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第4章
いつかの風景
しおりを挟む予感めいたものはいよいよ確信に変わり、私は頭を抱えた。
そんなことがあるずはないと思いながらも、心のどこかで否定していない自分がいる。
(まさか、本当に……)
いま私が見ているこの景色は、九年前のものなのだろうか。
(いや、でも……)
未だ納得はいかなかった。
仮にもし、これが本当に九年前の景色だったとしたら、その証拠として、当時の私がどこかにいるはずだ。
九年前の夏。二十時三十五分。
そのとき私は、何をしていた?
九年前といえば、私はまだ小学一年生だったはずだ。
そうだ。
その年の夏、私は初めて、この森で肝試しに参加したのだ。
そしてその途中で、ペアを組んでいたいのりちゃんとはぐれてしまった。
暗い森の中で、ひとりぼっちになって。
そこへ追い討ちをかけるように雨が降ってきて。
怖い、寂しい。
誰か助けて――と、心の中で叫びながら泣いていた。
そのときの自分の泣き声が、いま、どこからか聞こえる女の子の声に重なる。
私はふと我に返って、改めてその声の出所を探した。
辺りはほとんど闇に包まれている。
けれど部分的に、淡いオレンジの光がぽつりぽつりと灯されている。
肝試しの照明だった。
参加した子どもたちが誤って転倒しないように、足元を照らすための光。
そんなささやかな光のそばで、小さな女の子が一人、そこにうずくまっていた。
その姿に、私はハッとした。
(あれは……――私?)
顔は両手に覆われて見えないけれど、間違いなかった。
見覚えのある服装に身を包んだその子どもは、九年前の私だった。
あの日、この洋館の前で、私は足がすくんで動けなくなってしまったのだ。
そして、そんな私に優しく手を差し伸べてくれたのは。
中学生くらいの、一人の男の子だった。
「……大丈夫?」
私の視線の先で――九年前の私の方へ一人の男の子が手を差し伸べた。
その懐かしい姿に、私は目を見開く。
線の細い、中性的な顔立ちをした男の子だった。
まるで女の子のように綺麗な子。
彼は手にした傘を小さな私の方に差し出して、にこりと笑いかけてくれる。
(そうだ、私は……――)
九年前の自分自身を見つめながら、私は思い出していた。
あの人は、肝試しの準備をする側として手伝いに来てくれた人だ。
参加者に何かがあったときに、助けに来てくれる人。
「泣かないで。もう大丈夫だから。一緒にいのりの所まで行こう」
彼はそう言って、小さな私を立ち上がらせるようにして腕を引っ張った。
彼の手に引かれて、私は再び立ち上がる。
そうだ。
あのときの安堵感といったら、なかった。
まるで神様が私を助けに来てくれたかのようだった。
それまで顔を真っ赤にして泣いていた私は、少しずつ落ち着きを取り戻していく。
けれど、そんな私たちのもとへ突然、
「……うーらーめーしーやあぁ……」
「!」
まるでゾンビの呻き声のようなものが、背後から届いた。
途端、私は全身を凍りつかせて、その場にしゃがみ込んで耳を塞いだ。
「やだやだ! こわい! こわいよおっ……!」
再び泣き出した私の隣で、男の子は呆れたような声を出した。
「ちょっと流星。今はやめてあげなよ。また泣いちゃったじゃないか」
「けっ。これくらいで泣くなんてビビりすぎなんだよ」
うずくまった私の頭上で、新しい声が聞こえた。
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