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第4章
失くしたもの
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そして迎えた当日。
肝試しの準備は正午を過ぎた頃から始まった。
照明と道標の設置。
それから周辺のゴミ拾いなど。
昼間でも薄暗いその森は、夜になると一層闇に包まれる。
暗闇の中で子どもが転倒してしまわないよう、道の整備にはできる限り気を配る必要があった。
と、邪魔になりそうな石などをどける作業をしていたとき、
「……あれ?」
あるものが目に入って、私は一度手を止めた。
目の前には、ボロボロの洋館がそびえていた。
そしてその足元には小さな立て看板が添えられている。
(あんな看板、前からあったっけ?)
不思議に思って、私はそこへ近づいた。
この洋館は、森の中にいくつも存在する廃屋の中でも、一際不気味な雰囲気を放っている。
老朽化した壁一面には、伸び放題となった植物が絡み付いている。
通称・お化け屋敷。
誰もが怖れるその出で立ちは、肝試しの場に相応しい。
そんなおどろおどろしい洋館の足元に、ぽつんと立てられた見慣れない看板。
見たところ、それはまだ比較的新しいもののようだった。
『CLOSED』――と、黒板になっているその表面には、それだけ書いてある。
(何がクローズド……?)
まるで、何かのお店のようだった。
けれど、こんな場所にお店があるなんて今まで聞いたことがないし、たとえ聞いたとしても信じられない。
こんな鬱蒼とした森の中で、誰かがお店を開いているなんて。
「絵馬ちゃん、どうしたの?」
背後から、いのりちゃんの声が聞こえた。
私は看板の方を指差しながら、彼女の方を振り返った。
「ここ、お店とかあったっけ?」
「お店?」
いのりちゃんは不思議そうな顔をして、私の隣までやってきた。
「『閉店』……? って、何これ。こんなの前からあったっけ?」
彼女もまた、私と同じような反応をする。
けれどそれほど興味は湧かなかったようで、「誰かのイタズラじゃないの?」と言うと、再び作業へと戻っていった。
私は一人その場に残されて、ぼんやりと看板を見つめていた。
なんだか違和感がある。
また、あの感覚だった。
何かを思い出しそうになって、でも、何も思い出せない。
もやもやとした感情だけが、胸の内で渦を巻く。
(なんだっけ……)
私はわずかに視線を動かして、今度は洋館の正面を見た。
入り口の扉は、今にも崩れ落ちそうなほどボロボロになりながらも、しっかりとその空間を閉ざす役割を担っていた。
まるで、何か大切なものを隠しているかのように。
「…………」
「絵馬ちゃん?」
私がその扉に釘付けになっていると、後ろからいのちゃんの心配そうな声が届いた。
「どうしたの、絵馬ちゃん。何かあった?」
「私……」
あの看板に、かすかに見覚えがあるような気がした。
そして、あの扉も。
(私、あの扉を……開けたことがあるような気がする)
そんなはずはないと思いつつも、私はその予感めいたものを否定することができなかった。
靄のかかる曖昧な記憶の底で、確かな光が見え始める。
あともう少しで、私は何かを思い出せそうな気がする。
あの扉の向こうに、私の知らない何かがあるような気がする。
「絵馬ちゃんっ?」
背後からいのりちゃんの驚くような声が聞こえたけれど、私は、ほとんど無意識のうちに動き出した自分の身体を止めることができなかった。
今にも崩れ落ちてしまいそうなそのボロボロの扉に、私は思わず手をかけていた。
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