名を口にした。
「どうかしましたか?」
彼の反応に、私も首を傾げる。
「……いや、なんでもない。けど、なんとなく……懐かしい響きだなと思って」
「え?」
懐かしい響き。
って、どういう意味だろう?
「いや、ごめん。本当に何でもないんだ。絵馬ちゃんか。可愛い名前だね」
まるで息をするように「可愛い」と言われて、私は耳が熱くなるのを感じた。
こんなのは社交辞令だとわかっているのに、身体が勝手に反応してしまう。
これでは自意識過剰だ。
慌てて火照った顔を隠しながら、
「そ、それで、あなたの名前は?」
そう促すと、彼は落ち着いた声のまま、いつもの優しい笑みを浮かべて言った。
「僕は、瀬良まもり。改めて、これからよろしくね。絵馬ちゃん」
〇
(まもりさん、か……)
帰り道を一人歩きながら、胸の内でその名を何度も復唱する。
見た目と同じく、中性的で綺麗な名前だな、と思った。
『まもり』という響きは、まるで女の子のようだ。
けれど、私の意識はその名前よりも、むしろ『瀬良』という名字の方に関心がいっていた。
(瀬良、か)
どちらかといえば珍しい名字。
この町内でも被るとすれば一軒か二軒くらいだろう。
単なる偶然か。
その名字は、私の幼馴染――いのりちゃんと同じものだった。
(たまたま同じだけ、だよね?)
いのりちゃんのことは小学校の頃から知っているし、今までに何度も家へお邪魔させてもらっている。
けれど彼女に兄がいるという話は一度も聞いたことがない。
(もしかして、従兄妹とか?)
兄妹でないのなら、親戚という可能性もある。
(また明日、まもりさんに聞いてみようかな)
もしかしたら、いのりちゃんと仲直りするきっかけになるかもしれない――なんて淡い期待が胸を過る。
けれどその一方で。
(?)
何か、胸がざわざわとする。
(……何だろう?)
いのりちゃんと、まもりさん。
その二人を並べて考えたとき、何か胸騒ぎがするのを、私は心のどこかで感じていたのだった。
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