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第3章
忘れてしまった人
しおりを挟む彼は一度何かを言おうとして、けれど、すぐにまた口を閉じてしまった。
そうして何かを思案するように、静かに目を伏せる。
どうやら慎重に言葉を選んでいるらしい。
「こんなことになるなんて、俺だって予想してなかったんだ」
震える拳を握りしめながら、呟くように言う。
そのまま彼は私の隣へ座り直すと、斜め下を向いたまま、いつになく力のない声で言った。
「まもりは今まで、何度も人の記憶を消してきた。けど、本当に身近な人間の記憶――それこそ俺みたいな親戚や家族の記憶だけは、今まで一度だって消したことがなかったんだ。なのに……」
彼はそこで一度切ると、さらに声のトーンを落として、か細い声で続けた。
「……今から二ヶ月くらい前のことだ。あのときだけは、まもりは俺に何の相談もなく、自分の判断だけで、身近な人間の記憶を消したんだ。俺のことだけはかろうじて覚えていたが、他の奴のことは……家族の記憶すら失くしちまった。そしてそのときのことを、あいつはきっと後悔している」
二か月前。
というと、私がまだあの店の存在を知らなかったときのことだ。
「後悔している……って、記憶を消してしまったことを、ですか?」
「たぶん……。まあ、細かいところまではわかんねーけどな。何せ魔法を使った当人の記憶があやふやになっちまってるんだから」
言いながら、流星さんはがしがしと頭をかいた。
「ただ、これだけはわかる。あいつが今回失くしちまった記憶の中に、あいつが一番大切にしていた人間の記憶が含まれていたんだよ」
まもりさんにとって、一番大切な人の記憶。
「それって、もしかして」
脳裏で、まもりさんの声が蘇る。
――僕は、人を待っているからね。
間違いない、と思った。
「まもりさんがずっと待っている人って、その人のことなんですか?」
「たぶんな」
その返答に、私は胸が苦しくなった。
まもりさんが待っていたのは、まもりさんにとってとても大事な人。
だけれど、その人のことをまもりさんは忘れてしまっている。
「会いたいって感覚だけが残ってるんだろう。魔法の代償で、一体どれだけの人間の記憶を失ったかは知らねえが」
言いながら、流星さんは瞳だけを動かして、私の顔を睨むように見る。
「俺は、あいつが待っているのは、お前のことじゃないかと思ってる」
「……私?」
耳を疑った。
何かの冗談かと思った。
あの暗い森の奥で、まもりさんがずっと待っている相手。
それが、私?
「まもりさんが、私を? ……って、そんなわけないじゃないですか。だって私、まもりさんと出会ってからまだ一か月も――」
経っていない、と言いかけて、私はハッとした。
(まさか)
さっき流星さんが言っていた。
まもりさんは、今まで何度も人の記憶を消している。
それが本当なら、今は私が忘れているだけで、
(私とまもりさんは、以前にも会ったことがある……?)
そんな私の心中を察したのか、流星さんは私の顔を見ながら、こくりと頷いた。
「お前は忘れているだろうけどな。俺たちは前にもこうして会ったことがある。いや、会うどころか、一緒に何度も遊んだりしてたんだ。俺と、まもりと、お前と、そして……いのりも一緒に」
「いのりちゃん、も?」
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