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木製の扉を叩き、明るく呼びかける。
「カールさーん! 薬屋のティーナですー!!」
「おお、ティーナ! いらっしゃい」
扉が開き出て来たカールは、口髭を生やした六十代くらいの男性だ。
「こんにちは! はい、新しいの持って来たよ! 調子はどう?」
少し耳が遠いカールのため、大きめの声でハッキリ喋る。
「ああ、いつも悪いな! お前さんの薬のおかげで、毎晩元気いっぱいだぞ!」
「あっはは! それは何よりだけど、そっちの調子じゃなくてさ。副作用なんかはないかな? と思って」
質問の意図とは違う返答に、ティーナは笑う。カールの斜めな台詞も、明るく豪快な人柄のせいか厭らしくは聞こえない。
「いいや全然だ、むしろ調子が良いくらいだよ!」
「なら良かった! あ、いつも言うけど、お酒と一緒には飲まないように。それと、くれぐれも間違って若い男の人に飲ませないようにね?」
ティーナはカールの言葉にホッとしつつ、薬を取り扱う上での注意事項を伝える。これは毎回言わなければいけない決まりなのだ。
「分かっとるよ。若い男に使うと媚薬みたいな効果が出て気をやるまでヤッちまうんだろ?」
カールは同じ薬を定期的に購入しているお得意様だ。もう覚えてしまっている。ティーナは安心して笑顔を見せた。
「そうそう、気をつけてね!」
「分かった分かった! はいよ、今回のお代だ」
「まいど! またなんかあったら連絡ちょうだい? じゃね!」
ティーナは、カールの家を後にして店に戻る。店の扉の前に着き、門をくぐった時だ。後ろから声をかけられた。
「よう姐さん、久しぶりだなぁ? 探したぜ」
「…………あんた誰??」
男の低い声に振り返る。ティーナは、男前だな、とは思ったが、相手の顔に見覚えがない。
「覚えて、ねえだとっ……こんのクソ女あま……」
男が額に青筋を立て、プルプルと震えだす。
「あんたのせいでオレぁ看守の仕事クビになったんだぞ?!」
彼の言った“看守”という単語から、ティーナの記憶が呼び起こされる。
半年ほど前、病気の母の元へ向かう途中、何かの犯人に間違われて牢屋に入れられてしまった時の記憶だ。幸いにして、母の病気は完治はしていないものの、最近は小康状態である。
「…………あ」
「思い出したか!!」
ティーナは男の顔を見上げ、まじまじと眺める。僅かに青みを帯びた、薄い灰色の冷たそうな目とは正反対の、燃えるような赤毛を襟足だけ少し伸ばして束ねている。少々荒っぽい印象を受けるが、キリリした精悍な顔立ちだ。
あの時の看守は、こんな顔をしていただろうか。髪はもっと短かった気がするし、看守の制服の印象が強く顔をよく思い出せない。それに、あの看守はこんなに粗野な話し方をする男ではなかったはずだ。
だが、男の白銅色の瞳には、確かに見覚えがあった。
「本当にあの時の看守さん? 全然イメージが違うんだけど……」
「仕事中だったからな。やっっと決まった仕事だったんだぞ?」
忌々しそうに男が言う。
「どうしてくれんだ? あ? 責任、取れよな?」
ティーナの顔の横に男の手が添えられる。気がつけば彼女は、玄関の扉の前まで追い詰められていたのだ。
「せ、責任なんてどうしたら……わ、悪かったとは思うけど、冤罪だし、こっちにも、のっぴきならない事情があったんだってば……」
男前に迫られ、ティーナはしどろもどろに返す。脅されている恐怖より、何故か気恥ずかしさが勝ってしまったらしい彼女の頬が、ポポッと色付く。
そんなティーナをじっと見詰める元看守は、怒りを引っ込め何か思案する。
「あんたが無実なのは知ってるよ。あの後すぐ真犯人の女が捕まったからな。…………よし、あんたオレを雇え」
「え゛?!」
ティーナは仰天した。男は、良い事を思いついたと言わんばかりにニヤリと笑っている。
「薬屋なんだろ? ここで働かせろ。オレは若いし覚えはいいぜ?」
「……え、えぇぇ……あなた、いくつなの?」
さっきまでの恨みや怒りの空気はどこへやら、機嫌良く笑う男に、ティーナは戸惑う。笑うと八重歯が見えて、可愛くなるのだなと彼女は思った。
「決まりだな、オレはセヴェリ。二十歳だ。終身雇用で、末永くよろしくな?」
妙に甘い声で意味深な言い方をする。それに二十歳といえば、ティーナより五つも年下だ。
「え?! んんっ……」
聞き返そうとするティーナに顔を寄せ、セヴェリは彼女の唇を塞いだ。
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