7 / 31
玉ねぎ革命
7 タチカワ拘置所襲撃
しおりを挟む
暴動は、スーパー伝兵衛だけではなかった。
あちこちのスーパー、小売店、ガソリンスタンドや野菜直売所からも、人が雪崩のように溢れ出てくる。
初めは、めくらめっぽう突き進む集団に過ぎなかったが、次第に統制が取れてきた。
「国は軍に首都鎮圧を命じたぞ!」
魔法石の破片でできたスマホを覗き込んでいた若者が叫んだ。
「応戦だ!」
「武器が必要だ!」
マスクを掛けた男が両手を振り回す。
「え? 武器?」
平和ボケした人々にはぴんとこない。中には地方から上京してきて、ピクニック気分でデモに参加した者もいた。
「武器って何?」
「竹刀とか木刀とかぬんちゃくとか? サスマタなら学校に常備してあるぞ」
不審者対策の一環として、教師が侵入者に立ち向かえるよう、学校にはサスマタが配備されるようになっている。
マスク男は首を横に振った。
「いや、取り押さえるのではない。攻め入るのだ。せめてH&K P2000が欲しい」
「なにそれ?」
「銃だ」
歓声が上がった。
「でも、銃なんてどこにあるの?」
「ヨコタ基地とか」
と、マスク男。
最初に尋ねた青年が首を横に振った。
「ユーサ合衆国の基地を襲うの? それは無理」
前回の世界大戦で、ジパングはユーサ合衆国にボロ負けした。植民地化は免れたが、合衆国軍を受け容れ、その軍事基地としての役割を押し付けられている。
「国王軍が首都へ向かっているぞ! せっかくの決起も、このままでは、戦わずに鎮圧されてしまう。とにかく武器を調達しなければ!」
魔法石のスマホをスクロールして、再び若者が注意喚起する。
「刑務所を襲ったらどうかしら」
髪の長い娘が提案した。
「囚人の脱走とかに備えて、あそこになら、武器がある筈よ」
彼女はBLマニアだった。この世界には、刑務所モノという一大ジャンルがある。
「おお! その手があったか!」
目的を見つけ、再び、歓声が上がる。
「それにあそこには、邪悪な思想犯が収容されている」
ポロシャツ姿の中年の男が腕を組んだ。
「やつらは国王陛下に国債を継続的に発行するよう進言し、おかげで国の借金は、天文学的な数字に上った」
少し前まで、ジパングはデフレだった。思えばよい時代だった。給料は安くても、食料初め全てが手の届く値段だったので、昇給がなくても、なんとかやっていけた。
それなのに、まるでデフレが悪いことのように説いて回る一群の者たちがいた。あらゆる機会をとらえ、彼らは国王に対しインフレを要求した。
無責任なこうした経済学者たちの意見を受け容れ、国王ヤマト16世は国債や紙幣を増やした。
だが、見よ!
大量のお札の印刷など、町の印刷屋にだってできる。政策が伴わなければ、人々の昇給には決して結びつかない。ハイパーインフレを招くだけだ。
そして今、物価高騰は、食料、日常品にまで及び、一向に給料の上がらない人々を生活苦に叩き込んでいる。
その上国の借金は国威を下げ、国際的に、ジパングを三流国家に突き落としてしまった。
「ジパングをインフレーションのドツボに突き落とした思想犯らに制裁を!」
「国王陛下は、悪い思想犯のやつらに騙されて、誤った政策を行われた」
「陛下を悪い思想犯の手から救え!」
一同、隊列を組んで、タチカワ拘置所へ向かった。
牢獄は、比較的手々薄だった。中にいたのは、数人のコソ泥ばかりだったからである。
「ヤマト16世万歳!」
人々は雄叫びを上げ、タチカワ拘置所を襲撃した。
武器を奪い、ついでに思想犯どもに一矢報いる為に。
とはいえ、おとなしい国民性ゆえか、彼らは、局長を殺害し、その首をサスマタのてっぺんに刺して運ぼうなどとは考えなかった。
ただ、スマホを見ながら、拘置所になだれ込んだだけだ。
幸い、というか、あいにく、思想犯は収容されていなかった。というか、彼らはとうの昔に、書店から自分の著書を引き上げ、web上の記事を消し、口を噤んで澄ましていた。古本やキャッシュなど、見て見ぬふりである。
なお、トーキョーの知事やお偉いさん達が殺害されることもなかった。
これが、世にいう「タチカワ牢獄襲撃」事件である。
事件は、即座に郊外の宮殿にいた国王の元へ齎された。
物価高は、玉ねぎに限ったことではなかった。国王は諮問した有識者会議によれば、インフレは、食料、エネルギー、生活物資、ありとあらゆる分野で加速している、もはやハイパーインフレと呼ぶべきでしょう、ということだった。
国王として、ヤマト16世も精一杯の手を打ったのだが……。
「企業CEO達のやり方では、民は納得できなかったというわけか」
唇を噛み、王は俯いた。
「不吉な予感がしておりました」
深刻な顔で宰相が同意する。
「とうとう一揆が起きたのだな」
「一揆ではございません、陛下」
有識者代表が遮った。声高に続けた。
「これは革命です」
2022年夏、タチカワ牢獄襲撃に端に起きたこの革命は、玉ねぎ革命と呼ばれている。
国民自治政府は議会を開いた。
改めて値下げを要求し、「わたし達も生きさせろ宣言」を採択した。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
※
テーマはもちろん、バスティーユ襲撃(1789.7.14)、ここから大革命の始まりです
※
「これは革命です」と言った有識者は、ロシュフーコー公爵です。王党派の彼は、この少し後にアメリカへ亡命し、ナポレオンのブリュメールのクーデターの後にフランスへ戻っています
※
本文最後の宣言は、同年8月26日「人権宣言」です
あちこちのスーパー、小売店、ガソリンスタンドや野菜直売所からも、人が雪崩のように溢れ出てくる。
初めは、めくらめっぽう突き進む集団に過ぎなかったが、次第に統制が取れてきた。
「国は軍に首都鎮圧を命じたぞ!」
魔法石の破片でできたスマホを覗き込んでいた若者が叫んだ。
「応戦だ!」
「武器が必要だ!」
マスクを掛けた男が両手を振り回す。
「え? 武器?」
平和ボケした人々にはぴんとこない。中には地方から上京してきて、ピクニック気分でデモに参加した者もいた。
「武器って何?」
「竹刀とか木刀とかぬんちゃくとか? サスマタなら学校に常備してあるぞ」
不審者対策の一環として、教師が侵入者に立ち向かえるよう、学校にはサスマタが配備されるようになっている。
マスク男は首を横に振った。
「いや、取り押さえるのではない。攻め入るのだ。せめてH&K P2000が欲しい」
「なにそれ?」
「銃だ」
歓声が上がった。
「でも、銃なんてどこにあるの?」
「ヨコタ基地とか」
と、マスク男。
最初に尋ねた青年が首を横に振った。
「ユーサ合衆国の基地を襲うの? それは無理」
前回の世界大戦で、ジパングはユーサ合衆国にボロ負けした。植民地化は免れたが、合衆国軍を受け容れ、その軍事基地としての役割を押し付けられている。
「国王軍が首都へ向かっているぞ! せっかくの決起も、このままでは、戦わずに鎮圧されてしまう。とにかく武器を調達しなければ!」
魔法石のスマホをスクロールして、再び若者が注意喚起する。
「刑務所を襲ったらどうかしら」
髪の長い娘が提案した。
「囚人の脱走とかに備えて、あそこになら、武器がある筈よ」
彼女はBLマニアだった。この世界には、刑務所モノという一大ジャンルがある。
「おお! その手があったか!」
目的を見つけ、再び、歓声が上がる。
「それにあそこには、邪悪な思想犯が収容されている」
ポロシャツ姿の中年の男が腕を組んだ。
「やつらは国王陛下に国債を継続的に発行するよう進言し、おかげで国の借金は、天文学的な数字に上った」
少し前まで、ジパングはデフレだった。思えばよい時代だった。給料は安くても、食料初め全てが手の届く値段だったので、昇給がなくても、なんとかやっていけた。
それなのに、まるでデフレが悪いことのように説いて回る一群の者たちがいた。あらゆる機会をとらえ、彼らは国王に対しインフレを要求した。
無責任なこうした経済学者たちの意見を受け容れ、国王ヤマト16世は国債や紙幣を増やした。
だが、見よ!
大量のお札の印刷など、町の印刷屋にだってできる。政策が伴わなければ、人々の昇給には決して結びつかない。ハイパーインフレを招くだけだ。
そして今、物価高騰は、食料、日常品にまで及び、一向に給料の上がらない人々を生活苦に叩き込んでいる。
その上国の借金は国威を下げ、国際的に、ジパングを三流国家に突き落としてしまった。
「ジパングをインフレーションのドツボに突き落とした思想犯らに制裁を!」
「国王陛下は、悪い思想犯のやつらに騙されて、誤った政策を行われた」
「陛下を悪い思想犯の手から救え!」
一同、隊列を組んで、タチカワ拘置所へ向かった。
牢獄は、比較的手々薄だった。中にいたのは、数人のコソ泥ばかりだったからである。
「ヤマト16世万歳!」
人々は雄叫びを上げ、タチカワ拘置所を襲撃した。
武器を奪い、ついでに思想犯どもに一矢報いる為に。
とはいえ、おとなしい国民性ゆえか、彼らは、局長を殺害し、その首をサスマタのてっぺんに刺して運ぼうなどとは考えなかった。
ただ、スマホを見ながら、拘置所になだれ込んだだけだ。
幸い、というか、あいにく、思想犯は収容されていなかった。というか、彼らはとうの昔に、書店から自分の著書を引き上げ、web上の記事を消し、口を噤んで澄ましていた。古本やキャッシュなど、見て見ぬふりである。
なお、トーキョーの知事やお偉いさん達が殺害されることもなかった。
これが、世にいう「タチカワ牢獄襲撃」事件である。
事件は、即座に郊外の宮殿にいた国王の元へ齎された。
物価高は、玉ねぎに限ったことではなかった。国王は諮問した有識者会議によれば、インフレは、食料、エネルギー、生活物資、ありとあらゆる分野で加速している、もはやハイパーインフレと呼ぶべきでしょう、ということだった。
国王として、ヤマト16世も精一杯の手を打ったのだが……。
「企業CEO達のやり方では、民は納得できなかったというわけか」
唇を噛み、王は俯いた。
「不吉な予感がしておりました」
深刻な顔で宰相が同意する。
「とうとう一揆が起きたのだな」
「一揆ではございません、陛下」
有識者代表が遮った。声高に続けた。
「これは革命です」
2022年夏、タチカワ牢獄襲撃に端に起きたこの革命は、玉ねぎ革命と呼ばれている。
国民自治政府は議会を開いた。
改めて値下げを要求し、「わたし達も生きさせろ宣言」を採択した。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
※
テーマはもちろん、バスティーユ襲撃(1789.7.14)、ここから大革命の始まりです
※
「これは革命です」と言った有識者は、ロシュフーコー公爵です。王党派の彼は、この少し後にアメリカへ亡命し、ナポレオンのブリュメールのクーデターの後にフランスへ戻っています
※
本文最後の宣言は、同年8月26日「人権宣言」です
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります
cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。
聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。
そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。
村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。
かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。
そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。
やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき——
リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。
理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、
「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、
自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
聖女の任期終了後、婚活を始めてみたら六歳の可愛い男児が立候補してきた!
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
23歳のメルリラは、聖女の任期を終えたばかり。結婚適齢期を少し過ぎた彼女は、幸せな結婚を夢見て婚活に励むが、なかなか相手が見つからない。原因は「元聖女」という肩書にあった。聖女を務めた女性は慣例として専属聖騎士と結婚することが多く、メルリラもまた、かつての専属聖騎士フェイビアンと結ばれるものと世間から思われているのだ。しかし、メルリラとフェイビアンは口げんかが絶えない関係で、恋愛感情など皆無。彼を結婚相手として考えたことなどなかった。それでも世間の誤解は解けず、婚活は難航する。そんなある日、聖女を辞めて半年が経った頃、メルリラの婚活を知った公爵子息ハリソン(6歳)がやって来て――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる