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「ああ、後百年もしない内に、我の命は尽きるだろう」
「なんでっ……何でそんなに弱るまで、食べなかったの……」
今直ぐでは無い事に安堵しながらも、紬の胸はズキズキと痛んだ。
「……汚いものは口に入れたくない。精気が糧になる事は知っていたが……汚らわしい行為の上に成り立つものと思うと吐き気がした……今までは」
「だからって、死にそうになるまで食べないなんてっ」
彼はとんでも無く拘りが強くて頑固者で…………生真面目で、高潔なのだと、紬は思った。
「別に食べないから弱った訳では無いぞ。我は長く生きたからな……ただの寿命だ」
「…………ごめん……無理矢理食べさせちゃった上に、貴重な最後の時間を人間なんかと……」
酒のせいか、深夜のおかしなテンションのせいか、自暴自棄になっていたのか、悪魔のような美貌と色気に酔っていたのか、或いはその全てかもしれないが、とにかくあの時の紬が平静では無かった事は確かだ。
誰でも良いから、ずっと側に居てくれる人が欲しくなった。彼の声を聞いて復讐心が芽生える事は無かったが、無性に寂しくなってしまったのだ。
その場の思い付きと勢いで、老い先短いらしい彼を縛ろうとしている事を、紬は恥じ、そして悔いた。
そんな紬の様子を見たルイは、彼女の湯呑を取りローテーブルに置くと、腕を引き向き合わせる。
「……別に。お前と過ごそうが一人で過ごそうが、大した差は無い。それに、お前の魂は、最後の晩餐に相応しい」
「美味しそうって事?」
「そうだ。我好みの、濁りの無い、とても美しい色をしている」
ルイの口調も表情も真面目で甘い空気などは無いが、じっと見詰めながら言われると、紬の心はくらくらと揺らいだ。胸の鼓動が速いのは気のせいでは無いだろう。
「……ねぇ、もしかして、励ましてくれてる?」
紬の問には答えず、ルイは彼女の腕を掴んでいた手をパッと離し、唐突に別の話題を振って来た。
「それで、夫婦として添い遂げると言うのは、具体的に何をすれば良い?」
「えっ? えーと……一緒にご飯食べて、一緒寝て、朝おはようって言って……後は……んー……私も結婚初めてだから、よく分かんないかも……」
夫婦とは一体何をするものなのか、改めて問われると答えに窮する。大体、食べる物が違う。食事など、一緒に摂れる訳が無い。
「なんと計画性の無い……では、お前の言っていた愛すると言うのは? どうすれば愛せる?」
ますます難しい問だ。
「……よく覚えてるね。まともに聞こえてないかと思ってたのに」
「お前達人間ごときの耳や頭と同じにしてもらっては困る。我を何だと思っている」
「私の愛する旦那様……」
するりと出て来た言葉に、紬自身驚いた。出会ったばかりの、人ですら無い男だ。同じ想いが返ってくる事など、きっと無いだろうに。そう思うと、紬の胸は重石が乗ったように重くなった。
「……なんと、お前は既に我を愛していると言うのかっ! くっ、人間に先を越されるとは……っ」
ズレた事を言うルイに、今度はふわっと胸が軽くなる。
「はははっ、ルイ面白い!」
「なんだとっ?!」
「じゃあさ、まずは私の事名前で呼んでみてよ。私の名前、まさか覚えてない訳じゃないでしょ?」
紬は、態と自尊心を刺激する言い方をする。短い付き合いだが、彼は分かり易くプライドが高い。こう言う言い方をすれば、きっと乗ってくれるだろう。
「当たり前だ! ……つ、紬!」
「……ふふ、じゃあ、耳元で『愛してる』って言ってみて?」
調子に乗った紬が言うと、ルイは心底嫌そうな顔をしながら彼女を引き寄せ抱き締めて来た。表情に反して、力加減は、まるで慈しまれていると錯覚しそうな程優しい。
状況に着いて行けず固まっていると、彼は紬の耳に息がかかる程唇を近付け、低い声で囁いた。
「…………紬、愛してる」
「なんでっ……何でそんなに弱るまで、食べなかったの……」
今直ぐでは無い事に安堵しながらも、紬の胸はズキズキと痛んだ。
「……汚いものは口に入れたくない。精気が糧になる事は知っていたが……汚らわしい行為の上に成り立つものと思うと吐き気がした……今までは」
「だからって、死にそうになるまで食べないなんてっ」
彼はとんでも無く拘りが強くて頑固者で…………生真面目で、高潔なのだと、紬は思った。
「別に食べないから弱った訳では無いぞ。我は長く生きたからな……ただの寿命だ」
「…………ごめん……無理矢理食べさせちゃった上に、貴重な最後の時間を人間なんかと……」
酒のせいか、深夜のおかしなテンションのせいか、自暴自棄になっていたのか、悪魔のような美貌と色気に酔っていたのか、或いはその全てかもしれないが、とにかくあの時の紬が平静では無かった事は確かだ。
誰でも良いから、ずっと側に居てくれる人が欲しくなった。彼の声を聞いて復讐心が芽生える事は無かったが、無性に寂しくなってしまったのだ。
その場の思い付きと勢いで、老い先短いらしい彼を縛ろうとしている事を、紬は恥じ、そして悔いた。
そんな紬の様子を見たルイは、彼女の湯呑を取りローテーブルに置くと、腕を引き向き合わせる。
「……別に。お前と過ごそうが一人で過ごそうが、大した差は無い。それに、お前の魂は、最後の晩餐に相応しい」
「美味しそうって事?」
「そうだ。我好みの、濁りの無い、とても美しい色をしている」
ルイの口調も表情も真面目で甘い空気などは無いが、じっと見詰めながら言われると、紬の心はくらくらと揺らいだ。胸の鼓動が速いのは気のせいでは無いだろう。
「……ねぇ、もしかして、励ましてくれてる?」
紬の問には答えず、ルイは彼女の腕を掴んでいた手をパッと離し、唐突に別の話題を振って来た。
「それで、夫婦として添い遂げると言うのは、具体的に何をすれば良い?」
「えっ? えーと……一緒にご飯食べて、一緒寝て、朝おはようって言って……後は……んー……私も結婚初めてだから、よく分かんないかも……」
夫婦とは一体何をするものなのか、改めて問われると答えに窮する。大体、食べる物が違う。食事など、一緒に摂れる訳が無い。
「なんと計画性の無い……では、お前の言っていた愛すると言うのは? どうすれば愛せる?」
ますます難しい問だ。
「……よく覚えてるね。まともに聞こえてないかと思ってたのに」
「お前達人間ごときの耳や頭と同じにしてもらっては困る。我を何だと思っている」
「私の愛する旦那様……」
するりと出て来た言葉に、紬自身驚いた。出会ったばかりの、人ですら無い男だ。同じ想いが返ってくる事など、きっと無いだろうに。そう思うと、紬の胸は重石が乗ったように重くなった。
「……なんと、お前は既に我を愛していると言うのかっ! くっ、人間に先を越されるとは……っ」
ズレた事を言うルイに、今度はふわっと胸が軽くなる。
「はははっ、ルイ面白い!」
「なんだとっ?!」
「じゃあさ、まずは私の事名前で呼んでみてよ。私の名前、まさか覚えてない訳じゃないでしょ?」
紬は、態と自尊心を刺激する言い方をする。短い付き合いだが、彼は分かり易くプライドが高い。こう言う言い方をすれば、きっと乗ってくれるだろう。
「当たり前だ! ……つ、紬!」
「……ふふ、じゃあ、耳元で『愛してる』って言ってみて?」
調子に乗った紬が言うと、ルイは心底嫌そうな顔をしながら彼女を引き寄せ抱き締めて来た。表情に反して、力加減は、まるで慈しまれていると錯覚しそうな程優しい。
状況に着いて行けず固まっていると、彼は紬の耳に息がかかる程唇を近付け、低い声で囁いた。
「…………紬、愛してる」
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