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「へ?」
「ルイと言ったっ!……ここ500年程、勝手に呼ばれている名だ」
「何だ、あるんじゃん名前」
扱い易い人外だな、と思いつつ、名前が無いなら付けてあげようと考えていた紬は残念そうに口を尖らせた。
「勝手に呼ぶ者が居るだけだ。我は認めていない。だが、どうしても呼び名が必要と言うのであれば、呼ぶ事を許してやらんでもない」
「いや気に入ってんじゃん。ツンデレか」
思わずツッコんだ紬を無視し、ルイと呼ばれたいらしい人外は立ち上がる。その瞬間、彼の角は掻き消え、一瞬にして洋服を身に纏った。
一瞬で姿を変えた事にも勿論驚いたが、ずっと裸同然だった彼が、白のTシャツ、黒字に同色で縦縞の入ったジャケット、黒いデニムのパンツに茶色の革靴と言う人間らしい格好も出来る事に驚いたのだ。その姿がまた、とても様になっている。
「行くぞ、人間」
「紬だけど。どこに?」
突然の事に呆然とし、まじまじと彼の全身を眺めながら紬が尋ねると、予想外な答えが返って来た。
「役所だ。婚姻するのだろう?」
紬の思考が停止した。まさか悪魔的な者から『役所』などと言う言葉が出て来るとは思わなかった。
「え、え? それって、婚姻届出す……って事?」
「? 人間と言うのは紙切れで届けを出さねば夫婦と認められんのでは無かったか?」
戸惑う紬に対し、ルイは何を当たり前の事言っているのだと言わんばかりの顔をしている。
「あぁ、まあ、そうだけど……そこまでしてくれるとは思わず……」
「そう言う契約だ」
「真面目かっ」
思わずツッコんだ。
だが、悪魔や淫魔と呼ばれる者が童貞だったり、人間を馬鹿にする割には自分を襲った人間との口約束を律儀に守ったり、更には婚姻届まで出そうとは、こんなに間抜けで生真面目な人外もよく居たものだと、紬は感心を通り越して少々心配になってしまう。チョロ過ぎるのだ。
こんなだから、自分のような人間に良いようにされてしまうのだと。
「分かった。でも外に出るなら着替えるから、ちょっと待ってっ」
クローゼットから秋らしい濃紅色のニットにベージュのロングスカートを引っ張り出した紬は、仕事を辞めてからは置き物と化していたメイクボックスを手に取り脱衣所へ駆け込んだ。
ルイの気が変わらない内にと、高速でコンタクトを入れ、着替えと化粧を済ませる。
「……お、お待たせ。さ、行こっか」
「………………」
身支度を終えて出て来た紬に視線を向けたまま、ルイが固まったように動かない。
「……どうかした?」
「いや……行こう」
不審に思った紬が声を掛けると、彼はふいっと目を逸らし、玄関の方向へと身を翻した。
晴れて夫婦になり帰宅した二人は、ベッドの上に座り、紬の淹れた焙じ茶を啜りながら寛いでいた。
彼は水分以外は特に栄養には成らないが、人間の食べ物や飲み物も口に出来るらしい。ベッドに座っているのは、単に他に座る場所が無いからである。
「戸籍はどうするのかと思ったけど、反則技だね……」
「仕方が無い。我は人間では無いのだからな」
人では無いルイには当然ながら戸籍は無い。ルイは仮の姿で人間としての偽の戸籍を作り、人を惑わす力で本物として認めさせ、婚姻届を受理させる事に成功したのである。
戸籍自体はこれまでも何度か作った事があるそうで、過去には人間の会社で働いてみた事もあるらしい。
反則技ではあるが、そもそも人外のルイを裁く法は無いのだから、犯罪と呼べるかどうかは疑問である。
「それにしても、あの時代弁したと思っていたお前の考えが、見当違いだったとはな……確かに読み取った筈なんだが……」
「お腹空きすぎて判断力鈍ってたんじゃない? 一体どれくらい食べてなかったの?」
「七十年くらいだ」
紬は飲んでいたお茶を危うく吹き出すところだった。
「な、七十年?!」
「大した期間ではない。それしきで倒れるとは、やはり消滅の時が近いからだろうな」
彼の最後の台詞に、紬は息を呑む。紬の湯呑を持つ手が、小刻みに震え出す。
「…………あんた、死んじゃうの?」
「ルイと言ったっ!……ここ500年程、勝手に呼ばれている名だ」
「何だ、あるんじゃん名前」
扱い易い人外だな、と思いつつ、名前が無いなら付けてあげようと考えていた紬は残念そうに口を尖らせた。
「勝手に呼ぶ者が居るだけだ。我は認めていない。だが、どうしても呼び名が必要と言うのであれば、呼ぶ事を許してやらんでもない」
「いや気に入ってんじゃん。ツンデレか」
思わずツッコんだ紬を無視し、ルイと呼ばれたいらしい人外は立ち上がる。その瞬間、彼の角は掻き消え、一瞬にして洋服を身に纏った。
一瞬で姿を変えた事にも勿論驚いたが、ずっと裸同然だった彼が、白のTシャツ、黒字に同色で縦縞の入ったジャケット、黒いデニムのパンツに茶色の革靴と言う人間らしい格好も出来る事に驚いたのだ。その姿がまた、とても様になっている。
「行くぞ、人間」
「紬だけど。どこに?」
突然の事に呆然とし、まじまじと彼の全身を眺めながら紬が尋ねると、予想外な答えが返って来た。
「役所だ。婚姻するのだろう?」
紬の思考が停止した。まさか悪魔的な者から『役所』などと言う言葉が出て来るとは思わなかった。
「え、え? それって、婚姻届出す……って事?」
「? 人間と言うのは紙切れで届けを出さねば夫婦と認められんのでは無かったか?」
戸惑う紬に対し、ルイは何を当たり前の事言っているのだと言わんばかりの顔をしている。
「あぁ、まあ、そうだけど……そこまでしてくれるとは思わず……」
「そう言う契約だ」
「真面目かっ」
思わずツッコんだ。
だが、悪魔や淫魔と呼ばれる者が童貞だったり、人間を馬鹿にする割には自分を襲った人間との口約束を律儀に守ったり、更には婚姻届まで出そうとは、こんなに間抜けで生真面目な人外もよく居たものだと、紬は感心を通り越して少々心配になってしまう。チョロ過ぎるのだ。
こんなだから、自分のような人間に良いようにされてしまうのだと。
「分かった。でも外に出るなら着替えるから、ちょっと待ってっ」
クローゼットから秋らしい濃紅色のニットにベージュのロングスカートを引っ張り出した紬は、仕事を辞めてからは置き物と化していたメイクボックスを手に取り脱衣所へ駆け込んだ。
ルイの気が変わらない内にと、高速でコンタクトを入れ、着替えと化粧を済ませる。
「……お、お待たせ。さ、行こっか」
「………………」
身支度を終えて出て来た紬に視線を向けたまま、ルイが固まったように動かない。
「……どうかした?」
「いや……行こう」
不審に思った紬が声を掛けると、彼はふいっと目を逸らし、玄関の方向へと身を翻した。
晴れて夫婦になり帰宅した二人は、ベッドの上に座り、紬の淹れた焙じ茶を啜りながら寛いでいた。
彼は水分以外は特に栄養には成らないが、人間の食べ物や飲み物も口に出来るらしい。ベッドに座っているのは、単に他に座る場所が無いからである。
「戸籍はどうするのかと思ったけど、反則技だね……」
「仕方が無い。我は人間では無いのだからな」
人では無いルイには当然ながら戸籍は無い。ルイは仮の姿で人間としての偽の戸籍を作り、人を惑わす力で本物として認めさせ、婚姻届を受理させる事に成功したのである。
戸籍自体はこれまでも何度か作った事があるそうで、過去には人間の会社で働いてみた事もあるらしい。
反則技ではあるが、そもそも人外のルイを裁く法は無いのだから、犯罪と呼べるかどうかは疑問である。
「それにしても、あの時代弁したと思っていたお前の考えが、見当違いだったとはな……確かに読み取った筈なんだが……」
「お腹空きすぎて判断力鈍ってたんじゃない? 一体どれくらい食べてなかったの?」
「七十年くらいだ」
紬は飲んでいたお茶を危うく吹き出すところだった。
「な、七十年?!」
「大した期間ではない。それしきで倒れるとは、やはり消滅の時が近いからだろうな」
彼の最後の台詞に、紬は息を呑む。紬の湯呑を持つ手が、小刻みに震え出す。
「…………あんた、死んじゃうの?」
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