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忘れえぬ故郷への帰還
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メルキオールは巻いたカーテンの隙間から抜け出ると、立ち上がって部屋の中を歩きだす。
「狭い所って落ち着くんですよね。あ、こっちです。着いてきてください」
「は、はい」
早苗も立ち上がり、メルキオールの後を追う。彼は隣の部屋へ行くと、壁際に立ててある大きめなイーゼルの横の壁に手をかける。すると一瞬にして、壁に長方形の穴がポッカリと空いた。早苗の口も、ポッカリと開いている。
「これ、どういう原理なんですか……?」
「原理? 難しいことを聞きますね。僕の魔力に反応して開いてるだけですが、細かい仕組みまでは分かりません……考えた事がないです」
確かに言われてみれば、早苗もテレビやエアコンなど、何となくどういう物か分かってはいても、細かな仕組みや原理は分からない。つまり、そういう事なのだろう。
「さ、行きましょう」
手招きして入るように促すメルキオールに続き恐る恐る入ると、そこは人一人通れるくらいの狭い通路が左側に伸びていた。振り返ると出入り口は消え、そこには壁しかない。
早苗はメルキオールの淡い金髪を眺めながら、後を大人しくついて行く。その髪色に既視感を覚え、胸が締めつけられた。
通路の中は、人が近づくと天井の明かりが灯り遠ざかると消える仕組みのようで、歩く二人の周囲だけが明るく照らされている。アムータスやその周辺の国では見られなかった技術だ。元の世界のセンサーと同じ原理なのかは分からないが、ここにはそれに近い技術がある事は確かだろう。
この世界はアルのいる世界だと思い込んでいた早苗だが、だんだん自信がなくなってくる。
「あのー……」
尋ねてみようかと思った早苗だが、何をどう聞けばいいのか分からない事に気がつく。
彼女はアムータス以外の地名を知らないのだ。アルのいる世界に名前があるのかも分からない。ここはどこですか?と聞いたところで、地名や国名を言われてもきっと分からないだろう。
「はい? 何か聞きたい事でも?」
階段を上っていたメルキオールが立ち止まって振り返る。明るい照明に照らされた彼の瞳は、淡い水色をしていた。
「いやあ、ここはどこだろう? って思ったんですけど、地名を聞いても分からないだろうなって思って」
「ふむ……国の名前なら、デインヴァースですよ。バラスティア大陸の東に位置するそれなりの大国だと思いますが。知りませんか?」
やはり、国名も大陸名も早苗に覚えはなく、アルのいる世界と同じかそうでないかを判断する事はできそうにない。彼女は首を横に振った。
「やっぱり分からないです。私、アルって人を探してて。その人はアムータスっていう普通の方法では行けない街に住んでて……聞いたことないですか?」
「アムータス……普通の方法では行けない場所……噂では聞いたことがあります。あと、アルってよくある名前の略称ですよね? たとえばアランとかアレンとか、アルバート、アルフレッド、アルフォンス……その方はなんて名前ですか?」
メルキオールは話しながら、また前を向いて歩きだす。アムータスに覚えがあると言われた事にはホッとしたが、早苗は別の意味で言葉に詰まり俯く。アルは追われる身だった事を思い出したのだ。略称でも名前を出した事を後悔した。本名など言える訳がない。
「ごめんなさい。事情があって、言えないです」
「なるほど。でも普通の方法では行けない街は、どこにあるのか分かりませんし、他の手がかりが“アル”という略称だけでは、探し出すのは少し難しいかもしれませんね」
メルキオールの意見はもっともだ。だが、アルの事をバラす訳にはいかない。早苗は、とにかくここから何とか脱出し、自力でがむしゃらに探すしかないと覚悟を決めた。
何としてでも見つけ出して捕まえて、もう一度ちゃんと自分の気持ちを伝えて、今度こそ絶対に逃さない。彼女はそう心に固く誓い、顔を上げる。
「大丈夫です。きっと探し出します。だから、その、ここから逃してもらえませんか?!」
「あ、着きました。僕の部屋です」
いつの間にか早苗は、通路ではなく部屋の中にいた。少なくとも早苗の実家の一階部分全部と同じくらいはありそうな広さの部屋だが、置いてある家具は大人が四人くらい余裕で寝られそうな天蓋つきのベッドとランプが一つだけ。
大きなベッドに大きな窓と、天井にはきらびやかなシャンデリアがぶら下がってはいるが、それ以外は絨毯さえ敷いていない。それぞれは上質な素材なのだろうが、見た目にはとても王様の部屋だとは思えなかった。部屋の温度と同じく、冷めきった印象の簡素な部屋だ。
「サナエさんのお話は分かりました。ですが、僕も貴女にお聞きしたい事があるんです。食事を用意しますから、食べながら少しお話させていただけませんか?」
食事と聞いて、早苗は思わずゴクリと喉を鳴らす。胃袋が反応し、またぎゅるぎゅると音を立てた。なるべく早く出発したかったが、空腹には逆らえない。
「お、お食事をいただいてる間だけならっ」
「ふふ、はい。分かりました」
メルキオールは可笑しそうにクスクスと笑った。
「何か食べたいものの希望はありますか?」
「いえ、なんでも! ここ数日まともに食べてなくて。昨日は一食食べましたけど。とにかくお腹空いてるので」
「数日……そうですか……確かに顔の色が悪いですね。分かりました。では、サナエさんはここで少し待っていてください」
そう言うと、メルキオールは部屋を出て行く。彼の出て行った後、試しにドアを開けようとしてみたが、鍵がかかっているのかビクともしない。
もしも騙されて閉じ込められたのだとしたら、命運はここで尽きたかもしれない。だが、早苗の目にはメルキオールが嘘をついているようには見えなかった。彼を信じて待とう。そう思い、早苗は何もない床に正座をして、真っ直ぐにドアを見つめた。
「サナエさん、これ回復薬です。体力を回復できるので、良ければどうぞ。食事は今頼んできたので、もう少し待ってくださいね。お料理が来るまで、僕はあちらの部屋にいますから。あ、お暇でしたら本でもどうぞ。これ、僕のお気に入りの小説なんです」
「あ、はいっ、ありがとうございます!」
ほんの数分でアッサリと戻ってきたメルキオールは、そう言って早苗に薬瓶と本を渡し、また出ていく。どうやら部屋の向こうには、また別の部屋があるらしい。
早苗は特に疑いもなく渡された薬を飲んでみる。それはほんのり甘く、薄荷のような清涼感のある味だった。試しに渡された本を開いてみたが、字の読めない早苗には当然ながら、さっぱり読めない。
読めない本のページを捲りながら暫くぼんやり過ごしていると、隣から微かに音が聞こえてきた。早苗はドアに近づき、耳をくっつける。
聞こえてきたのは話し声だった。一人はメルキオールの声、もう一人は誰か別の男の声だ。
「陛下、本当にこの量を召し上がるのですか?」
「ええ、僕、とってもお腹が空いてるんです。悪いんだけど、今日は部屋の外にいてくれません? 昨日は色々と疲れたので。たまには一人でゆっくり食べたいんです」
「分かりました。ドアの前に控えておりますので、御用の際はお呼びください」
知らない男の台詞を最後に、声が聞こえなくなった。話が終わったのだろうか。早苗がそう思い耳を離した時、額と鼻に強い衝撃が走る。
「ふぐっっ!?!?」
次いで激痛を感じ、両手で顔を押さえてしゃがみ込んだ。痛みに耐える早苗の目からは、涙が勝手に溢れて流れ出る。
「もしかして今、ドア当たりました? 大丈夫ですか?」
「ら、らいじょぶれす……」
驚くメルキオールに、早苗は涙目で笑ってみせた。
「気がつかなくて、すみません……」
「いえ、王様のせいじゃありませんよっ」
「メルでいいですよ。腫れるかもしれませんし、お水があるので冷やしましょう」
メルキオールは、未使用の布巾を冷たい水で濡らし、早苗に手渡す。
「はい、ありがとうございます」
ありがたく受け取った早苗は、布巾を自分の額に当てた。濡れた冷たい感触に、体がぶるりと震える。
「寒いですか? 気がつかなくてすみません。今空調を入れます。さあ、お料理が冷めないうちに食べましょうか。こちらの部屋にお持ちしますね」
穏やかな笑顔で気遣いを見せるメルキオールは、早苗の想像する王様のイメージとは違い、親しみやすい。早苗は感心しながら後ろ姿を見送る。
「お待たせしました。この部屋には椅子がないので立食になりますが、どうぞ召し上がってください」
メルキオールの声と共に、どこか懐かしい、いい匂いが漂ってきた。彼が料理の乗ったワゴンを押して戻ってきたのだ。ワゴンの料理には、卵や魚の他、米によく似たものや、白く柔らかそうな豆腐に見える食材もあり、早苗は心躍る。
「わあ! これ、お米ですか? あと、もしかしてこれって、お豆腐?」
「多分聞こえないとは思いますが、廊下に文官がいるので少し控えめの声でお願いしますね。サナエさんはお米とお豆腐をご存知なんですね。嬉しいです」
優しくたしなめられ、早苗は小さくなる。
「ごめんなさいっ。そうなんです、故郷でよく食べてました」
「そうですか。お口に合うといいのですが」
料理の一つをスプーンで掬って口に運んだメルキオールに続き、早苗も豆腐料理を食べてみた。さっぱりとした薄い塩味で喉通りがよく、早苗の弱った胃にも優しそうだ。
米は粥のように見えたが、洋風のスープで煮込んであり、こちらも野菜の甘みが利いた優しい味わいだった。
「メルさん、とっても美味しいです!」
早苗が小声で感想を言うと、メルキオールが嬉しそうに笑う。
「それは良かったです。そういえば、体調はいかがですか? そろそろ薬が効いてくる頃だと思いますが」
「あっ、そういえば体が軽いです!」
いつの間にか薬が効いたようだ。和やかに会話しながら食事を進めデザートに差しかかったところで、メルキオールは神妙な面持ちで口を開く。
「サナエさん、聞きたい事なんですが、いいでしょうか?」
「はい、なんでしょうか?」
「ありがとうございます。実は、サナエさんの言っていた、占いの得意なミリウス様を探しています」
メルキオールの言葉に、早苗は食べ物を口に運ぶ手を止めキョトンとした顔になる。
「なぜ、ミリウスさんを?」
「……はい、ミリウス様の占いで、僕の兄の行方を探していただきたいのです」
「お兄、さん……」
「狭い所って落ち着くんですよね。あ、こっちです。着いてきてください」
「は、はい」
早苗も立ち上がり、メルキオールの後を追う。彼は隣の部屋へ行くと、壁際に立ててある大きめなイーゼルの横の壁に手をかける。すると一瞬にして、壁に長方形の穴がポッカリと空いた。早苗の口も、ポッカリと開いている。
「これ、どういう原理なんですか……?」
「原理? 難しいことを聞きますね。僕の魔力に反応して開いてるだけですが、細かい仕組みまでは分かりません……考えた事がないです」
確かに言われてみれば、早苗もテレビやエアコンなど、何となくどういう物か分かってはいても、細かな仕組みや原理は分からない。つまり、そういう事なのだろう。
「さ、行きましょう」
手招きして入るように促すメルキオールに続き恐る恐る入ると、そこは人一人通れるくらいの狭い通路が左側に伸びていた。振り返ると出入り口は消え、そこには壁しかない。
早苗はメルキオールの淡い金髪を眺めながら、後を大人しくついて行く。その髪色に既視感を覚え、胸が締めつけられた。
通路の中は、人が近づくと天井の明かりが灯り遠ざかると消える仕組みのようで、歩く二人の周囲だけが明るく照らされている。アムータスやその周辺の国では見られなかった技術だ。元の世界のセンサーと同じ原理なのかは分からないが、ここにはそれに近い技術がある事は確かだろう。
この世界はアルのいる世界だと思い込んでいた早苗だが、だんだん自信がなくなってくる。
「あのー……」
尋ねてみようかと思った早苗だが、何をどう聞けばいいのか分からない事に気がつく。
彼女はアムータス以外の地名を知らないのだ。アルのいる世界に名前があるのかも分からない。ここはどこですか?と聞いたところで、地名や国名を言われてもきっと分からないだろう。
「はい? 何か聞きたい事でも?」
階段を上っていたメルキオールが立ち止まって振り返る。明るい照明に照らされた彼の瞳は、淡い水色をしていた。
「いやあ、ここはどこだろう? って思ったんですけど、地名を聞いても分からないだろうなって思って」
「ふむ……国の名前なら、デインヴァースですよ。バラスティア大陸の東に位置するそれなりの大国だと思いますが。知りませんか?」
やはり、国名も大陸名も早苗に覚えはなく、アルのいる世界と同じかそうでないかを判断する事はできそうにない。彼女は首を横に振った。
「やっぱり分からないです。私、アルって人を探してて。その人はアムータスっていう普通の方法では行けない街に住んでて……聞いたことないですか?」
「アムータス……普通の方法では行けない場所……噂では聞いたことがあります。あと、アルってよくある名前の略称ですよね? たとえばアランとかアレンとか、アルバート、アルフレッド、アルフォンス……その方はなんて名前ですか?」
メルキオールは話しながら、また前を向いて歩きだす。アムータスに覚えがあると言われた事にはホッとしたが、早苗は別の意味で言葉に詰まり俯く。アルは追われる身だった事を思い出したのだ。略称でも名前を出した事を後悔した。本名など言える訳がない。
「ごめんなさい。事情があって、言えないです」
「なるほど。でも普通の方法では行けない街は、どこにあるのか分かりませんし、他の手がかりが“アル”という略称だけでは、探し出すのは少し難しいかもしれませんね」
メルキオールの意見はもっともだ。だが、アルの事をバラす訳にはいかない。早苗は、とにかくここから何とか脱出し、自力でがむしゃらに探すしかないと覚悟を決めた。
何としてでも見つけ出して捕まえて、もう一度ちゃんと自分の気持ちを伝えて、今度こそ絶対に逃さない。彼女はそう心に固く誓い、顔を上げる。
「大丈夫です。きっと探し出します。だから、その、ここから逃してもらえませんか?!」
「あ、着きました。僕の部屋です」
いつの間にか早苗は、通路ではなく部屋の中にいた。少なくとも早苗の実家の一階部分全部と同じくらいはありそうな広さの部屋だが、置いてある家具は大人が四人くらい余裕で寝られそうな天蓋つきのベッドとランプが一つだけ。
大きなベッドに大きな窓と、天井にはきらびやかなシャンデリアがぶら下がってはいるが、それ以外は絨毯さえ敷いていない。それぞれは上質な素材なのだろうが、見た目にはとても王様の部屋だとは思えなかった。部屋の温度と同じく、冷めきった印象の簡素な部屋だ。
「サナエさんのお話は分かりました。ですが、僕も貴女にお聞きしたい事があるんです。食事を用意しますから、食べながら少しお話させていただけませんか?」
食事と聞いて、早苗は思わずゴクリと喉を鳴らす。胃袋が反応し、またぎゅるぎゅると音を立てた。なるべく早く出発したかったが、空腹には逆らえない。
「お、お食事をいただいてる間だけならっ」
「ふふ、はい。分かりました」
メルキオールは可笑しそうにクスクスと笑った。
「何か食べたいものの希望はありますか?」
「いえ、なんでも! ここ数日まともに食べてなくて。昨日は一食食べましたけど。とにかくお腹空いてるので」
「数日……そうですか……確かに顔の色が悪いですね。分かりました。では、サナエさんはここで少し待っていてください」
そう言うと、メルキオールは部屋を出て行く。彼の出て行った後、試しにドアを開けようとしてみたが、鍵がかかっているのかビクともしない。
もしも騙されて閉じ込められたのだとしたら、命運はここで尽きたかもしれない。だが、早苗の目にはメルキオールが嘘をついているようには見えなかった。彼を信じて待とう。そう思い、早苗は何もない床に正座をして、真っ直ぐにドアを見つめた。
「サナエさん、これ回復薬です。体力を回復できるので、良ければどうぞ。食事は今頼んできたので、もう少し待ってくださいね。お料理が来るまで、僕はあちらの部屋にいますから。あ、お暇でしたら本でもどうぞ。これ、僕のお気に入りの小説なんです」
「あ、はいっ、ありがとうございます!」
ほんの数分でアッサリと戻ってきたメルキオールは、そう言って早苗に薬瓶と本を渡し、また出ていく。どうやら部屋の向こうには、また別の部屋があるらしい。
早苗は特に疑いもなく渡された薬を飲んでみる。それはほんのり甘く、薄荷のような清涼感のある味だった。試しに渡された本を開いてみたが、字の読めない早苗には当然ながら、さっぱり読めない。
読めない本のページを捲りながら暫くぼんやり過ごしていると、隣から微かに音が聞こえてきた。早苗はドアに近づき、耳をくっつける。
聞こえてきたのは話し声だった。一人はメルキオールの声、もう一人は誰か別の男の声だ。
「陛下、本当にこの量を召し上がるのですか?」
「ええ、僕、とってもお腹が空いてるんです。悪いんだけど、今日は部屋の外にいてくれません? 昨日は色々と疲れたので。たまには一人でゆっくり食べたいんです」
「分かりました。ドアの前に控えておりますので、御用の際はお呼びください」
知らない男の台詞を最後に、声が聞こえなくなった。話が終わったのだろうか。早苗がそう思い耳を離した時、額と鼻に強い衝撃が走る。
「ふぐっっ!?!?」
次いで激痛を感じ、両手で顔を押さえてしゃがみ込んだ。痛みに耐える早苗の目からは、涙が勝手に溢れて流れ出る。
「もしかして今、ドア当たりました? 大丈夫ですか?」
「ら、らいじょぶれす……」
驚くメルキオールに、早苗は涙目で笑ってみせた。
「気がつかなくて、すみません……」
「いえ、王様のせいじゃありませんよっ」
「メルでいいですよ。腫れるかもしれませんし、お水があるので冷やしましょう」
メルキオールは、未使用の布巾を冷たい水で濡らし、早苗に手渡す。
「はい、ありがとうございます」
ありがたく受け取った早苗は、布巾を自分の額に当てた。濡れた冷たい感触に、体がぶるりと震える。
「寒いですか? 気がつかなくてすみません。今空調を入れます。さあ、お料理が冷めないうちに食べましょうか。こちらの部屋にお持ちしますね」
穏やかな笑顔で気遣いを見せるメルキオールは、早苗の想像する王様のイメージとは違い、親しみやすい。早苗は感心しながら後ろ姿を見送る。
「お待たせしました。この部屋には椅子がないので立食になりますが、どうぞ召し上がってください」
メルキオールの声と共に、どこか懐かしい、いい匂いが漂ってきた。彼が料理の乗ったワゴンを押して戻ってきたのだ。ワゴンの料理には、卵や魚の他、米によく似たものや、白く柔らかそうな豆腐に見える食材もあり、早苗は心躍る。
「わあ! これ、お米ですか? あと、もしかしてこれって、お豆腐?」
「多分聞こえないとは思いますが、廊下に文官がいるので少し控えめの声でお願いしますね。サナエさんはお米とお豆腐をご存知なんですね。嬉しいです」
優しくたしなめられ、早苗は小さくなる。
「ごめんなさいっ。そうなんです、故郷でよく食べてました」
「そうですか。お口に合うといいのですが」
料理の一つをスプーンで掬って口に運んだメルキオールに続き、早苗も豆腐料理を食べてみた。さっぱりとした薄い塩味で喉通りがよく、早苗の弱った胃にも優しそうだ。
米は粥のように見えたが、洋風のスープで煮込んであり、こちらも野菜の甘みが利いた優しい味わいだった。
「メルさん、とっても美味しいです!」
早苗が小声で感想を言うと、メルキオールが嬉しそうに笑う。
「それは良かったです。そういえば、体調はいかがですか? そろそろ薬が効いてくる頃だと思いますが」
「あっ、そういえば体が軽いです!」
いつの間にか薬が効いたようだ。和やかに会話しながら食事を進めデザートに差しかかったところで、メルキオールは神妙な面持ちで口を開く。
「サナエさん、聞きたい事なんですが、いいでしょうか?」
「はい、なんでしょうか?」
「ありがとうございます。実は、サナエさんの言っていた、占いの得意なミリウス様を探しています」
メルキオールの言葉に、早苗は食べ物を口に運ぶ手を止めキョトンとした顔になる。
「なぜ、ミリウスさんを?」
「……はい、ミリウス様の占いで、僕の兄の行方を探していただきたいのです」
「お兄、さん……」
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