44 / 50
第4章
夏の日の思い出
しおりを挟むその声の主は、さっきの呻き声の人のものだった。
そのことに私はすぐに気づいたけれど、あまりの恐怖に涙が止まらなくなって、なかなか顔を上げることができなかった。
「ほんと、毎年この洋館の前でチビどもが泣くんだよなあ」
呻き声の人は、そう不機嫌な声で言った。
「確かにそうだね。この洋館、そんなに怖いのかな?」
優しげな声は不思議そうに返す。
そのやり取りを聞く限り、どうやらこの二人はお互いに知り合いのようだった。
彼らの会話を耳にしながら、幼い私は少しずつ心を落ち着かせていった。
涙でぐしゃぐしゃになってしまった顔を、手の甲で乱暴に拭う。
そうして再び顔を上げようとした、ちょうどそのとき。
「って、おい。やめろ、まもりっ……!」
それまで不機嫌そうだった声が突如、焦りの色を見せた。
一体どうしたのだろう、と不思議に思って私が目を開けると、
「……ふわぁ……」
その目に飛び込んできた光景に、思わず溜め息が漏れた。
暗い森の中で、一際不気味な雰囲気を放っていた古い洋館。
それがいつのまにか、色とりどりの明るい電飾に包まれていた。
まるでクリスマスのイルミネーションのようだった。
明るい光に包まれたそこは、ともすればどこか遠い国の、幻想的なカフェのようにも見える。
その楽しげな雰囲気に、私は目を輝かせていた。
「おまっ……。こんなことで簡単に魔法を使ってんじゃねーよ!」
その声に気づいて私が隣を見ると、それまで声だけでしか認識できなかった男の子の姿が目に入った。
さっきの中性的な男の子よりも、少しだけ背の高い、やはり中学生くらいの男の子。
髪の色は明るく、唇にピアスを付けている。
なんだか変わった格好の子だな――と考えていると。
その子の隣で優しげな笑みを浮かべていた男の子は、急に胸の辺りを押さえて苦しみ始めたのだった。
「? おにいちゃん、どうしたの?」
私は心配になって、その子に問いかけた。
前のめりになって胸を押さえるその姿は、とてもつらそうだった。
何か、堪え難い激痛に耐えている――そんな仕草だった。
「ど、どうしよう。えっと、こういうときは、えっと……」
私はぐるぐると頭を働かせた後、男の子の胸にそっと手を当てて、
「痛いの痛いの、とんでけーっ!」
自分の母親がそうしていたように、呪文を唱えてみせた。
子ども騙しのおまじない。
ピアスを付けた男の子は「そんなんで治るわけねーだろ!」と怒っていたけれど、
「……あれ?」
それまで胸を押さえていた男の子は、ふっと顔を上げて、ゆっくりと身体を起こした。
「……痛みが、おさまった」
「はあッ!? ……まじでっ?」
ピアスの男の子は納得がいかないようだったけれど、優しい男の子は静かにこちらを見下ろして、
「君は、一体……」
不思議そうな目で、私のことを見つめていたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
人生最後のときめきは貴方だった
中道舞夜
ライト文芸
初めての慣れない育児に奮闘する七海。しかし、夫・春樹から掛けられるのは「母親なんだから」「母親なのに」という心無い言葉。次第に追い詰められていくが、それでも「私は母親だから」と鼓舞する。
自分が母の役目を果たせれば幸せな家庭を築けるかもしれないと微かな希望を持っていたが、ある日、夫に県外へ異動の辞令。七海と子どもの意見を聞かずに単身赴任を選び旅立つ夫。
大好きな子どもたちのために「母」として生きることを決めた七海だが、ある男性の出会いが人生を大きく揺るがしていく。
没落貴族か修道女、どちらか選べというのなら
藤田菜
キャラ文芸
愛する息子のテオが連れてきた婚約者は、私の苛立つことばかりする。あの娘の何から何まで気に入らない。けれど夫もテオもあの娘に騙されて、まるで私が悪者扱い──何もかも全て、あの娘が悪いのに。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる