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家族も教育も恋愛も話し合いは大事!
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まあ、色々飛躍しながらも、無事お師匠さまと理事長は元の鞘に収まり。
というか、こっそり体で隠しながら手を繋いでいるとか(でもバレバレ)、ちょっと見ていて恥ずかしい。
20数年振りの再会と復縁だから、離れがたい気持ちは、まあ分かるけどね。
大和撫子の鑑のような、淑やかなお師匠さまが、少女の初恋のように頬染めて理事長に寄り添う姿は……まあ、微笑ましいというか、可愛いけどね。
でも息子であるリクは、理事長のニヤニヤと笑み崩れた様子が受け入れがたいのが、目をさ迷わせている。
……って言うか、そのくせ、私の手をしっかり握って離さないところとか、親子そっくりなんですけど!
「じゃあ、俺は学校に戻るよ。荷物置きっぱなしだし」
いたたまれなさと、あと苳子さんが私の家に突撃訪問すると再び言い出さないうちにと、リクが帰宅を宣言する。
「サホ、タクシー呼ぶから家まで送るよ」
「あ、うん、ありがとう」
リクの実家も家からそこまで遠くはないと思うけど、正直土地勘もないし、道も知らないので送ってもらえるのは助かる。
「いや、私の車に乗りなさい。ひとまず由利恵も帰らないといけないし。由利恵の家の近くなんだろう?」
「あ、はい」
「いや、いいよ。二人はゆっくりしていけば? ……母さんも寂しがっているし」
寂しそう、というよりは「まだ帰っちゃダメ!」とうるうるした目で無言の訴えをしている苳子さんを横目に、リクが理事長の申し出を断る。
「苳子、今日は我慢しなさい。それに、タクシーとはいえ担任教師が教え子をプライベートで家に送るのは、言い訳が難しい。由利恵が一緒ならともかく」
「だったら、由利恵さ……お母さんも一緒にタクシーで……」
ちょっと照れくさそうにお師匠さまを「お母さん」と呼ぶリク。苳子さんが「母さん」だから、言い方を分けたんだと思うけど、なんだか呼び方が初々しくて、可愛い。
けれど、理事長の恨めしそうな眼差しを受けて、やれやれというふうに「……父さんの車に乗せてもらうよ」と答えた。
来た道を逆に辿って玄関を出ると、車寄せに黒光りする外車が停まっていた。
なんだっけ? エムブレムは見たことあるけど、あ、そうだ、ロールスロイス! しかも運転手付き!
「あの、学校から近いので、家じゃなくても……」
家族や従業員のみんなに、こんな車で乗り付けたところを見られたら言い訳しづらい。
「そうかい? だったら由利恵の家か、学校で降ろそう」
事情を察して理事長はうなづいて。
「あ、これだと狭いな」
え? 運転手さんいれても5人なら、乗れますよね?
そんな疑問を挟む間もなく、運転手さんはすぐに車を替えて……この家には何台車があるの?
っていうか、リクの実家だけど、理事長の家じゃないよね?
っていうか、何なの?! この大きな車!
エムブレムは……ベンツ?
でも、これって空港とかで見る、あれだよね?
「……学校で降ろしてもらうので正解だよ。さすがにリムジンは目立つだろう……」
「うん……」
ため息をついたリクに同意して、私もうなづく。
「でもこれ、リクの家の車だよね?」
「……父親の趣味なんだ。自分じゃ運転しないけどな。俺はこういうの好みじゃないし。もっとコンパクトなのがいい」
少しあきれたようなリク。その感性に、私はちょっとホッとする。
ちなみにリクの言う「父親」は、戸籍上のお父さんのことだろうな。
どぎまぎしながら車内に乗り込む。
座席は普通の乗用車と違って、前後で向かいあう、ボックス席になっていた。
前にテレビで観たリムジンは横向きのソファーみたいな座席にバーカウンターみたいにテーブルが設置されていたけど、この車は座席の間にサイドテーブルがついていた。
車によって内装は色々なんだな。
リクに案内されるまま、後ろ向きの前側座席に座る。
普通3列シートだと最後部に座るべきだけど、ボックス席なら前向きが格上だから、座り方間違ってないよね?
理事長もレディファーストでお師匠さまを後部の奥の席を勧めているし、多分大丈夫!
「今回は、君には色々迷惑をかけてしまったね」
ふかふかの座面にびっくりしながらシートベルトをかける。振動もほとんどなくリムジンは走り出す。と、理事長が不意に私に声をかけてきた。
「いえ、私は何も……」
「いや、君が由利恵を説得してくれたのだろう? 利久の気持ちを考えて、と言われて、目が覚めたと言っていたよ、なあ」
「ええ」
理事長に問われて、小さくうなづくお師匠さま。
はにかむようなその微笑みのまま、愛おしげにリクに視線を移す。
それに気が付いて、リクがほんの少し頬を染めて、目を反らしながら「本当に、サホがいてくれたから、丸く収まったと思うよ」と答えた。
「何か礼をしたいとは思うが……」
「いえ、ホントに」
「いや、せめて私にできることがあれば」
リクとの交際も認めてもらえたし、お師匠さまもリクもきちんと親子として再会できたし、これ以上望むべくもない、それに。
正直、高級過ぎる車内にいたたまれない気持ちでいっぱいで、早く学校に送ってもらうのが一番の希望だったりする。
……そうだ、せっかくなら。
「あの、不躾なことをお訊きしてもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。私に答えられることならば」
突然の問い掛けに、わずかに戸惑いを見せながらも、理事長は請け負ってくれた。
「理事長は、桜高を……桜女を、どうなさりたいんですか?」
「どう、とは?」
「長年勤めてこられた先生方を強引に退職させたり、部活動を廃部するように指示されたり。確かに、経営的には改革は必要なのかも知れませんが、学校は、コストだけで運営していいものではないと思うのですが」
一生懸命、丁寧に、でも伝えたいことをストレートに言葉にしてみた。
今日接した感じでは、理事長、本当のことを言われても、むやみに怒る人ではないって思ったので。
「なかなか歯に衣着せぬお嬢さんだ。そう言うところは由利恵とは違うな。このくらいの度胸があれば、由利恵も……いや、済んだことはいい」
確かに、訊くに訊けないお師匠さまの性格もあると思うけど、それ以前に良かれと思って確認しないで暴走する理事長や苳子さんの性格もあると思うけどね。
まあ、済んだことは済んだこと。
それに、確かに私も言いたいことを言えない方だし。
今、こんな風に訊けるのは、放っておくと自分達の解釈で突き進んでしまう、リクの家族の特性が分かったから。でもその根底に、ちゃんと相手への思いやりがあることも、分かったから。
あと、教育、ってものを理事長がきちんと考えているって、なんとなく思ったので。
うちだって商売している。コストパフォーマンスが重要なのは知っている。
でも、お父さんもお母さんも、儲けだけに走った商売は先がない、っていつも言っている。
真心と品質を切り捨てて、目の前の利益だけを追うような商売は、いつかお客様の心が離れていくって。
「コスト、なんて言葉が出てくる辺り、さすがは職業婦人を奨励する桜女と言ったところか。単なるお嬢様学校ではないね。確かに、教育は、コストだけで考えてよいものではない。その通りだ。だが、無駄が多すぎて、学校そのものが立ち行かない事態は避けなければならない。何より優秀な生徒を育てることは、学校の、教育の重要な使命だ。無駄な授業を行う教師は不要だ。実りのない部活動もね」
「それは……でも、成績だけで判断されるのが、教育なんでしょうか?」
「その通り。学業だけでなく、人間性も含めて育むべきだと、私も思うよ。だから、有能な教師は……少なくともそうあろうと努力する教師は、認めよう」
「お辞めになった先生方が、努力されていない、と?」
「例えば、こいつの授業は、昨年と比べて何か変化はないかね?」
「変化……そうですね、何だか、私たちが話す時間が増えた気がします」
例えば現国で、予習として必ず語句調べをするのは、以前も課題として出されていたんだけど、リクは意味だけでなく、音読も課している。そうして、語句調べの答え合わせをグループで行ったり、授業中には音読はせず、主に読解を、これもグループで行った後、全体の前で発表して、最後にリクがまとめてくれる。
読解が多少違っていても、「そういう考え方もある」と肯定して、最後に模範解答として教えてくれるから、みんな割と自由に意見を言える。
去年の受け持ちの先生の話し方が抑揚がなくて、説明もお経を聞いているようで……居眠りしている生徒も多かったけど、今年はそんな感じで、自分達でやらないといけないし、意見を言い合っていると楽しいので、寝ている暇なんてない。
たまに作品に関するこぼれ話もしてくれるし、古文もただ訳したり文法の説明をするだけじゃないので、聴いていてこれも楽しい。
「アクティブラーニング、という言葉を聞いたことはあるかな? これからの生徒は、自ら考え学ぶ姿勢を身に付けていかなければならない。桜女の生徒は、その素養が十分にある。少なくとも日常生活では、それが出来るように育てられている。なのに、授業となると途端に一方通行になる。単純に教え込むだけでは、これからはダメなのだ。自ら学ぶ生徒を育てなければ。それは、教師も一緒になのだよ」
「……サホ。生徒は知らないかもしれないけど、父さ……理事長は、非常勤も含めて現職の教員に、授業研究や研修……要するに、もっとよい授業が出来るように外部の教育機関や大学の講義が聴講出来るよう勧めたんだよ。費用を学校側で持つことも伝えて。けれど、半分以上の教員は、賛同しなかった。その理由として部活動の顧問の多忙さを挙げたんだ」
「確かに、部活動の顧問をすることで余暇を逼迫されている例は多い。顧問の負担軽減や勤務時間を適正化するために、部活動の統廃合も含めて調査したところ……3分の1ほどの部活動が、有名無実、ほとんど活動していないことも分かった。生徒数に比べて、部の数も多く、兼部を認めているとはいえ、十分な活動が出来ているとは言いがたい部も多かった。なのに、全ての部に部費は支給され、顧問の監督のもと年度末には使い果たしている。どう言うことか分かるかね?」
「……横領、ですか?」
「そこまでは言わないがね。活動とあまり関係のない経費が、顧問黙認……いや、もしかしたら積極的に浪費されている可能性があった。今年度、経費の見直しのために詳細な会計報告を求めたところ、適正な運営をしていた部活動は半分弱。君の茶道部は、模範にしたい綿密な運営をしていたがね。これは、松前さんの指示かな?」
「……いえ。会計は、先輩達がかなり改善したって聞いています。松前先生は、その……少し浮世離れしていたので」
根っからのお嬢様で、ちょっと金銭感覚は、こう……ぶっちゃけズレていたかもしれない。
茶道部は、遠藤先輩や高村先輩の代以前から、わりとコスパにも目を向ける人材が豊富だったらしい。
お姉ちゃんも茶道部だったけど、その頃にも会計をきっちり見てくれる部員がいたって。
「だろうね。金銭にこだわらないことは、人間性としては決して悪くないと思うが、顧問としては、ね」
……間違っていないけど、こういう高級車乗り回しちゃう天上人に言われると、少し複雑なんですけど。
でも、言いたいことは、分かる。
確かに、伝統○○研究会とか、○○文化研究会とか、名前だけは立派だけど何をしているのかよく分からない部があったのは確かで。
新入部員の入部を待たず、部員も顧問もいなくなって消えちゃったけどね。
「非常勤の教員に対しては、自己研鑽を義務として、研修参加を課したところ、退職が続出した。まあ、結果的に私が辞めさせたと取られても、仕方がないがね」
「……一方的に責めるような言葉を使い、申し訳ありません」
「いや、私の責任で行ったことに、間違いはない」
「でも……やっぱり、理事長は間違っています」
「サホ!」
突然爆弾発言をした私を、リクが慌てて制したけど。
これだけは、言わないと。
「ちゃんと、伝えるべきです。何故、改革が必要なのか。どんな問題が、あって、どう変えていくべきなのか。理事長は、自分達で考えることができるように、私達生徒を育てたいと仰いました」
「ああ」
「だったら、私達をもっと信用してください。私達だって色々考えています。でも、闇雲に押し付けられたら、私達は反発するしかありません。確かに、それで頑張れることもあるかもしれませんが、できれば、一緒に学校をよくしていきたいです。先生方が、もっと自己研鑽しなくては、って思わずにはいられないくらい、沢山質問したり、疑問をぶつけたり……おこがましいかもしれませんが、とっても勉強になった、もっと学びたいって、伝えたり」
「サホ……うん、そう言ってもらえたら、教師だって、もっと頑張れる」
ぎゅっとリクが私の手を強く握り直した。
「理事長……全てとは言いませんが、もう少し、生徒にも理由を説明してもいいのではないでしょうか? 少なくとも、単に成績のみ求めているわけではない、学校をよりよくするために、生徒の協力も必要なのだ、と」
リクがそう提案し、理事長がうなづいた。
「……善処……いや、検討しよう。何も知らされないで事が進むのは、やはり不安だろうしね。私も、言葉が足りていなかった部分があるだろうし。部の統廃合についても、もっと腹を割って話し合おう」
やった!
少なくともこれで、部員数や成績だけで廃部になるようなことは避けられるかも?
もちろん、もっとじっくり評価されることにはなるんだろうけど。
でも、話し合えるって、絶対大事!
というか、こっそり体で隠しながら手を繋いでいるとか(でもバレバレ)、ちょっと見ていて恥ずかしい。
20数年振りの再会と復縁だから、離れがたい気持ちは、まあ分かるけどね。
大和撫子の鑑のような、淑やかなお師匠さまが、少女の初恋のように頬染めて理事長に寄り添う姿は……まあ、微笑ましいというか、可愛いけどね。
でも息子であるリクは、理事長のニヤニヤと笑み崩れた様子が受け入れがたいのが、目をさ迷わせている。
……って言うか、そのくせ、私の手をしっかり握って離さないところとか、親子そっくりなんですけど!
「じゃあ、俺は学校に戻るよ。荷物置きっぱなしだし」
いたたまれなさと、あと苳子さんが私の家に突撃訪問すると再び言い出さないうちにと、リクが帰宅を宣言する。
「サホ、タクシー呼ぶから家まで送るよ」
「あ、うん、ありがとう」
リクの実家も家からそこまで遠くはないと思うけど、正直土地勘もないし、道も知らないので送ってもらえるのは助かる。
「いや、私の車に乗りなさい。ひとまず由利恵も帰らないといけないし。由利恵の家の近くなんだろう?」
「あ、はい」
「いや、いいよ。二人はゆっくりしていけば? ……母さんも寂しがっているし」
寂しそう、というよりは「まだ帰っちゃダメ!」とうるうるした目で無言の訴えをしている苳子さんを横目に、リクが理事長の申し出を断る。
「苳子、今日は我慢しなさい。それに、タクシーとはいえ担任教師が教え子をプライベートで家に送るのは、言い訳が難しい。由利恵が一緒ならともかく」
「だったら、由利恵さ……お母さんも一緒にタクシーで……」
ちょっと照れくさそうにお師匠さまを「お母さん」と呼ぶリク。苳子さんが「母さん」だから、言い方を分けたんだと思うけど、なんだか呼び方が初々しくて、可愛い。
けれど、理事長の恨めしそうな眼差しを受けて、やれやれというふうに「……父さんの車に乗せてもらうよ」と答えた。
来た道を逆に辿って玄関を出ると、車寄せに黒光りする外車が停まっていた。
なんだっけ? エムブレムは見たことあるけど、あ、そうだ、ロールスロイス! しかも運転手付き!
「あの、学校から近いので、家じゃなくても……」
家族や従業員のみんなに、こんな車で乗り付けたところを見られたら言い訳しづらい。
「そうかい? だったら由利恵の家か、学校で降ろそう」
事情を察して理事長はうなづいて。
「あ、これだと狭いな」
え? 運転手さんいれても5人なら、乗れますよね?
そんな疑問を挟む間もなく、運転手さんはすぐに車を替えて……この家には何台車があるの?
っていうか、リクの実家だけど、理事長の家じゃないよね?
っていうか、何なの?! この大きな車!
エムブレムは……ベンツ?
でも、これって空港とかで見る、あれだよね?
「……学校で降ろしてもらうので正解だよ。さすがにリムジンは目立つだろう……」
「うん……」
ため息をついたリクに同意して、私もうなづく。
「でもこれ、リクの家の車だよね?」
「……父親の趣味なんだ。自分じゃ運転しないけどな。俺はこういうの好みじゃないし。もっとコンパクトなのがいい」
少しあきれたようなリク。その感性に、私はちょっとホッとする。
ちなみにリクの言う「父親」は、戸籍上のお父さんのことだろうな。
どぎまぎしながら車内に乗り込む。
座席は普通の乗用車と違って、前後で向かいあう、ボックス席になっていた。
前にテレビで観たリムジンは横向きのソファーみたいな座席にバーカウンターみたいにテーブルが設置されていたけど、この車は座席の間にサイドテーブルがついていた。
車によって内装は色々なんだな。
リクに案内されるまま、後ろ向きの前側座席に座る。
普通3列シートだと最後部に座るべきだけど、ボックス席なら前向きが格上だから、座り方間違ってないよね?
理事長もレディファーストでお師匠さまを後部の奥の席を勧めているし、多分大丈夫!
「今回は、君には色々迷惑をかけてしまったね」
ふかふかの座面にびっくりしながらシートベルトをかける。振動もほとんどなくリムジンは走り出す。と、理事長が不意に私に声をかけてきた。
「いえ、私は何も……」
「いや、君が由利恵を説得してくれたのだろう? 利久の気持ちを考えて、と言われて、目が覚めたと言っていたよ、なあ」
「ええ」
理事長に問われて、小さくうなづくお師匠さま。
はにかむようなその微笑みのまま、愛おしげにリクに視線を移す。
それに気が付いて、リクがほんの少し頬を染めて、目を反らしながら「本当に、サホがいてくれたから、丸く収まったと思うよ」と答えた。
「何か礼をしたいとは思うが……」
「いえ、ホントに」
「いや、せめて私にできることがあれば」
リクとの交際も認めてもらえたし、お師匠さまもリクもきちんと親子として再会できたし、これ以上望むべくもない、それに。
正直、高級過ぎる車内にいたたまれない気持ちでいっぱいで、早く学校に送ってもらうのが一番の希望だったりする。
……そうだ、せっかくなら。
「あの、不躾なことをお訊きしてもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。私に答えられることならば」
突然の問い掛けに、わずかに戸惑いを見せながらも、理事長は請け負ってくれた。
「理事長は、桜高を……桜女を、どうなさりたいんですか?」
「どう、とは?」
「長年勤めてこられた先生方を強引に退職させたり、部活動を廃部するように指示されたり。確かに、経営的には改革は必要なのかも知れませんが、学校は、コストだけで運営していいものではないと思うのですが」
一生懸命、丁寧に、でも伝えたいことをストレートに言葉にしてみた。
今日接した感じでは、理事長、本当のことを言われても、むやみに怒る人ではないって思ったので。
「なかなか歯に衣着せぬお嬢さんだ。そう言うところは由利恵とは違うな。このくらいの度胸があれば、由利恵も……いや、済んだことはいい」
確かに、訊くに訊けないお師匠さまの性格もあると思うけど、それ以前に良かれと思って確認しないで暴走する理事長や苳子さんの性格もあると思うけどね。
まあ、済んだことは済んだこと。
それに、確かに私も言いたいことを言えない方だし。
今、こんな風に訊けるのは、放っておくと自分達の解釈で突き進んでしまう、リクの家族の特性が分かったから。でもその根底に、ちゃんと相手への思いやりがあることも、分かったから。
あと、教育、ってものを理事長がきちんと考えているって、なんとなく思ったので。
うちだって商売している。コストパフォーマンスが重要なのは知っている。
でも、お父さんもお母さんも、儲けだけに走った商売は先がない、っていつも言っている。
真心と品質を切り捨てて、目の前の利益だけを追うような商売は、いつかお客様の心が離れていくって。
「コスト、なんて言葉が出てくる辺り、さすがは職業婦人を奨励する桜女と言ったところか。単なるお嬢様学校ではないね。確かに、教育は、コストだけで考えてよいものではない。その通りだ。だが、無駄が多すぎて、学校そのものが立ち行かない事態は避けなければならない。何より優秀な生徒を育てることは、学校の、教育の重要な使命だ。無駄な授業を行う教師は不要だ。実りのない部活動もね」
「それは……でも、成績だけで判断されるのが、教育なんでしょうか?」
「その通り。学業だけでなく、人間性も含めて育むべきだと、私も思うよ。だから、有能な教師は……少なくともそうあろうと努力する教師は、認めよう」
「お辞めになった先生方が、努力されていない、と?」
「例えば、こいつの授業は、昨年と比べて何か変化はないかね?」
「変化……そうですね、何だか、私たちが話す時間が増えた気がします」
例えば現国で、予習として必ず語句調べをするのは、以前も課題として出されていたんだけど、リクは意味だけでなく、音読も課している。そうして、語句調べの答え合わせをグループで行ったり、授業中には音読はせず、主に読解を、これもグループで行った後、全体の前で発表して、最後にリクがまとめてくれる。
読解が多少違っていても、「そういう考え方もある」と肯定して、最後に模範解答として教えてくれるから、みんな割と自由に意見を言える。
去年の受け持ちの先生の話し方が抑揚がなくて、説明もお経を聞いているようで……居眠りしている生徒も多かったけど、今年はそんな感じで、自分達でやらないといけないし、意見を言い合っていると楽しいので、寝ている暇なんてない。
たまに作品に関するこぼれ話もしてくれるし、古文もただ訳したり文法の説明をするだけじゃないので、聴いていてこれも楽しい。
「アクティブラーニング、という言葉を聞いたことはあるかな? これからの生徒は、自ら考え学ぶ姿勢を身に付けていかなければならない。桜女の生徒は、その素養が十分にある。少なくとも日常生活では、それが出来るように育てられている。なのに、授業となると途端に一方通行になる。単純に教え込むだけでは、これからはダメなのだ。自ら学ぶ生徒を育てなければ。それは、教師も一緒になのだよ」
「……サホ。生徒は知らないかもしれないけど、父さ……理事長は、非常勤も含めて現職の教員に、授業研究や研修……要するに、もっとよい授業が出来るように外部の教育機関や大学の講義が聴講出来るよう勧めたんだよ。費用を学校側で持つことも伝えて。けれど、半分以上の教員は、賛同しなかった。その理由として部活動の顧問の多忙さを挙げたんだ」
「確かに、部活動の顧問をすることで余暇を逼迫されている例は多い。顧問の負担軽減や勤務時間を適正化するために、部活動の統廃合も含めて調査したところ……3分の1ほどの部活動が、有名無実、ほとんど活動していないことも分かった。生徒数に比べて、部の数も多く、兼部を認めているとはいえ、十分な活動が出来ているとは言いがたい部も多かった。なのに、全ての部に部費は支給され、顧問の監督のもと年度末には使い果たしている。どう言うことか分かるかね?」
「……横領、ですか?」
「そこまでは言わないがね。活動とあまり関係のない経費が、顧問黙認……いや、もしかしたら積極的に浪費されている可能性があった。今年度、経費の見直しのために詳細な会計報告を求めたところ、適正な運営をしていた部活動は半分弱。君の茶道部は、模範にしたい綿密な運営をしていたがね。これは、松前さんの指示かな?」
「……いえ。会計は、先輩達がかなり改善したって聞いています。松前先生は、その……少し浮世離れしていたので」
根っからのお嬢様で、ちょっと金銭感覚は、こう……ぶっちゃけズレていたかもしれない。
茶道部は、遠藤先輩や高村先輩の代以前から、わりとコスパにも目を向ける人材が豊富だったらしい。
お姉ちゃんも茶道部だったけど、その頃にも会計をきっちり見てくれる部員がいたって。
「だろうね。金銭にこだわらないことは、人間性としては決して悪くないと思うが、顧問としては、ね」
……間違っていないけど、こういう高級車乗り回しちゃう天上人に言われると、少し複雑なんですけど。
でも、言いたいことは、分かる。
確かに、伝統○○研究会とか、○○文化研究会とか、名前だけは立派だけど何をしているのかよく分からない部があったのは確かで。
新入部員の入部を待たず、部員も顧問もいなくなって消えちゃったけどね。
「非常勤の教員に対しては、自己研鑽を義務として、研修参加を課したところ、退職が続出した。まあ、結果的に私が辞めさせたと取られても、仕方がないがね」
「……一方的に責めるような言葉を使い、申し訳ありません」
「いや、私の責任で行ったことに、間違いはない」
「でも……やっぱり、理事長は間違っています」
「サホ!」
突然爆弾発言をした私を、リクが慌てて制したけど。
これだけは、言わないと。
「ちゃんと、伝えるべきです。何故、改革が必要なのか。どんな問題が、あって、どう変えていくべきなのか。理事長は、自分達で考えることができるように、私達生徒を育てたいと仰いました」
「ああ」
「だったら、私達をもっと信用してください。私達だって色々考えています。でも、闇雲に押し付けられたら、私達は反発するしかありません。確かに、それで頑張れることもあるかもしれませんが、できれば、一緒に学校をよくしていきたいです。先生方が、もっと自己研鑽しなくては、って思わずにはいられないくらい、沢山質問したり、疑問をぶつけたり……おこがましいかもしれませんが、とっても勉強になった、もっと学びたいって、伝えたり」
「サホ……うん、そう言ってもらえたら、教師だって、もっと頑張れる」
ぎゅっとリクが私の手を強く握り直した。
「理事長……全てとは言いませんが、もう少し、生徒にも理由を説明してもいいのではないでしょうか? 少なくとも、単に成績のみ求めているわけではない、学校をよりよくするために、生徒の協力も必要なのだ、と」
リクがそう提案し、理事長がうなづいた。
「……善処……いや、検討しよう。何も知らされないで事が進むのは、やはり不安だろうしね。私も、言葉が足りていなかった部分があるだろうし。部の統廃合についても、もっと腹を割って話し合おう」
やった!
少なくともこれで、部員数や成績だけで廃部になるようなことは避けられるかも?
もちろん、もっとじっくり評価されることにはなるんだろうけど。
でも、話し合えるって、絶対大事!
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