あばらやカフェの魔法使い

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第3章

いま、自分にできること

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 翌朝。

 高校までの道のりをとぼとぼと歩きながら、昨夜の病院でのことを思い出す。

 ――あいつが待っているのは、お前のことじゃないかと思ってる。

 あのときの流星さんの言葉が、頭から離れなかった。

 まもりさんがずっと待っている相手。
 それが私かもしれないと彼は言う。

 確かに可能性のことだけで言えば、そう考えられなくもない。
 まもりさんが記憶を失う直前まで、私たちは知り合い同士だったのだから。

 でも。

(本当に、私なのかな……)

 私には、とてもそうだとは思えなかった。

 まもりさんが忘れてしまったのは、何も私のことだけじゃない。
 彼は私のような友人だけでなく、自分の家族のことまでも忘れてしまったのだ。

 もしも、絶対に忘れたくない記憶が彼の中で一つだけあるとしたら、それは私のような友人のことではなく、もっと近しい存在である家族の方なのではないだろうか。

 そう考えると、まもりさんがずっと待っているのは、

(私じゃなくて……いのりちゃん?)

 彼が待っているのは、実の妹であるいのりちゃんのことなのかもしれない。

 流星さんの話では、まもりさんたちの家はもともと父子家庭で、仕事で家を空けることが多い父親に代わって、いつもまもりさんがいのりちゃんの面倒を見ていたという。

 大切な妹の心を守るために、魔法で記憶を消したまもりさん。
 けれど本当は、彼女のことを忘れたくなんてなかったはずだ。

 まもりさんはあの暗い森の中でずっと、家族の迎えを待っているのかもしれない。

(なら、いま私にできることは?)

 まもりさんの魔法によって、私は過去の記憶を失ってしまった。
 けれど、たとえ何も思い出せなくても、今は彼らの事情を知っている。

 流星さんから与えられた情報を頼りに、何か、私にできることはないだろうか。

 そのとき、ふと、どこからか視線を感じた。

 気配をたどって顔を上げると、道の先に、一人の女の子が立っているのに気がついた。

 私と同じ高校の制服をまとった、小柄な女子生徒。
 長い髪をポニーテールにして、ほんのりと吊り上がった大きな目をこちらに向けている。

「……いのりちゃん」

 彼女だった。
 私とずっとケンカをしたままの、私の大切な幼馴染。

 互いの目が合った瞬間、彼女は慌てて視線を逸らしたかと思うと、私から逃げるようにしてきびすを返した。

「ま、待って。いのりちゃん!」

 私はすかさずその背中を追った。
 そうして後ろ手に彼女の腕を捕まえ、半ば無理やり、身体ごとこちらへ振り向かせる。

「いのりちゃん。どうして私のことを避けるの?」

 いま、聞かなければと思った。
 確かめなければならないと思った。

 彼女が私を避けている理由。
 それはもしかすると、消えてしまった記憶に何か関係しているんじゃないか――と、そんな予感がした。

 私たちがケンカをしたのは、記憶が消えた後のことだった。
 そして、そのときのいのりちゃんはどう見ても様子がおかしかった。
 まるで何かに怯えるような、強迫観念にとらわれたときのような感じが、彼女の言動から滲み出ていたのだ。

「いのりちゃん。何か怒ってるの? 私のせいで嫌な思いをしたのなら謝るよ。ごめん。本当にごめん……。でも、訳を聞かせて。どうして私のこと、そんな風に避けるの?」

 思いの丈をぶつけるようにして、私は一息で言った。
 そうしないと、彼女の心がまたすぐに遠くまで行ってしまいそうな気がしたから。

 いのりちゃんは気まずそうに目を泳がせた後、恐る恐る私の顔を見上げた。

 至近距離から、互いの視線がぶつかる。
 こんなにも近くで彼女の顔を見たのは久しぶりだった。

 けれど視線を合わせたまま、彼女はなかなか口を開こうとはしない。

「何か、怒ってるんだよね? あの日……車に轢かれそうになったとき、私がいのりちゃんの腕を掴んで引っ張ったから」

 あの日。

 通学路の途中で、いのりちゃんは車に轢かれそうになった。
 そのとき私は、彼女の腕を強引に引っ張った。
 彼女の身体を安全な場所へ避難させようとして。

「いきなり引っ張ったから、怖がらせちゃった? それとも痛かった? 嫌な思いをしたのなら、正直に言って。私はいのりちゃんに、ちゃんと謝りたいの」

 許してほしいなんて思わない。

 ただ、彼女に謝りたかった。

 彼女がなぜ怒っているのか、その訳を聞いて、そのことに対してちゃんと謝りたかった。

 けれど彼女は、

「……やっぱり絵馬ちゃんは、何もわかってない」

「え?」

 
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