悪魔を惑わす喪女の甘言

南野うり

文字の大きさ
9 / 20

9

しおりを挟む
「へ?」
「ルイと言ったっ!……ここ500年程、勝手に呼ばれている名だ」
「何だ、あるんじゃん名前」

 扱い易い人外だな、と思いつつ、名前が無いなら付けてあげようと考えていたつむぎは残念そうに口を尖らせた。

「勝手に呼ぶ者が居るだけだ。我は認めていない。だが、どうしても呼び名が必要と言うのであれば、呼ぶ事を許してやらんでもない」
「いや気に入ってんじゃん。ツンデレか」

 思わずツッコんだ紬を無視し、ルイと呼ばれたいらしい人外は立ち上がる。その瞬間、彼の角は掻き消え、一瞬にして洋服を身にまとった。
 一瞬で姿を変えた事にも勿論驚いたが、ずっと裸同然だった彼が、白のTシャツ、黒字に同色で縦縞の入ったジャケット、黒いデニムのパンツに茶色の革靴と言う人間らしい格好も出来る事に驚いたのだ。その姿がまた、とても様になっている。

「行くぞ、人間」
「紬だけど。どこに?」

 突然の事に呆然とし、まじまじと彼の全身を眺めながら紬が尋ねると、予想外な答えが返って来た。

「役所だ。婚姻するのだろう?」

 紬の思考が停止した。まさか悪魔的な者から『役所』などと言う言葉が出て来るとは思わなかった。

「え、え? それって、婚姻届出す……って事?」
「? 人間と言うのは紙切れで届けを出さねば夫婦と認められんのでは無かったか?」

 戸惑う紬に対し、ルイは何を当たり前の事言っているのだと言わんばかりの顔をしている。

「あぁ、まあ、そうだけど……そこまでしてくれるとは思わず……」
「そう言う契約だ」
「真面目かっ」

 思わずツッコんだ。
 だが、悪魔や淫魔と呼ばれる者が童貞だったり、人間を馬鹿にする割には自分を襲った人間との口約束を律儀に守ったり、更には婚姻届まで出そうとは、こんなに間抜けで生真面目な人外もよく居たものだと、紬は感心を通り越して少々心配になってしまう。チョロ過ぎるのだ。
 こんなだから、自分のような人間に良いようにされてしまうのだと。

「分かった。でも外に出るなら着替えるから、ちょっと待ってっ」

 クローゼットから秋らしい濃紅色のニットにベージュのロングスカートを引っ張り出した紬は、仕事を辞めてからは置き物と化していたメイクボックスを手に取り脱衣所へ駆け込んだ。
 ルイの気が変わらない内にと、高速でコンタクトを入れ、着替えと化粧を済ませる。

「……お、お待たせ。さ、行こっか」
「………………」

 身支度を終えて出て来た紬に視線を向けたまま、ルイが固まったように動かない。

「……どうかした?」
「いや……行こう」

 不審に思った紬が声を掛けると、彼はふいっと目を逸らし、玄関の方向へと身をひるがえした。



 晴れて夫婦になり帰宅した二人は、ベッドの上に座り、紬の淹れた焙じ茶を啜りながら寛いでいた。
 彼は水分以外は特に栄養には成らないが、人間の食べ物や飲み物も口に出来るらしい。ベッドに座っているのは、単に他に座る場所が無いからである。

「戸籍はどうするのかと思ったけど、反則技だね……」
「仕方が無い。我は人間では無いのだからな」

 人では無いルイには当然ながら戸籍は無い。ルイは仮の姿で人間としての偽の戸籍を作り、人を惑わす力で本物として認めさせ、婚姻届を受理させる事に成功したのである。
 戸籍自体はこれまでも何度か作った事があるそうで、過去には人間の会社で働いてみた事もあるらしい。
 反則技ではあるが、そもそも人外のルイを裁く法は無いのだから、犯罪と呼べるかどうかは疑問である。

「それにしても、あの時代弁したと思っていたお前の考えが、見当違いだったとはな……確かに読み取った筈なんだが……」
「お腹空きすぎて判断力鈍ってたんじゃない? 一体どれくらい食べてなかったの?」
「七十年くらいだ」

 紬は飲んでいたお茶を危うく吹き出すところだった。

「な、七十年?!」
「大した期間ではない。それしきで倒れるとは、やはり消滅の時が近いからだろうな」

 彼の最後の台詞に、紬は息を呑む。紬の湯呑を持つ手が、小刻みに震え出す。

「…………あんた、死んじゃうの?」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

お義父さん、好き。

うみ
恋愛
お義父さんの子を孕みたい……。義理の父を好きになって、愛してしまった。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...