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short stories
迎え火 3
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夕暮れの中、迎え火が焚かれていた。
小さな炎が、色もなく揺れる。
熱い空気が立ちのぼり、燃やす人の顔も揺らいで見える。
鈴虫が、力の限り、鳴いていた。
「そうですか。墓に参られましたか」
座卓に向かい、蒼の父親が、足を崩した。
「あそこらへんも、すっかり開発されて。昔は、お花ひとつ、買えなかったのにねえ」
母親が茶托に乗せた湯呑を差し出す。
濃い緑色のお茶に浮かせた氷が、幽かな音を立てた。
「スーパー、できてましたね。バスの窓から見えましたよ」
如才なく、豪太が話をつないでいる。
胡坐をかいて、すっかりくつろいでいた。
蒼の、家。
蒼の、両親。
遼は、顔を上げられなかった。
正座をして俯き、自分の膝に乗せた手をじっと見ていた。
「柳ヶ瀬遼さん、」
長い言葉の切れ目に、とうとう、父親が声をかけてきた。
遼は、はっと顔を上げた。
「葬式の日、私はあなたに、ひどいことをしました。せっかく来てくださったのに、追い払ってしまって」
遼は、激しく首を横に振った。
「僕こそ、蒼……さんを、救えなかった」
長い年月、この人たちに言わなければならないと思い詰めていたことを、とうとう、口にした。
「蒼さんを、見殺しにしてしまったようなものです。本当に申し訳ありませんでした……」
泣いてはいけない、と遼は思った。
この人たちの悲しみに、敬意を払わなければならない。
それなのに、声が出ない。
今にも、涙が溢れそうだった。
その時、テーブルの下で、隣に座った豪太の膝が、とん、と遼の腿に触れた。
「何を謝り合戦してんですか」
からりと豪太は笑った。
墓参りの後、遼は豪太に引きずられるようにして、蒼の実家に連れてこられた。
ものすごく敷居が高いと思っていたのに、蒼の両親は、温かく、彼を迎え入れてくれた。
「これね、蒼のアルバム」
席を外していた母親が、古いアルバムを持って戻ってきた。
「わあ……」
遼の顔が、ぱっと輝いた。
「これ、お七夜。それからこれが……」
次々とページを繰っていく。
赤ちゃん時代、保育園、小学校……。
父親も加わって、ああだった、こうだったと、楽しそうに話がはずむ。
遼は、夢中になって見ている。
時折、愛しそうに、前のページに戻ったりしている。
豪太はそれを、複雑な目で見ていた。
ちらりと、時計を見上げる。
「そろそろ……」
豪太が言うと、慌てたように、父親が立ちあがった。
「わたしらとしたことが、まあ、お引き留めしてしまって」
「遠くからいらして、お疲れでしたろうに。申し訳ないことでした」
母親も頭を下げる。
「今夜は、どうなさる」
「駅前に、ホテルを取ってあります」
父親が問うのに、真面目くさって、豪太が答えている。
「まあまあ、そんな。この家に、お泊めしましたものを」
「いや、母さん。かえって、気を使わせてしまうよ」
二人そろって、庭先まで見送ってくれた。
「……私は、あなただと思っていましたよ、弁護士さん」
少し遅れて、豪太と並んで外へ出た父親が、ぼそりとつぶやいた。
「あの、……。知っていらした?」
「もちろん。あの子が、そうなのは、昔からだったから。あんたに、強引なこと、してなければいいがと、そればかりを思ってた」
「僕と蒼さんは、本当にいい友達でした」
「……葬式の時、追い返したりしなければ……もっと早く、わしらは、柳ヶ瀬さんのことを知ることができたろうに。ずっと……、お盆や命日の前日に、……花を手向けてくれて……」
「彼は、そういう人なんです。情が深くて、強い人です」
「また来てくださる?」
遼の前に立って、門に続く敷石の上を前後になって歩きながら、蒼の母親が言った。
「……よろしければ」
「来て下さい」
「あの、……お辛くないですか?」
「なぜ?」
「蒼……さんは、いないのに、同じ会社にいた僕は、ぴんぴんしてて……」
「辛くなんかないわ。あなたを見ていると、あの子の人生は、幸せだったんだな、ってわかるもの」
「……すみません」
「なぜ、謝るの?」
「蒼さんのこと……もっと……」
「しようがないのよ。それが、あの子の運命だったから。あなたのせいじゃない」
振り返り、母親は、遼と並んだ。
「また来てくださいね。できたら、お正月とか、ゴールデンウィークとか、……楽しい時に。豪太さんと一緒に」
「……石川と?」
「私たちの、子ども夫婦が、帰省するように」
「……」
遼は、息を飲んで立ち止まった。
その背を、彼女は、そっと抱いた。
「そしたら、あなたを、太らせてあげられるわ」
「母さん、何を無理、言ってるんだ?」
後ろから追いついた父親が声を掛けた。
「長い休みは、柳ヶ瀬さんも石川さんも、ご実家に帰らなきゃならないだろ?」
「僕はいいです」
遼は言った。
「でも、石川は……」
「ああ、実家に顔を出したら、こちらにお邪魔しますよ。なんかね。妹が結婚して家を取るとか言ってますし。そしたら僕は、小舅? だから」
そう言って豪太は、すっ、と遼に寄り添った。
そんな二人に目を向け、ためらいがちに、母親がつぶやいた。
「二人とも……、ここを実家だと思ってくれたら、とても嬉しい」
「第二の実家だ」
父親が口を出した。
「自分の故郷は、大切にしなさい」
遼と豪太は頷いた。
蒼の両親は、いつまでもタクシーを見送っていた。
街頭に照らされたその姿が豆粒ほどになって、とうとう見えなくなってしまうまで、遼と豪太は、後ろを振り返って見ていた。
「石川、ありがとな」
幽かな声が聞こえた。
「え? あ? なにかな」
遼の声ではなかったような気がして、思わず、豪太は聞き返した。
「豪太、ありがと」
ちゃんと、遼の声だった。
「……」
豪太の手が、ごそごそと動いた。
遼の手を探り当て、しっかりと握りしめた。
fin
【SSから入られた方へ】
太田蒼は、パワーネット・コンサルティング社で、遼の一年後輩でした。この時点から四年前に、過労死を疑われる状況で亡くなっています。
その時、弁護人として両親方についたのが、蒼の友人だった、石川豪太です。
生前、蒼は、豪太に、町の法律相談会で出会いました。働き過ぎの遼のことを心配して、相談に行ったのです。
ですから、豪太に、遼のことを教えたのは、蒼です。
豪太は、ブラック企業だと知らされていたのに、みすみす蒼を死なせてしまったことに、深い後悔を抱いています。そして、遼だけは救おうと決意します。
蒼の死で、絶望に打ちのめされたのは遼です。
遼と蒼の関係は、なかなか、複雑なものでした。
そして、蒼の立場からすると、
豪太と言う男は、自分が死んだ後、
大事な遼に迫りまくり(怒)、
とうとうくっついちゃったわけですから(怒怒怒……)。
詳しくは「白く輝く強い羽根」本文をお読みください。
応援ありがとうございます!
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