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第一章 始まりの街

第一話 迫る巣立ち

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「ポケットの中には何が入っているでしょ~か!」

 この世界には概念の数だけ神様がいる。
 そしてその神様たちはいつも僕たち『人』を見守っていて、気になった人を見つけるとご自身の力の一部を貸し与えてくれるのだ。

「ちょこ!」

 それが『ギフト』。人と人ならざるものを区別する超常の力。
 人であれば誰もがみんな十歳を迎える年の春に授かり、その種類は人の数だけある。

「きゃんでぃ!」

 人望があればあるほどその剣は冴え渡り、やがては当時世界を恐怖のどん底に落とし入れた大魔王デヴァダの首級を討ち取るにまで至った英雄、始まりの勇者でお馴染みベルナールの『人望の剣』。魔法の一を学べば十を知り、十一を学べば百を知る天才的頭脳を持つ魔法の母ソニアの『魔法の理解』などはあまりに有名だ。

「きゃんでぃ!」

 授かるギフトによっては世界を動かすその人自身になることも夢じゃない。

「ましゅまろ!」

 けれども残念ながらこの世界に生きる大抵の人は始まりの勇者や魔法の母のような世界を動かす人ではなく、彼らが生きた時代を動かす代替の利く歯車の一部のそのまた一部にしかなれない。

「う~ん残念。正解はビスケットでした~」

 そしても世の中には存在する。

「え~またびすけっとぉ~」
「レノぉ~チョコとかだしてよ~」
「こら!レノにぃに文句言わない!」

 長年身を寄せている孤児院の一室。僕を中心に広がる子供たちから文句の声が上がる。中には僕を擁護してくれる子がいたがそれは少数で、大多数の子供は両手に広がるビスケットに不満があるようだった。

『不思議ポケット』ポケットを叩くと物が増える。

 十歳になる年の春に訪れた教会で突然聞こえて来た言葉と直接頭に刷り込まれる意味。教会に向かう前、院長先生から色々と話をされていた僕はそれが自分のギフトの名前なんだとすぐに理解した。そして落胆した。何故なら自分はであると分かってしまったから。

「そっか、じゃあビスケット欲しい人だけにあげるよ」
「え、ちょっ」
「ごっごめんって!レノぉ~」
「レノにぃちょーだい」

 僕の言葉を聞き慌てて掌返しを始めた子供たちにビスケットを配りながら思い出すのは五年前に訪れた教会でのこと。

 その年の『宣託』は過去に類を見ない程の豊作年だったらしい。
 慌ただしく動き回る教会の人たちを他所に、親に連れられた街の子供や小さな時からずっと一緒だった孤児院の仲間たちはみんな跳ねて喜ぶか或いは喜びを隠しきれない表情を浮かべていた。落ち込む子供はいない。ただ一人僕を除いて。

 あの日を忘れることは一生ないと思う。
 後に『聖白の世代』と呼ばれる子供たち。そのトリとして宣託を受けた僕のギフトを聞いてあからさまに失望した様子の司教様。孤児院の集団に戻り報告をすると哀れに思った未来の偉人候補たちが僕を囲み慰めの言葉を並べる。そして院長先生に抱きしめられて人目も憚らずに泣き崩れた。

 物を一つ入れた状態でポケットを叩いた回数だけその物が増える『不思議ポケット』は当時騎士になることを夢見ていた僕にとって望んだものから最も遠いギフトだった。

「おいひぃ」
「ぜっぴん」
「レノにぃありがとっ!」
「もぉ、食べてるときにしゃべらないの」

 けれども五年たった今では悪くないかなと思えている。

 孤児院はクルール王国の国教である白聖教の庇護下にあるとはいえ決して裕福ではないからチョコやキャンディ、マシュマロなどの砂糖を多く含む嗜好品を口に出来る機会はゼロと言って良い。あるとしても年に一回開かれる建国記念祭時に貰える一かけらだけ。まだ歯が生えそろっていない子でも一口で食べ切れてしまえる量だ。

 でも僕のギフトならポケットを叩くだけでその一かけらを二かけら、十かけらにすることが出来る。そしてギフトによって増えたお菓子を子供たちに分けてあげるとみんな笑顔になるのだ。

 どんな不幸な過去を持った子でも幸せな気持ちにしてしまうギフト。それって結構素敵なことだと僕は思う。例えこのギフトのせいでこの先行く当てがなくなったとしてもだ。

「あっ、みんなかえってきた!」
「こらっ、食べるか走るかどっちかにしなさい!」

 ビスケットを全員に配り終えた丁度その時、玄関の方から複数の声と足音がした。どうやら宣託を教会で済ませて来た子供たちが戻ったらしい。ビスケットを口に咥えた子供たちが僕の周りを離れて玄関の方へと駆け出していく。

「こらっ、食べるか走るかどっちかにしなさい!」

 みんなのお姉さんクロエが注意すると子供たちは少しだけ足を緩めた。

「いつもありがとね、クロエ」
「…なによいきなり」

 ついこの間まで頻繁にお寝しょして泣いていた子が今では年少組のまとめ役になりつつあることを思うととても感慨深い。十五歳になったばかりだというのに随分と爺臭いな、僕。

「クロエはもう立派なお姉さんだなぁって」
「そ、そう?…わたし、リーズねぇみたいに出来てるかしら」

 薄茶色の頭を撫でると彼女は頬を桃色に染め上目遣いで聞いてきたので迷うことなく頷いた。

「もちろんさ。リーズ以上にお姉さん出来てるよ」

 四年ほど前に孤児院を巣立った僕と同い年のリーズは喧嘩両成敗、拳骨で子供たちを従えていたからね。手を出さずに年少組を纏めつつあるクロエはあの女ガキ大将よりずっと立派なお姉さんだ。

「レノ兄!帰ってきたぞ!」
「帰還ッ!」

 そうしてクロエと話していると部屋の扉から先ほど玄関に向かっていった子供たちと彼らより一回り大きな子供たちが姿を現した。望み通りのギフトを授かることが出来たのだろう。暗い顔をしている子供が見た感じ一人もいないことに心底安堵した。

 そうだ、それでいい。宣託とは本来そうあるべきものなんだ。

「チョコもらったから増やしてくれっ、そんでもってみんなで食おうぜ!」

 一安心していると気づけば目の前にヤンチャそうな男の子がいた。ディオンだ。
 どうやら年少組に集られる前に僕の目の前まで来たらしい。突き出された彼の手の上には一かけらのチョコがあった。

「ありがとなディオン」
「おう…なんだよ気持ちわりぃな」

 この子も随分と成長したなぁ。
 昔は俺のモノは俺のモノ、お前のモノも俺のモノと所有欲が強く傲慢な節があったけど今では率先して年少組のお兄さん役を引き受けてくれる。リーズの鉄拳制裁が効いたんだろうね。

「はは、そう言うなって」

 ディオンからチョコを受け取った僕はいつもの要領でポケットに受け取ったチョコを入れ、ポンポンと叩きチョコを増やす。この場にいる子供たち全員に行き渡るまでの個数が揃ったときにはすでにチョコ待ちの長蛇の列が出来ていた。

 その列があまりにも綺麗だったので前から後ろの方へゆっくりと視線を動かすと途中途中に宣託から帰ってきた子たち含めた年長組がいて、抜かすなよ~とまだ落ち着きのない年少組を行儀よく並ばせていた。

 そして最後尾まで見終わるとその後ろに院長先生が立っていることに気づく。

「……」
「……」

 互いの視線がぶつかる。
 いつもは慈愛に満ちた瞳の中に差す悲しみの色を見つけた。

「クロエ、ディオン…ありがとね」
「なんか変よ?レノにぃ」
「そうだ、変だ!」
「はは、そうかな……そうかもしれないね」

 孤児院を去る日がすぐそこに迫っていることを僕は悟った。
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