突然ファーストキスを奪った先生からいきなり溺愛されているんですが

清見こうじ

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経済観念について認識の違いが大きいのは割りと問題点だと思います!

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 理事長が来るかもしれないと戦々恐々しながら(というほどではないけど)講習会に向けて準備をして。

 と言っても、茶碗や風炉のお手入れ、当日の配置の確認や役割分担くらいで、本来そこまで大袈裟なイベントじゃないし。

 どっちかと言うと、千野先生の方が緊張しているって感じる。

 確かに私にも次期部長として落ち着いてやらなくちゃ、っていう気負いはあるけど。


「別に試験ってわけじゃないし。もし理事長が来たら、『よろしければご一緒にいかがですか?』ってお誘いすればいいんでしょう?」

「そうなんだけど。まあ、理想としてはお師匠さん自らお点前を披露していただけるとありがたいな。でもそこまではなあ」

 講習会を控えた土曜日。

 リクはもはやデフォルトとなった高校生スタイルで、普通に私をデートに誘ってきた。

 たまにって言ってたのに、気が付いたら毎週デートしてる。
 ま、いいじゃない? 会いたいし。

「でも、理事長ってお忙しいんでしょ? ホントにいらっしゃるの?」

 バスに乗ってお出かけしようと思ったけど、今日は結構待ち時間がある。
 でも、屋根付きベンチつきのバス停だし、待つのは苦にならない。
 お客さんは他に誰もいないので、気楽におしゃべり出来るし。

「うーん、これは、内緒にしてほしいんだけどさ」
「うん?」
「理事長、実は甘党で。俺がポロっと、『イベントや講師を招いての講習会で使う和菓子は部員の伝手でかなり安く仕入れさせていただいています、正直申し訳ないくらい上物です』って言ったのを覚えていたみたいで。機会があればぜひお点前を見せてもらいたいな、って。社交辞令じゃなく、わりと本気っぽくて。だから」
「なんでそんな余計なことを……」
「新入生歓迎イベントの和菓子がものすごく美味しかったって噂になってさ。会計は大丈夫なのかって訊かれたんだよ。弁護のつもりだったんだよ」

 まあ、それじゃ仕方ないか。

 一応、明日のお稽古でそれとなくお師匠さまに伝えておこう。

 というか、それでついでに和菓子にお相伴預かろうって、理事長って、食い意地が張ってる。

「まるでリクみたい」
「は? 俺はちゃんと自分で買ってるじゃないか?!」
「そうだね。毎度ありがとうございます。今日も沢山」
「あ、うん。錦玉、楽しみ」

 5月後半の季節の上生菓子のひとつ、若鮎の錦玉仕立て。

 来週の講習会には2種類用意するけど、本当はこれも候補のひとつだったの。
 見習いさん達には基本の練り切りを拵えてもらって、もう一種類はどうしようって、秀さんが考えて。

 練り切りは薔薇にして、もう1種類も女の子向けにかわいらしいものにしようって新作に。意匠は当日まで内緒にして。

「楽しみだな。秀さんの新作」

 何だか親しげに呼んでいるけど、実は二人、まだ会ったことないよね?

 私を通して、何だか知り合いみたいになっているけど。

 秀さんも「またちっさい嬢ちゃんの先生にみてもらって下さい」っておすすめ託してくれるけど、リクがお店に顔を出すタイミングで会うことはないし。

 まあ、そもそも私の彼氏が、いつも試食と批評をしてくれる先生だって分かってないしね。

「でも、サホってお母さん似なんだな。お姉さんもだけど」
「そうかな? わりとお父さんに似ているって言われるけど」

 さっきお店で、お母さんと対面したリク。

 平静を装っていたけど、かなりハイになっていたお母さんに、帰ったら色々構われるだろうな。
 お父さんがいないところで、だけど。

「うん、目元とかは、ちょっと違うけど。でも目を伏せた時とか、よく似ているから。鼻とか口はお母さん譲りなんだな」

 ……目を伏せた時とか、って、私のそんな顔……見られまくっていたよね、確かに。

「あのさ。俺の家、寄っていい?」

 バスに乗ったとたん、リクが爆弾発言!

「寄るだけ! この和菓子、持って歩いたら傷むだろ? アパートの外で待っていていいから」

 キチンと遠藤先輩との約束は守るつもりらしい。
 
「まあ、それなら。近いの?」
「近い。バス停から少しだけ回り道すればいいから」

 家からバスで停留所3つ分の距離。今日はその近くの小さな美術館に行くことになっている。
 
 リクのアパートか。ちょっと……かなり興味ある。
 でも、アパートなんだ? てっきり一戸建てかマンションとかに住んでいそうだと思ったけど。

 バス停で降りて。
 ホントにちょっとだけ歩いて。

 到着した、そこは。



「……リクの、アパート?」

 高層ビルではないけど。

 鉄骨5階建ての真っ白なこの建物は、普通、マンションって言うんじゃないの?

「え? だって賃貸だよ? アパートだよね?」

 え? アパートの定義って? て言うか、賃貸が全部アパートなら、賃貸マンションって言葉はないわけで、あれ?

 でも、アパートって、あれだよね? 2階建てとか3階建てくらいで、外階段とか付いてて、ばあっとドアが並んでいて、あれ?

 考えたら、余計に分からなくなってきた。

 でも、絶対豪華なこんなエントランス付きのキラキラした建物をアパートって言わない気がする!

「え? だって部屋だって1つしかないし」

 そう言うのは、ワンルームマンションって言うんじゃないでしょうか?

 忘れていたけど、リク、お坊っちゃまだった。

 経済観念が違う気がする。

 え? 大丈夫? 私達。


 不安を抱きながら、美術鑑賞して。

 猫をテーマにしたかわいらしい絵画と造形展示は、とっても素敵だったけど。

 最初のデートで、雑貨屋さんで猫が好きって言った私の言葉を覚えてくれていたみたい。

 それは、嬉しかったんだけど。

 なんとなく、集中しきれなかった。



 帰りに美術館のとなりに併設されたミュージアムカフェでお茶をしていると。

「……うん、賃貸は全部アパートだって思い込んでいた。確かにあれはマンションだ」

 私のショックが顔に出ていたのか、リクも気になってネットですぐに調べたみたい。

「厳密な定義はないみたいだけど、一般論からしたら、確かにマンションだった」

 思い込み、なら仕方ないか。

「ガキの頃、家の事情で賃貸に引っ越ししたヤツを、クラスメートが『アパート暮らし!』ってからかっていたんだよ。だから、『賃貸』イコール『アパート』って刷り込まれていた」

「そのお友達は、えっと、破産とか?」

「いや、家の建て替えで一時的に」

「……そうなんだ」

 いや、それって、単なる仮住まいだよね? 
 たぶん、そのご家庭、普通に賃貸マンション住まいだったよね?
 しかも、もしかしたら滅茶苦茶豪華なマンションだよね?

 ……やっぱり経済格差がある気がする。

「だから、ゴメンって! 俺が世間知らずなの! 念のため言っておくけど、今のアパ……マンションは、ちゃんと自腹で払っているから! 自分の給料の範囲内で賄っているから! 住宅手当てはもらっているけど」

「そのお給料と手当てとか、よく分かんないけど。まあ、それなら……あまりに身分違いなのは、やっぱり、心配だし」

「……一応、言っておくぞ? サホ、自分ち、どう思ってる?」

「へ? 広いだけが取り柄の、古いお家だけど。2階もないし」

「確かに古いけど、造りはしっかりしているし、なんたって広い。しかも、平屋で。あの当たりの路線価考えたら……かなりの豪邸だ。店舗と工場を除いても、な。お前もよそから見たら、老舗の大きな和菓子屋のお嬢様だぞ? お前の回りがお嬢様ばっかりだから、自覚ないのかもしれないけど。それに、今時身分違いとか、時代遅れだよ」

 そうだったんだ?! 
 お母さんもお姉ちゃんとガッツリ働いているし、私も手伝いに駆り出されているけど。

「まあ、労働を尊ぶのは大事だと思うぞ? そもそも桜女は勤労婦人を尊重してきた校風だし」

「前から不思議だったけど、リクって初めから『桜女』って言ってたよね? 卒業生やご近所の方がそうおっしゃるから、私達もついそう呼んでいるけど、なんで?」

 先生達も、特に女子校時代からいる先生はそう呼ぶけど、他所から来た若い先生は『桜高』って言う人も多い。

「ああ、うちの母親、卒業生だから」
「あ、やっぱり」
「うん。よく思い出話とかで、楽しかったこと、聴かされて。だから、なんとなくクセになってた。あと、誰も指摘しないし」

 まあ、『桜女』って呼称、卒業生にしたらひとつのブランドって言うか、卒業生の誇りみたいなものだって、お母さんも言っていたし。
 うちも、亡くなった父方のお祖母ちゃんも、健在の母方のお祖母ちゃんも、お母さんも、お姉ちゃんも、桜女卒の筋金入りだし。

「そっか。もしかしたら、うちのお母さんと会ったことあるかもしれないね、リクのお母さん」
「そうかもな。年、いくつ?」

 なんと、2歳違い! リクのお母さんの方が年下だけど。ニアミス!
 校舎のどこかですれ違っていたかも!

 経済格差とか、気にしなくていいってリクは言うけど。

 共通点は多い方が、色々障害は少ない気がする。

 少なくとも、桜女OG同士は、昔のお祖母ちゃん達を見ていても、やたら仲がよかった気がする。
 
 少なくとも、お母さん同士は、仲良くなれるかも……って、私、気が早いから!

 でも、リクがお母さんの話をする時は、相変わらずとっても優しい目をするから、きっといい関係性なんだよね。
 本当のお母さんじゃないって聴いているけど。

「そのうち、リクのお母さんにも会いたいな」
「絶対会わせる! 絶対サホを気に入るから!」

 それから、記念にってリクはミュージアムショップで猫の意匠のメダルの付いた銀のペンダントをプレゼントしてくれた。

 裏面に日付と二人の名前を刻印してもらって。

 ……嬉しい。
 
 こっそり、制服の下に付けちゃお。
 
 お礼と言ってはなんだけど……帰りに、バス停の裏で、リクの頬っぺたに、キス、しちゃった。

「お返し!」

 リクからお返しに、キスされた……唇に。

 ……これは、もらいすぎ? 返しすぎ?


 ちょっと、モヤっというか、ムラっというか、ドキドキが止まらないよー!
 
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