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唐突に聞かれ、ニコラウスは呆気に取られる。
「例えば名前とかさ、ニコラウスって本名じゃないよな?」
「あっ……」
『忘れてた!』と言わんばかりの顔をするニコラウスに、半目になったダミアンがにじり寄る。
「名前、なに?」
「えっ、あ、いや、そんな大した名前じゃ……」
「なに?」
「う…………に、ニコラ……」
ダミアンの圧に押され、彼女は本当の名を口にした。
そう、彼女の名は“ニコラ”だ。愛称も変わらずニッキーである。あまりに普通で、偽名ともよく似ていたため訂正するのを忘れていただけで、彼女に隠していたつもりはない。
「……ニコラ……ニコラ、ニコラ……」
「う、うん? なに?」
ダミアンはガシッとニコラの両肩を掴む。
「お、おっと!」
手に持った炭酸飲料の瓶を落としそうになり、ニコラは慌てて掴み直す。
ダミアンはニコラの手から瓶を取り床に置くと、彼女をぎゅーっと抱き締めた。
「ニコラ……! これ、オレだけが知ってんだよな?!」
「あ、うん、この国の人達の中では」
ダミアンは彼女を少し離し、ちゅ、とキスをする。
「ニコラの国、どこ?」
「……フェルミナータ」
「フェルミナータ共和国? タンデル帝国の裏側だな……なんでニコラは、男装してまでこの国の軍にいるんだ?」
ニコラは俯いた。その顔は曇っている。ダミアンはニコラの身体を、そっと抱き寄せた。
「……これしか、生きる道がなかったから……他には、どうしたらいいか……」
ぽつりぽつりと、彼女は自分の過去について語り始める。
ニコラは、ここタンデル帝国の真裏にあるフェルミナータ共和国で、町のパン屋を営む家庭の、五人兄妹の四女として生まれ育った。
不器用なニコラはパン作りを禁止されていたが、ある日店の厨房でこっそりパン作りの練習をしていた。その時、火の扱いを誤り髪が燃えてしまう。
短く縮れた髪を親に見られて怒られるのを恐れ、失敗による自信喪失も手伝いニコラは家を飛び出した。人気のない道端をとぼとぼ歩いていると、悲鳴が聞こえる。振り返ると数人の女の子達が後ろから走ってきていた。
それは一瞬だった。多分魔法の類なのだろう。大きな暗幕が被せられたと感じた次の瞬間には、ニコラは薄汚い部屋の中にいた。室内を見回すと、十代前半から半ばくらいの少女達が数十人。
「その子達も僕も、攫われたんだ」
「……っ」
ダミアンは顔をしかめ、唇を噛む。
「まさか、軍には……」
「……うん、売られてきたんだ」
人攫いは主に少女を狙ってはいたのだろうが、暗幕を使って雑に子供達を集めたようで、少年も数人混ざっていた。作業服を着て煤で汚れ、髪が縮れて短くなっていたニコラは、彼らと同じ少年に間違われたのだ。
「綺麗な顔してた子達は男娼にするって言ってた。僕とあと一人は軍に買い取ってもらおうって事になったみたい……」
「お前の他にも一緒に攫われた奴がここにいるのか?」
「……キースだよ」
ダミアンは鮮やかな緑の目を見開く。
「まあでも、キースは元々身寄りがないらしくて、この国の軍で安定した給金もらえて助かってるって言ってた」
「そうか……先の戦争が終わってから志願者が減って、軍も人手不足だって話だもんな……」
「うん、戦死者が多かったんだってね……」
苦虫を噛み潰したような顔のダミアンだが、頭をブルブル振り、ニコラに向き直る。彼女の両腕をするりと撫でて、そのまま手を握った。
「これで終わりか? 他にはない?」
「あーどうかな? あっ、歳かな? 今ほんとは十九じゃなくて二十三なんだ」
ヘラッと笑って言ったニコラだが、ダミアンはピシリと固まる。
「例えば名前とかさ、ニコラウスって本名じゃないよな?」
「あっ……」
『忘れてた!』と言わんばかりの顔をするニコラウスに、半目になったダミアンがにじり寄る。
「名前、なに?」
「えっ、あ、いや、そんな大した名前じゃ……」
「なに?」
「う…………に、ニコラ……」
ダミアンの圧に押され、彼女は本当の名を口にした。
そう、彼女の名は“ニコラ”だ。愛称も変わらずニッキーである。あまりに普通で、偽名ともよく似ていたため訂正するのを忘れていただけで、彼女に隠していたつもりはない。
「……ニコラ……ニコラ、ニコラ……」
「う、うん? なに?」
ダミアンはガシッとニコラの両肩を掴む。
「お、おっと!」
手に持った炭酸飲料の瓶を落としそうになり、ニコラは慌てて掴み直す。
ダミアンはニコラの手から瓶を取り床に置くと、彼女をぎゅーっと抱き締めた。
「ニコラ……! これ、オレだけが知ってんだよな?!」
「あ、うん、この国の人達の中では」
ダミアンは彼女を少し離し、ちゅ、とキスをする。
「ニコラの国、どこ?」
「……フェルミナータ」
「フェルミナータ共和国? タンデル帝国の裏側だな……なんでニコラは、男装してまでこの国の軍にいるんだ?」
ニコラは俯いた。その顔は曇っている。ダミアンはニコラの身体を、そっと抱き寄せた。
「……これしか、生きる道がなかったから……他には、どうしたらいいか……」
ぽつりぽつりと、彼女は自分の過去について語り始める。
ニコラは、ここタンデル帝国の真裏にあるフェルミナータ共和国で、町のパン屋を営む家庭の、五人兄妹の四女として生まれ育った。
不器用なニコラはパン作りを禁止されていたが、ある日店の厨房でこっそりパン作りの練習をしていた。その時、火の扱いを誤り髪が燃えてしまう。
短く縮れた髪を親に見られて怒られるのを恐れ、失敗による自信喪失も手伝いニコラは家を飛び出した。人気のない道端をとぼとぼ歩いていると、悲鳴が聞こえる。振り返ると数人の女の子達が後ろから走ってきていた。
それは一瞬だった。多分魔法の類なのだろう。大きな暗幕が被せられたと感じた次の瞬間には、ニコラは薄汚い部屋の中にいた。室内を見回すと、十代前半から半ばくらいの少女達が数十人。
「その子達も僕も、攫われたんだ」
「……っ」
ダミアンは顔をしかめ、唇を噛む。
「まさか、軍には……」
「……うん、売られてきたんだ」
人攫いは主に少女を狙ってはいたのだろうが、暗幕を使って雑に子供達を集めたようで、少年も数人混ざっていた。作業服を着て煤で汚れ、髪が縮れて短くなっていたニコラは、彼らと同じ少年に間違われたのだ。
「綺麗な顔してた子達は男娼にするって言ってた。僕とあと一人は軍に買い取ってもらおうって事になったみたい……」
「お前の他にも一緒に攫われた奴がここにいるのか?」
「……キースだよ」
ダミアンは鮮やかな緑の目を見開く。
「まあでも、キースは元々身寄りがないらしくて、この国の軍で安定した給金もらえて助かってるって言ってた」
「そうか……先の戦争が終わってから志願者が減って、軍も人手不足だって話だもんな……」
「うん、戦死者が多かったんだってね……」
苦虫を噛み潰したような顔のダミアンだが、頭をブルブル振り、ニコラに向き直る。彼女の両腕をするりと撫でて、そのまま手を握った。
「これで終わりか? 他にはない?」
「あーどうかな? あっ、歳かな? 今ほんとは十九じゃなくて二十三なんだ」
ヘラッと笑って言ったニコラだが、ダミアンはピシリと固まる。
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