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23、鈍く重い音が園内に響く
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拓光とマクスウェルは、アリサに言われた通りにとにかくふあふあちゃんを潰して回った。マクスウェルは持っていたそのライフル銃でとにかく撃ちまくる。拓光も、落ちていた鉄材の棒を振り回して、ふあふあちゃんを潰していく。
ふあふあちゃんは、自由自在に動き回るものの、その見た目通りの柔らかさで、潰すのはそう難しいことではなかった。
「ただ……やっぱりキリがないな」
と、マクスウェルは呆れたように呟く。
三体潰しても、どこからともなく五体が現れてくる。
「これ、本当に意味があるのかな」
鉄の棒をバットのように振り回しながら、拓光は天を仰いで愚痴のようにこぼす。
「さあ。でも今はとにかく、こうし続けるしかないやろ」
「まあ、そうだけ……ど!」
と、拓光は鉄の棒を振り抜く。それが一体のふあふあちゃんを捉える。ふあふあちゃんは、クラッカーが弾けるようにして消える。マクスウェルも三発の発砲で三体のふあふあちゃんを潰す。
とにかく、今はアリサを信じてふあふあちゃんを潰し続けるしかない。
上空には鉄の龍が悠然と漂っている。拓光とマクスウェルがこれだけ派手に暴れていても襲ってこないということは、やはりあの龍の目的は柏木アリサなのだろう。いや、初めからあの青の魔女は柏木アリサだけが不安要素だと言っていたではないか。ならば、青の魔女が操るあの鉄の龍が、拓光にもマクスウェルにも興味を示さないのは至極当然のことだ。そして、いちばん最初にアリサに向かって攻撃して以降、ずっとああして空を飛び続けているということは、今はまだ、アリサを見つけられていないということだろう。
園内に溢れるふあふあちゃんも、基本的にはアリサを探すことを優先しているのか、拓光とマクスウェルに対して、積極的に襲いかかってきたりはしない。
けれども、そのことにマクスウェルは少し、違和感を覚える。
青の魔女が柏木アリサを集中的に狙いたがる理由はわかる。彼女の言う通り、切り取られ、彼女の手中に収められた秋馬市。この状況に風穴を開けられる可能性があるのは、アリサだけだろう。その可能性を先程アリサ自身が証明してみせた。青の魔女の魔力を取り込み、自らの力に変えてしまうことが、アリサにはできる。柏木アリサという、この時代に生きる魔女と、遥か彼方の未来からやってきた青の魔女が、元をたどれば同一人物だからこそ起こりうる、世界で唯一のいびつな事象。青の魔女にとって、それだけが最大の問題点なのだろう。ゆえに、彼女は柏木アリサを説得しようとした。そして、それに失敗し、今度は実力行使でアリサを封じ込もうとしている。
けれども、魔女という存在は不死であり、それはアリサにとっても例外ではない。つまり、柏木アリサは死なないのだ。ここでどんなにアリサを痛めつけようとも、殺すことなどできない。ならば、根本的な問題の解決にはならないのではないか。もちろん、青の魔女もそんなことは織り込み済みだろう。ここでアリサがもう何の抵抗もしたくなくなるくらいに精神的に痛めつける、というのが目的なのだろう、というのもわかる。けれども、それならば彼女のやっているこの手法はあまりに非効率的にもみえる。
精神的にアリサを追い込もうとしているのだとしたら、あまりに直接的に肉体にダメージを与えようとしすぎている。
もちろん、肉体的なダメージを負い続ければ、精神的にもダメージは負うだろう。どんなにあがいても、絶対に届かないものがあるのだと思い知らせるには、完膚なきまでに打ち負かすというのは非常に効果的だ。けれども、肉体的な負荷が精神に影響を及ぼさない稀有なタイプの人間も、世の中には存在するのだ。そして、アリサは間違いなくその手のタイプの人間だ。
青の魔女がアリサに告げた、救いようのない未来。そんなものを聞かされてもなお、アリサは青の魔女に対して、貴方は私とはまったくの別人だ。と、言い切った。自分はそんな風にはならない。そんな風に思ってしまうような人間になってしまった貴方は、もはや自分とは別人の誰かだ、と。そう言い切ってしまえるほどに、柏木アリサという少女は強いのだ。
そんなタイプの人間を相手取るのならば、攻撃すべきはその肉体ではなく精神であるべきなのだ。
例えば、彼女と親しい友人を人質に取る。その人質を彼女の目の前で、無残に殺してみせる。そうして徐々に彼女の親しい人物を傷つけていく。そっちのほうがよっぽど効果的に柏木アリサを追い詰められるはずだろう。そして、そのために必要な人物である拓光は今、ここにいる。ならばまずは拓光を攫ってしまい、アリサの前で痛めつけてしまうほうがよほど効率的だと思う。
なのに、なぜか青の魔女はこんなにも非効率的な手段をとっている。
もちろん、それが青の魔女のただの余裕なのだと言われれば、言い返すこともできないのだけれども。
彼女はアリサを遥かに凌ぐ力を持っている。彼女が切り取ったこの秋馬市内において、青の魔女は神のような存在だと言っても過言ではない。
結局のところ、青の魔女が柏木アリサをどうしようと思っているのか、なんてことはわかるはずもないのだ。九十万年近く生きてきた魔女の思考なんて、読めるはずもない。
目の前を通り過ぎようとしたふあふあちゃんに向けて、マクスウェルはライフルの銃口を向ける。今はとにかく、この状況から抜け出さなければいけない。魔女を倒すにしても、説得するにしても、まずはあの上空を飛んでいる龍をどうにかしなくては。
照準を合わせる、なんてことはしない。弾はたくさんあるのだから、とにかく撃つ。通りがかったこのふあふあちゃんも、他のふあふあちゃん同様に、クラッカーが弾けるように派手に潰れる。
ぱあん、ともはや聞き慣れた発砲音に飽き飽きしてきたマクスウェルと拓光の耳に突如、大きな雷鳴のような音が響く。
地面を揺らし、皮膚をピリピリと刺すような空気の震動。
拓光とマクスウェルは空を見上げる。
思った通り、鉄の龍が高度を下げ始めている。
「柏木が見つかったのか」
と、不安げに拓光はその龍を見つめる。
「大丈夫やろ、柏木さんもそう言っとったし」
そうは言うものの、マクスウェルの表情も陰っている。
龍は高度を下げ、どんどんと地上に迫る。再び、その首を大地に叩き付けるのだろう。と、拓光とマクスウェルは揺れに備えて身構えるものの、龍は首を地面にたたきつける直前で動きを止める。
「?」
アリサが何らかのアクションを起こしたのか、それともあの龍に何らかのアクシデントが起きたのか。とにかく、その動きが止まってよかった、と思ったその時だった。
鉄の龍は大きく口を開く。そして、空気が重くなる。まるで水中にいるかのように身体が重い。次第に呼吸さえもままならなくなりかけ、騒がしく色々な音を奏でていた遊園地の音が消えた。それは、本当にほんの一瞬。沈黙や静寂というよりも、空白と呼ぶのが一番近い表現かもしれない。
その空白の次の瞬間、龍の口が紫色の光を放った。
まるで、巨大な怪物が地面を踏みつけるような、鈍く重い音が園内に響く。
「なんだよ、アレ。あいつ、口からあんなもんまで出せんのかよ」
「まるでゴジラやな……」
約五秒。龍が口から光線を吐いていたのはそれくらい短い時間だ。けれども、遠く離れている場所からでも、そんな短い間だけで、その光線の受けた場所一帯が壊滅状態になっていることくらいはわかる。
「柏木、本当に大丈夫なのかな?」
「まあ、魔女は不死やし、死んではないやろうけど……無事ではないかもな」
柏木アリサが無事ではないかもしれない。
「っ……!」
そう聞いてじっとしていられるわけがない。
とにかく、あの龍が破壊したあの場所にアリサがいるはずだ、と拓光は駆け出す。
「あ、ちょっと待てや。僕たちが行ったところで、できることなんかなんもないよ。むしろ柏木さんの邪魔するだけや。僕たちは彼女の言う通り、ふあふあちゃんを潰してプラナをできるだけ供給できるようにするしかないって」
マクスウェルの言っていることはきっと、正しい。けれども、それでも拓光は走る。ここで走ることのできない自分がいればきっと、後悔するはずだと知っているから。すべてが終わってから、すべてを知らされ、よく頑張ったね、と労うよりも。すべてを知り、すべてを感じながら、その場で頑張れ、と応援したい。
「ああ、もう!」
走ることをやめない拓光の背中が小さくなる。その背中を見て、マクスウェルは憤りを覚えながらも、追いかける。
口から光線を吐き終えた龍は、再び上昇し始めている。
ふあふあちゃんは、自由自在に動き回るものの、その見た目通りの柔らかさで、潰すのはそう難しいことではなかった。
「ただ……やっぱりキリがないな」
と、マクスウェルは呆れたように呟く。
三体潰しても、どこからともなく五体が現れてくる。
「これ、本当に意味があるのかな」
鉄の棒をバットのように振り回しながら、拓光は天を仰いで愚痴のようにこぼす。
「さあ。でも今はとにかく、こうし続けるしかないやろ」
「まあ、そうだけ……ど!」
と、拓光は鉄の棒を振り抜く。それが一体のふあふあちゃんを捉える。ふあふあちゃんは、クラッカーが弾けるようにして消える。マクスウェルも三発の発砲で三体のふあふあちゃんを潰す。
とにかく、今はアリサを信じてふあふあちゃんを潰し続けるしかない。
上空には鉄の龍が悠然と漂っている。拓光とマクスウェルがこれだけ派手に暴れていても襲ってこないということは、やはりあの龍の目的は柏木アリサなのだろう。いや、初めからあの青の魔女は柏木アリサだけが不安要素だと言っていたではないか。ならば、青の魔女が操るあの鉄の龍が、拓光にもマクスウェルにも興味を示さないのは至極当然のことだ。そして、いちばん最初にアリサに向かって攻撃して以降、ずっとああして空を飛び続けているということは、今はまだ、アリサを見つけられていないということだろう。
園内に溢れるふあふあちゃんも、基本的にはアリサを探すことを優先しているのか、拓光とマクスウェルに対して、積極的に襲いかかってきたりはしない。
けれども、そのことにマクスウェルは少し、違和感を覚える。
青の魔女が柏木アリサを集中的に狙いたがる理由はわかる。彼女の言う通り、切り取られ、彼女の手中に収められた秋馬市。この状況に風穴を開けられる可能性があるのは、アリサだけだろう。その可能性を先程アリサ自身が証明してみせた。青の魔女の魔力を取り込み、自らの力に変えてしまうことが、アリサにはできる。柏木アリサという、この時代に生きる魔女と、遥か彼方の未来からやってきた青の魔女が、元をたどれば同一人物だからこそ起こりうる、世界で唯一のいびつな事象。青の魔女にとって、それだけが最大の問題点なのだろう。ゆえに、彼女は柏木アリサを説得しようとした。そして、それに失敗し、今度は実力行使でアリサを封じ込もうとしている。
けれども、魔女という存在は不死であり、それはアリサにとっても例外ではない。つまり、柏木アリサは死なないのだ。ここでどんなにアリサを痛めつけようとも、殺すことなどできない。ならば、根本的な問題の解決にはならないのではないか。もちろん、青の魔女もそんなことは織り込み済みだろう。ここでアリサがもう何の抵抗もしたくなくなるくらいに精神的に痛めつける、というのが目的なのだろう、というのもわかる。けれども、それならば彼女のやっているこの手法はあまりに非効率的にもみえる。
精神的にアリサを追い込もうとしているのだとしたら、あまりに直接的に肉体にダメージを与えようとしすぎている。
もちろん、肉体的なダメージを負い続ければ、精神的にもダメージは負うだろう。どんなにあがいても、絶対に届かないものがあるのだと思い知らせるには、完膚なきまでに打ち負かすというのは非常に効果的だ。けれども、肉体的な負荷が精神に影響を及ぼさない稀有なタイプの人間も、世の中には存在するのだ。そして、アリサは間違いなくその手のタイプの人間だ。
青の魔女がアリサに告げた、救いようのない未来。そんなものを聞かされてもなお、アリサは青の魔女に対して、貴方は私とはまったくの別人だ。と、言い切った。自分はそんな風にはならない。そんな風に思ってしまうような人間になってしまった貴方は、もはや自分とは別人の誰かだ、と。そう言い切ってしまえるほどに、柏木アリサという少女は強いのだ。
そんなタイプの人間を相手取るのならば、攻撃すべきはその肉体ではなく精神であるべきなのだ。
例えば、彼女と親しい友人を人質に取る。その人質を彼女の目の前で、無残に殺してみせる。そうして徐々に彼女の親しい人物を傷つけていく。そっちのほうがよっぽど効果的に柏木アリサを追い詰められるはずだろう。そして、そのために必要な人物である拓光は今、ここにいる。ならばまずは拓光を攫ってしまい、アリサの前で痛めつけてしまうほうがよほど効率的だと思う。
なのに、なぜか青の魔女はこんなにも非効率的な手段をとっている。
もちろん、それが青の魔女のただの余裕なのだと言われれば、言い返すこともできないのだけれども。
彼女はアリサを遥かに凌ぐ力を持っている。彼女が切り取ったこの秋馬市内において、青の魔女は神のような存在だと言っても過言ではない。
結局のところ、青の魔女が柏木アリサをどうしようと思っているのか、なんてことはわかるはずもないのだ。九十万年近く生きてきた魔女の思考なんて、読めるはずもない。
目の前を通り過ぎようとしたふあふあちゃんに向けて、マクスウェルはライフルの銃口を向ける。今はとにかく、この状況から抜け出さなければいけない。魔女を倒すにしても、説得するにしても、まずはあの上空を飛んでいる龍をどうにかしなくては。
照準を合わせる、なんてことはしない。弾はたくさんあるのだから、とにかく撃つ。通りがかったこのふあふあちゃんも、他のふあふあちゃん同様に、クラッカーが弾けるように派手に潰れる。
ぱあん、ともはや聞き慣れた発砲音に飽き飽きしてきたマクスウェルと拓光の耳に突如、大きな雷鳴のような音が響く。
地面を揺らし、皮膚をピリピリと刺すような空気の震動。
拓光とマクスウェルは空を見上げる。
思った通り、鉄の龍が高度を下げ始めている。
「柏木が見つかったのか」
と、不安げに拓光はその龍を見つめる。
「大丈夫やろ、柏木さんもそう言っとったし」
そうは言うものの、マクスウェルの表情も陰っている。
龍は高度を下げ、どんどんと地上に迫る。再び、その首を大地に叩き付けるのだろう。と、拓光とマクスウェルは揺れに備えて身構えるものの、龍は首を地面にたたきつける直前で動きを止める。
「?」
アリサが何らかのアクションを起こしたのか、それともあの龍に何らかのアクシデントが起きたのか。とにかく、その動きが止まってよかった、と思ったその時だった。
鉄の龍は大きく口を開く。そして、空気が重くなる。まるで水中にいるかのように身体が重い。次第に呼吸さえもままならなくなりかけ、騒がしく色々な音を奏でていた遊園地の音が消えた。それは、本当にほんの一瞬。沈黙や静寂というよりも、空白と呼ぶのが一番近い表現かもしれない。
その空白の次の瞬間、龍の口が紫色の光を放った。
まるで、巨大な怪物が地面を踏みつけるような、鈍く重い音が園内に響く。
「なんだよ、アレ。あいつ、口からあんなもんまで出せんのかよ」
「まるでゴジラやな……」
約五秒。龍が口から光線を吐いていたのはそれくらい短い時間だ。けれども、遠く離れている場所からでも、そんな短い間だけで、その光線の受けた場所一帯が壊滅状態になっていることくらいはわかる。
「柏木、本当に大丈夫なのかな?」
「まあ、魔女は不死やし、死んではないやろうけど……無事ではないかもな」
柏木アリサが無事ではないかもしれない。
「っ……!」
そう聞いてじっとしていられるわけがない。
とにかく、あの龍が破壊したあの場所にアリサがいるはずだ、と拓光は駆け出す。
「あ、ちょっと待てや。僕たちが行ったところで、できることなんかなんもないよ。むしろ柏木さんの邪魔するだけや。僕たちは彼女の言う通り、ふあふあちゃんを潰してプラナをできるだけ供給できるようにするしかないって」
マクスウェルの言っていることはきっと、正しい。けれども、それでも拓光は走る。ここで走ることのできない自分がいればきっと、後悔するはずだと知っているから。すべてが終わってから、すべてを知らされ、よく頑張ったね、と労うよりも。すべてを知り、すべてを感じながら、その場で頑張れ、と応援したい。
「ああ、もう!」
走ることをやめない拓光の背中が小さくなる。その背中を見て、マクスウェルは憤りを覚えながらも、追いかける。
口から光線を吐き終えた龍は、再び上昇し始めている。
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