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果てた後また気を失った男は、そのまま深い眠りへと昏々と沈んで行った。
滅多に使わない来客用の布団に寝かす為に引き摺っても、躓いてコップの水を顔に溢しても起きる事は無かった。
もう目を覚まさないのではないかと紬がいよいよ恐ろしくなって来た三日目の晩、とうとう起き上がった男に彼女は飛びついた。風呂上がりでタオル一枚な事も忘れる程に嬉しかったのだ。
「っうあ?! な、なんだお前は、ここは……我は一体……?」
「良かった……!! もう起きないかと……っ」
「…………っ???」
あられもない姿の女に抱き着かれ胸の中で泣かれてしまった人外の男は、頭上に幾つもの疑問符が飛び交っている。
「身体は大丈夫? お腹空いてない? この間は具合悪そうなのに無理させて……本当にごめんなさい!!」
「身体……? 腹……ぐあい…………はっ!! お、お前、我を、我の身体を……っ」
男は慌てて彼女の肩を掴んで引き剥がす。紬にされた事を思い出したのか、彼はカアァァッ!と音が出そうな程急激に顔を朱に染め上げた。
そんな彼を見て冷静さを取り戻した紬は、にっこり笑う。
「良かった、元気そう。それはそれとして、願いを叶える約束、覚えてる?」
「やく、そく……?」
「あれ、忘れちゃった?! 忘れたら無効なのかなぁ……?」
「…………覚えて、いる…………」
今しがた赤くなった顔を今度は真っ青にした彼が、愕然と呟く。
「ほんとっ? 良かったあ! じゃあこれから六十年、よろしくね。旦那様?」
「だ、旦那……我が人間風情の……そんな馬鹿な……だが既に報酬は受け取り、承諾してしまっ…………ああ……何と言う事だ…………」
たった今男の胸でしおらしく泣いていたとは思えない程、紬は強かな笑みを浮かべて見せた。
そんな彼女とは対照的に、男の方は両手と両膝を床につきガックリと分かり易く項垂れている。相当な屈辱のようだ。
「所で悪魔さん、貴方お名前は? 私は紬。清瀬 紬」
「……悪魔だと? 我を低俗な人間が考えた生き物と同じだと言うつもりか」
身体を起こした男は、キッと鋭く彼女を睨み付ける。
「全く人間と言う生き物は、国やら時代やらが少し違うだけで悪魔だ淫魔だと訳の分からぬ言葉で我らを括ろうとする。この虫けら共めが」
つまり人間からすると悪魔や淫魔であるらしい。
「ああー……ごめんごめん、取り敢えず呼び名が無いと不便だったからさ。で、名前は?」
「フンッ、名前などくだらん文化を持つ生き物は人間くらいだ」
あからさまに見下し鼻で笑う人外に、紬は態とらしく憐憫の眼差しを向けた。
「あー……無いんだ、名前……」
『可哀想に……』と続きそうな紬の言葉に、釣り上がった眉をぴくりと動かした男は、少しの間を置いて吐き捨てるように言う。
「……っ……ルイ」
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