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第4章
記憶の扉
しおりを挟む鍵は開いていた。
扉は軋んだ音を立てながらゆっくりと開き、その奥にある薄暗い部屋へと私を誘う。
思った通り、中は荒れていた。
汚れた床や壁は黒ずみ、天井に取り付けられた照明器具はすべて割れている。
広々とした部屋の奥には、なぜかテーブルとイスがいくつも並べられていた。
まるで飲食店のような内装だった。
綺麗に掃除をすれば、お洒落なカフェに様変わりしないこともない。
私はしばらくのあいだ部屋の中を見回していた。
この空間で、何か思い出せることはないか――と期待したのだけれど。
一通り視線を巡らせたところで、やはりそう簡単にヒントは得られそうにない、と悟った。
どことなく懐かしい感じはするものの、やはり私は何も思い出すことができなかった。
理由のわからない焦燥感だけが、私の心を責め立てる。
何か、大事なことを忘れている。
思い出さなければいけない何かを。
(私は……)
部屋の中央に立ち尽くしながら、私は自分の胸に手を当てて、祈りを捧げるようにして頭を垂れた。
(思い出さなきゃいけない。何かのために……誰かのために)
このままではいけない。
どうか思い出して――と、爪を食い込ませる勢いで両手を握りしめたとき。
ふと、どこからか光が差したのに気づいて、私は再び目を開けた。
見ると、ガラス張りになっている窓の方から、ほんのりと夕日の色が漏れ始めていた。
(夕焼け……)
どうやら日没が近いらしい。
すかさずスマホで時刻を確認してみると、いつのまにか十八時を過ぎていた。
肝試しの開始時間まで、あまり時間がない。
もう少しこの場所を詮索したい気持ちもあるけれど、このまま肝試しの準備をほっぽり出すわけにもいかない。
内心後ろ髪を引かれながらも、そろそろ戻らなければ――と、踵を返したそのとき。
何かが、聞こえた。
「……?」
泣き声だった。
小さな子どもが、どこかで泣いている。
(女の子の声?)
その声に誘われるようにして、私は建物の外に出た。
すると、辺りはいつのまにか真っ暗になっていた。
(あれっ?)
ついさっきまでは、空は夕焼け色に染まっていたはず。
それが今は、日没後のように闇夜に包まれている。
そしていつのまにか、雨も降っている。
不思議に思って、私はもう一度スマホを取り出して時刻を確認した。
そして、目を疑った。
「!」
二十時三十五分――と、画面にはそう表示されていた。
「え……?」
つい先ほど確認したときは、確か十八時過ぎだったはず。
それがこの一瞬の間に、二時間以上が経過している。
どうして――と頭の中が混乱したとき、私はさらに驚くべきことに気がついた。
スマホのカレンダーに表示されている日付が、変わっていた。
それも一日や二日程度のことではない。
西暦の数字が、違う。
そこに表示されていたのは、なんと今から九年も前の日付だった。
「…………」
私は今度こそ絶句した。
スマホの磁気が狂ってしまったのだろうか?
いや、それにしても。
辺りはすでに暗くなっていて、まるでスマホの時刻通りになっているのだ。
これが何を意味するのか、私は胸の早鐘を聞きながら考える。
まるで現実的ではない想像が、混乱する私の思考を支配する。
(まさか、九年前の世界に迷い込んじゃったとか? ……なんて、そんなわけ……)
夢でも見ているのだろうか。
けれど、試しに頬をつねってみると、普通に痛い。
辺りは静かだった。
さっきまで一緒にいた、いのりちゃんの姿はどこにもない。
あれだけ晴れていた空も、今は雨模様となっている。
周囲の様相が、あきらかに別のものへと変わっている。
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