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狂気の夜陰
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尭司は、亜夜果から妊娠の可能性が低いことを知らされ、ひとまず安堵した。
決して妊娠そのものを厭っているわけではない。亜夜果との間に子供が産まれること自体は、むしろ喜ばしい。
ただ、自分でも覚えていないような行為で、しかも亜夜果に無理を強いての出来事で妊娠するのは避けたい。
……いったい、俺、どうしたんだろう?
亜夜果の様子では、寝ぼけて襲いかかった、という風でもない。
『覚えて、ないの?』
確かに、亜夜果はそう言った。
それが、信じられないように。
少なくとも、寝ぼけてやったことだとは、考えていないのは明白だ。
しかも。
亜夜果が妙によそよそしい。
昨日までは、優しい笑顔で、自分を見つめていてくれたのに。
目が合うと、困ったように反らしてしまう。泣きそうな顔で。
俺が、泣かせた?
いたたまれず、朝食を済ませると、尭司は早々と亜夜果のマンションから帰宅した。
どちらにしても、しばらく亜夜果との行為は控えなければならないが、そんなことに関係なく、亜夜果と一緒に過ごしたかったのに。
けれど。
帰る、と言った時の、亜夜果のホッとしたような顔。
あんな顔、見たくなかった。
いったい、何が?
自分は、いったい、何をした?
亜夜果を、あんなにも怯えさせるような。
「くそっ! わけわかんねーよ!」
気を紛らすため、尭司はアパートに帰ると、すぐに着替えて、外に飛び出した。
ひたすら走り続ける。
何もかも忘れるために。そうして、クタクタになって、眠ってしまおう。
本当は明日の当番勤務に備えて、体力を温存しておくべきなのだが。
そんなことも忘れて、走り続けた。
「う……」
急に、吐き気を覚えた。
思わず口を押さえて、座り込む。
動悸もする。
そう言えば、ずっと水分も取らずにいた。すでに夏の気候だ。注意しないと、脱水や熱中症になる。
目についた自販機でスポーツドリンクを買い、日陰のベンチに座り、ゴクゴクと飲む。
水分が体に染み渡る感覚を覚える。
ようやく落ち着いて、尭司はぼんやり空を眺めながら、再び朝のことに、思いを巡らす。
少なくとも、亜夜果に何らかの行為を強いたことは、確かだ。その痕跡もあった。そして、それが、亜夜果の望まないものであったことも。
一応受け入れてくれているとはいえ、今までも多少亜夜果に無理を強いることは、あったかも知れない。けれど、ギリギリの線を見極めながら、本気で亜夜果が嫌がることはしてこなかったつもりだ。
今まで、亜夜果が一番嫌がったこと。
亜夜果の足を開かせて、そこに口を……。
思い出して、赤面してしまう。こんな時に、何てこと想像するんだ!
クールダウンさせようと、ペットボトルの残りを一気に飲み干す。
こういう妄想ばかりしているから、寝ぼけて亜夜果を襲ってしまったのだろうか。けれど欲望のままに亜夜果に挑んだら、きっと亜夜果との関係が壊れてしまう。
亜夜果の思いを大切に、ゆっくり、関係を作っていくって、決めたのだから。
とは言え、欲求不満で無意識に亜夜果を襲うようでは本末転倒だ。いや、そこまで不満だったわけではないはず。それなりに、欲求は満たされていたのだし。
「まるで、夢遊病だな」
ふと、何かが引っ掛かる。
何か、重大なことを忘れているような。
『亜夜果に無理を強いることはできない』
誰かに、そんなことを話したような。
『やれよ! やってしまえ!』
誰かに、そんなことを、言われたような。
……思い出せない。考えようとすると、頭がズキズキ痛む。
尭司は額を押さえて項垂れる。
靄がかかったように、記憶がそれ以上の追求を拒む。
「……あの、大丈夫?」
突然、頭上から声が降ってきた。
顔を上げると、心配そうに覗き込む女性の顔があった。
どこかで見た覚えがある。
「あ、はい、大丈夫です……あの……」
「あら、もしかして……保内さんの?」
亜夜果の名字を言われて、尭司の記憶が掘り起こされる。確か、亜夜果の会社の先輩、とか?
「あ、はい。この間は失礼しました」
慌てて立ち上がり、頭を下げる。
「あら、別に何も失礼されてないわよ? 今日は保内さんのところじゃないの?」
「……え、まあ……」
「……喧嘩でもしたの?」
言葉を濁す尭司に、女性はズバリ聞いてくる。
当たらずとも遠からず……これを喧嘩と言って良いのかは分からないが、何かしらの行き違いが生じているのは確かだ。
「喧嘩と言うか……ちょっと、傷付けてしまったみたいで」
「ふーん。で、ひとりで反省会? まあ、付き合っていくと色々あるわよね。保内さんが可愛すぎて、無理強いした、とか?」
「……たぶん」
「たぶん、って、自覚はなかったの?」
「……全然、覚えてなくて。でも、やらかしたのは事実みたいで」
名前も知らない、亜夜果の先輩という情報しかない女性に、明け透けに相談めいたことをしている事実には気付いているが、藁をもすがる思いで尭司は話し続けた。
もしかしたら、女性の視点でアドバイスをもらえるかもしれない、というかすかな期待も抱きつつ。
「無意識、って言うのが一番手に負えないよね。本人には悪気がないのが始末に悪い」
いつの間にか隣に座って話し出した女性の視線は、何となく厳しい。
「キツいこと言うけど、自分で考えて分からないなら、もうそれは価値観が違うってことよ。これからちゃんと付き合っていけるのかしら?」
「俺は、亜夜果の……彼女の嫌がることはしないようにしてきたつもりなんです。でも、自分が寝ている間に、自分が何をしたのかも分からない。本当に、全く思い出せないんです」
「……ちょっと待って? 覚えていないって、そういう意味? その、何がいけなかったのか分からない、って言う無意識じゃなくて、実際に意識がなかった、っていうこと?」
うなづく尭司を、女性は奇異なものを見るようにしばらく呆然として。
「……まるで、月の巫女の逢瀬みたいね」
「『月の巫女』?」
「うちの田舎の、昔話だけどね」
昔、月の神様に使える巫女がいた。
美しい月の巫女は、ある日、日の神様に使える兵士と恋に落ちる。
月の神様と日の神様は、若い恋人同士を祝福するが、ただひとり、月の神様に仕える士は反対した。
月の巫女に恋していた月の兵士は、月の巫女を闇の牢屋に閉じ込め、自分を愛するように説得したが、月の巫女はそれを拒んだ。
怒った月の兵士は、自分の力が強くなる夜の間だけ、日の兵士の体に乗り移った。
そして、日の兵士のふりをして、月の巫女のもとを訪れた。そうしてようやく月の巫女と結ばれた。
月の兵士は、月の巫女が日の兵士を嫌うように、日の兵士の体を使って月の巫女に酷い振る舞いをした。
けれど日の兵士は夜中の出来事を覚えていない。
月の巫女が嘆き悲しむ理由が分からず、どんどん心が離れていくことに日の兵士も嘆いて、とうとう自らの命を絶ってしまう。
まだ日の兵士を愛していた月の巫女が泣いていると、月の兵士が今度は自分の本当の姿で月の巫女の元にやってくる。
その振る舞いから、自分に乱暴していた日の兵士が、実は月の兵士だったことに気付き、日の兵士を死に追いやったことを嘆いて、月の巫女は狂い死にしてしまう。
月の巫女と本当の日の兵士は、黄泉の国で再会し次の世では今度こそ添い遂げようと誓い合う。
「月の兵士に体を奪われた日の兵士は、なぜ月の巫女が自分を厭うのか分からず、黄泉の国で初めてその理由を知ったの。日の神様と月の神様に、月の兵士のしたことを訴え、月の神様は月の兵士の肉体を滅ぼし、黄泉返りができないように、黄泉の国の神様に頼んだの。けれど、月の巫女に執着する月の兵士は、月の巫女の生まれ変わりを探して、夜になると魂だけで抜け出して、今もこの世をさ迷っている、そうして、幸せな恋人達を引き裂こうと狙っている……まあ、こんな感じ、かな」
「何と言うか………生まれ変わっても狙われているって、キツくないですか? せっかくなら、月の兵士、黄泉の国に完全に閉じ込めておいてくれればいいのに」
「まあ、これには一応、オチがあってね。悪霊となった月の兵士が見境なく恋人達を引き裂こうとするのを防ぐために、日の神様と月の神様が、お守りを作ったのよ。それを持っていれば、恋人や夫婦の破局を防いで幸せに添い遂げることが出来ますよ、って。そういうご利益があるお守りを、うちの田舎の神社が売っているわけ」
「……神社の宣伝、ですか?」
「まあ、神社の謂われなんて、たいてい最後は『だから、うちにお参りすればご利益ありますよ』って話に収まるもんよ。夫婦円満で子宝安産はお守りのスタンダードだしね」
「……その神社って、遠いんですか?」
「うちの田舎の神社は、遠いけど……」
同じ神様を祀っている系列の神社なら、すぐ近くにもあると女性は教えてくれた。
「まあ、気休めかも知れないけどね。それに理由は他にもあるかもしれないんだし、ちゃんと話し合った方がいいわよ? 保内さん、自分ひとりで溜め込んじゃうところもあるから、きちんと聴いて上げて?」
女性にお礼をいい、尭司はその神社に向かった。電車だと路線が違うので乗り換えが必要だが、直線距離はそれほど遠くない。尭司はジョギング代わりに走っていくことにした。
途中道を尋ねたり休憩を入れながら1時間ほど走ると、目的の神社にたどり着いた。
鬱蒼とした林の中に佇む、小さな神社。
それほど有名な神社ではないらしく、日曜日でも閑散としていた。一応社務所は開いていたので、お参りしてから覗きに行く。
家内安全、交通安全、学業成就、安産祈願、等々、一通りのお守りが揃っていた。もちろん、恋愛成就も。
男ひとりで恋愛成就のお守りだけを買うのも、何となく気恥ずかしく、交通安全のお守りと一緒に頼み、ふと、目についたものがあった。
「ああ、これは厄除けのお守りです。うちのご祭神、日と月の神様が力を合わせて作った『魔除けの鏡』を模したモノです」
一見するとただの円形の鏡だが、よく見ると中央に線が見える。表面でなく、内部に溝が入っているのだろうか。2つの勾玉を対にした、いわゆる陰陽紋、というやつだろう。
片手に収まる手鏡のサイズのものと、メダルくらいの大きさのキーホルダー状ものがあった。
尭司はしばらく考えて、それぞれ2つずつ購入した。
手鏡サイズのものはカバー付で色も選べるようになっていた。紺色と緋色の二種類を選ぶ。
お守りを手に入れ、尭司は帰途につく。
亜夜果に早く渡したいが、今日の今日のでは気まずい。
それに、さすがに疲労困憊だ。明日の当番勤務のことを考えると、体を休めた方がよい。
メダルサイズの厄除け守りを財布にしまい、手鏡は亜夜果に渡す分も含めて机の上に置いた。
こんなものが役に立つとは思えないが、それでも気休めには、なる。
入浴し、食事を摂るが、その味気なさにゲンナリする。
わずかな期間に、自分の舌や体は贅沢になってしまったようだ。
亜夜果のご飯が食べたいな……。
もちろん、食事そのものだけでなく、そこには亜夜果もセットでいてくれなければならない。
気まずさなんて置いといて、会いに行けばよかった。
後悔しながら、それを振り切るように尭司は早めに床に着いた。
決して妊娠そのものを厭っているわけではない。亜夜果との間に子供が産まれること自体は、むしろ喜ばしい。
ただ、自分でも覚えていないような行為で、しかも亜夜果に無理を強いての出来事で妊娠するのは避けたい。
……いったい、俺、どうしたんだろう?
亜夜果の様子では、寝ぼけて襲いかかった、という風でもない。
『覚えて、ないの?』
確かに、亜夜果はそう言った。
それが、信じられないように。
少なくとも、寝ぼけてやったことだとは、考えていないのは明白だ。
しかも。
亜夜果が妙によそよそしい。
昨日までは、優しい笑顔で、自分を見つめていてくれたのに。
目が合うと、困ったように反らしてしまう。泣きそうな顔で。
俺が、泣かせた?
いたたまれず、朝食を済ませると、尭司は早々と亜夜果のマンションから帰宅した。
どちらにしても、しばらく亜夜果との行為は控えなければならないが、そんなことに関係なく、亜夜果と一緒に過ごしたかったのに。
けれど。
帰る、と言った時の、亜夜果のホッとしたような顔。
あんな顔、見たくなかった。
いったい、何が?
自分は、いったい、何をした?
亜夜果を、あんなにも怯えさせるような。
「くそっ! わけわかんねーよ!」
気を紛らすため、尭司はアパートに帰ると、すぐに着替えて、外に飛び出した。
ひたすら走り続ける。
何もかも忘れるために。そうして、クタクタになって、眠ってしまおう。
本当は明日の当番勤務に備えて、体力を温存しておくべきなのだが。
そんなことも忘れて、走り続けた。
「う……」
急に、吐き気を覚えた。
思わず口を押さえて、座り込む。
動悸もする。
そう言えば、ずっと水分も取らずにいた。すでに夏の気候だ。注意しないと、脱水や熱中症になる。
目についた自販機でスポーツドリンクを買い、日陰のベンチに座り、ゴクゴクと飲む。
水分が体に染み渡る感覚を覚える。
ようやく落ち着いて、尭司はぼんやり空を眺めながら、再び朝のことに、思いを巡らす。
少なくとも、亜夜果に何らかの行為を強いたことは、確かだ。その痕跡もあった。そして、それが、亜夜果の望まないものであったことも。
一応受け入れてくれているとはいえ、今までも多少亜夜果に無理を強いることは、あったかも知れない。けれど、ギリギリの線を見極めながら、本気で亜夜果が嫌がることはしてこなかったつもりだ。
今まで、亜夜果が一番嫌がったこと。
亜夜果の足を開かせて、そこに口を……。
思い出して、赤面してしまう。こんな時に、何てこと想像するんだ!
クールダウンさせようと、ペットボトルの残りを一気に飲み干す。
こういう妄想ばかりしているから、寝ぼけて亜夜果を襲ってしまったのだろうか。けれど欲望のままに亜夜果に挑んだら、きっと亜夜果との関係が壊れてしまう。
亜夜果の思いを大切に、ゆっくり、関係を作っていくって、決めたのだから。
とは言え、欲求不満で無意識に亜夜果を襲うようでは本末転倒だ。いや、そこまで不満だったわけではないはず。それなりに、欲求は満たされていたのだし。
「まるで、夢遊病だな」
ふと、何かが引っ掛かる。
何か、重大なことを忘れているような。
『亜夜果に無理を強いることはできない』
誰かに、そんなことを話したような。
『やれよ! やってしまえ!』
誰かに、そんなことを、言われたような。
……思い出せない。考えようとすると、頭がズキズキ痛む。
尭司は額を押さえて項垂れる。
靄がかかったように、記憶がそれ以上の追求を拒む。
「……あの、大丈夫?」
突然、頭上から声が降ってきた。
顔を上げると、心配そうに覗き込む女性の顔があった。
どこかで見た覚えがある。
「あ、はい、大丈夫です……あの……」
「あら、もしかして……保内さんの?」
亜夜果の名字を言われて、尭司の記憶が掘り起こされる。確か、亜夜果の会社の先輩、とか?
「あ、はい。この間は失礼しました」
慌てて立ち上がり、頭を下げる。
「あら、別に何も失礼されてないわよ? 今日は保内さんのところじゃないの?」
「……え、まあ……」
「……喧嘩でもしたの?」
言葉を濁す尭司に、女性はズバリ聞いてくる。
当たらずとも遠からず……これを喧嘩と言って良いのかは分からないが、何かしらの行き違いが生じているのは確かだ。
「喧嘩と言うか……ちょっと、傷付けてしまったみたいで」
「ふーん。で、ひとりで反省会? まあ、付き合っていくと色々あるわよね。保内さんが可愛すぎて、無理強いした、とか?」
「……たぶん」
「たぶん、って、自覚はなかったの?」
「……全然、覚えてなくて。でも、やらかしたのは事実みたいで」
名前も知らない、亜夜果の先輩という情報しかない女性に、明け透けに相談めいたことをしている事実には気付いているが、藁をもすがる思いで尭司は話し続けた。
もしかしたら、女性の視点でアドバイスをもらえるかもしれない、というかすかな期待も抱きつつ。
「無意識、って言うのが一番手に負えないよね。本人には悪気がないのが始末に悪い」
いつの間にか隣に座って話し出した女性の視線は、何となく厳しい。
「キツいこと言うけど、自分で考えて分からないなら、もうそれは価値観が違うってことよ。これからちゃんと付き合っていけるのかしら?」
「俺は、亜夜果の……彼女の嫌がることはしないようにしてきたつもりなんです。でも、自分が寝ている間に、自分が何をしたのかも分からない。本当に、全く思い出せないんです」
「……ちょっと待って? 覚えていないって、そういう意味? その、何がいけなかったのか分からない、って言う無意識じゃなくて、実際に意識がなかった、っていうこと?」
うなづく尭司を、女性は奇異なものを見るようにしばらく呆然として。
「……まるで、月の巫女の逢瀬みたいね」
「『月の巫女』?」
「うちの田舎の、昔話だけどね」
昔、月の神様に使える巫女がいた。
美しい月の巫女は、ある日、日の神様に使える兵士と恋に落ちる。
月の神様と日の神様は、若い恋人同士を祝福するが、ただひとり、月の神様に仕える士は反対した。
月の巫女に恋していた月の兵士は、月の巫女を闇の牢屋に閉じ込め、自分を愛するように説得したが、月の巫女はそれを拒んだ。
怒った月の兵士は、自分の力が強くなる夜の間だけ、日の兵士の体に乗り移った。
そして、日の兵士のふりをして、月の巫女のもとを訪れた。そうしてようやく月の巫女と結ばれた。
月の兵士は、月の巫女が日の兵士を嫌うように、日の兵士の体を使って月の巫女に酷い振る舞いをした。
けれど日の兵士は夜中の出来事を覚えていない。
月の巫女が嘆き悲しむ理由が分からず、どんどん心が離れていくことに日の兵士も嘆いて、とうとう自らの命を絶ってしまう。
まだ日の兵士を愛していた月の巫女が泣いていると、月の兵士が今度は自分の本当の姿で月の巫女の元にやってくる。
その振る舞いから、自分に乱暴していた日の兵士が、実は月の兵士だったことに気付き、日の兵士を死に追いやったことを嘆いて、月の巫女は狂い死にしてしまう。
月の巫女と本当の日の兵士は、黄泉の国で再会し次の世では今度こそ添い遂げようと誓い合う。
「月の兵士に体を奪われた日の兵士は、なぜ月の巫女が自分を厭うのか分からず、黄泉の国で初めてその理由を知ったの。日の神様と月の神様に、月の兵士のしたことを訴え、月の神様は月の兵士の肉体を滅ぼし、黄泉返りができないように、黄泉の国の神様に頼んだの。けれど、月の巫女に執着する月の兵士は、月の巫女の生まれ変わりを探して、夜になると魂だけで抜け出して、今もこの世をさ迷っている、そうして、幸せな恋人達を引き裂こうと狙っている……まあ、こんな感じ、かな」
「何と言うか………生まれ変わっても狙われているって、キツくないですか? せっかくなら、月の兵士、黄泉の国に完全に閉じ込めておいてくれればいいのに」
「まあ、これには一応、オチがあってね。悪霊となった月の兵士が見境なく恋人達を引き裂こうとするのを防ぐために、日の神様と月の神様が、お守りを作ったのよ。それを持っていれば、恋人や夫婦の破局を防いで幸せに添い遂げることが出来ますよ、って。そういうご利益があるお守りを、うちの田舎の神社が売っているわけ」
「……神社の宣伝、ですか?」
「まあ、神社の謂われなんて、たいてい最後は『だから、うちにお参りすればご利益ありますよ』って話に収まるもんよ。夫婦円満で子宝安産はお守りのスタンダードだしね」
「……その神社って、遠いんですか?」
「うちの田舎の神社は、遠いけど……」
同じ神様を祀っている系列の神社なら、すぐ近くにもあると女性は教えてくれた。
「まあ、気休めかも知れないけどね。それに理由は他にもあるかもしれないんだし、ちゃんと話し合った方がいいわよ? 保内さん、自分ひとりで溜め込んじゃうところもあるから、きちんと聴いて上げて?」
女性にお礼をいい、尭司はその神社に向かった。電車だと路線が違うので乗り換えが必要だが、直線距離はそれほど遠くない。尭司はジョギング代わりに走っていくことにした。
途中道を尋ねたり休憩を入れながら1時間ほど走ると、目的の神社にたどり着いた。
鬱蒼とした林の中に佇む、小さな神社。
それほど有名な神社ではないらしく、日曜日でも閑散としていた。一応社務所は開いていたので、お参りしてから覗きに行く。
家内安全、交通安全、学業成就、安産祈願、等々、一通りのお守りが揃っていた。もちろん、恋愛成就も。
男ひとりで恋愛成就のお守りだけを買うのも、何となく気恥ずかしく、交通安全のお守りと一緒に頼み、ふと、目についたものがあった。
「ああ、これは厄除けのお守りです。うちのご祭神、日と月の神様が力を合わせて作った『魔除けの鏡』を模したモノです」
一見するとただの円形の鏡だが、よく見ると中央に線が見える。表面でなく、内部に溝が入っているのだろうか。2つの勾玉を対にした、いわゆる陰陽紋、というやつだろう。
片手に収まる手鏡のサイズのものと、メダルくらいの大きさのキーホルダー状ものがあった。
尭司はしばらく考えて、それぞれ2つずつ購入した。
手鏡サイズのものはカバー付で色も選べるようになっていた。紺色と緋色の二種類を選ぶ。
お守りを手に入れ、尭司は帰途につく。
亜夜果に早く渡したいが、今日の今日のでは気まずい。
それに、さすがに疲労困憊だ。明日の当番勤務のことを考えると、体を休めた方がよい。
メダルサイズの厄除け守りを財布にしまい、手鏡は亜夜果に渡す分も含めて机の上に置いた。
こんなものが役に立つとは思えないが、それでも気休めには、なる。
入浴し、食事を摂るが、その味気なさにゲンナリする。
わずかな期間に、自分の舌や体は贅沢になってしまったようだ。
亜夜果のご飯が食べたいな……。
もちろん、食事そのものだけでなく、そこには亜夜果もセットでいてくれなければならない。
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