玉ねぎの値段が4倍にっ! 一揆起こしていいですか?――聖女と戦う革命戦争

せりもも

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革命の聖女

5 ヨシツネ、生還

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ジパング王家の娘は、代々、神に愛されている。
中でも太陽神は、殊の外、ジパングの姫が好きだ。

その昔、太陽神がジパングの大地に来たばかりの頃、迷子になった神を、ミエの神殿に案内したのが、王室の娘だったという。王女はこの国の最高神のお気に入りとなった。

以来、王が即位すると、身内の女性がミエのイツキ神殿に送られ、神の御許で、聖女としての日々を送るようになった。

同時にミエの聖女は、「神の花嫁」と称されるようにもなった。


神のお気に入りになったことで、王女には、魔力が授けられた。病気や怪我を治癒させる白魔法だ。また、王女が神の側にい続ける限り、ジパングの国は安泰だと言われている。

だから、代々即位する王は、娘や妹など、自身に近い血縁の王女を、聖女として神に捧げる。


白魔法は、聖女としてミエに籠っている間に、その奥義が授けられる。先祖から王女が受け継いだ神の加護と、ミエの地の霊力が相乗して、初めてその効力を発揮する。いわば、スイッチがオンになるのだ。

魔力は、聖女が純潔を失うまで続く。

13年に亙るミエでの潔斎生活で、わたしは何度か、怪我人や病人を治癒させた。

首都から運ばれてきた人もいれば、地元の人もいた。わたしが聖女だった間に、ミエは大きな地震に見舞われたことがあった。川の堤防が決壊し、洪水が発生した。あの時は、何千人もの人を治療したものだ。




最後の一人が(それはノギだった)テントから出て行くと、わたしは静かに簡易ベッドに近づいた。

髪のくるくるとカールした青年が横たわっていた。

顔色は土気色だった。濃厚な血の匂いがする。彼の軍服は、血まみれだった。腹から大量出血している。どうやら、腹部に被弾したようだ。

気の毒なことに、こんな状態にあってなお、彼は意識があるようだった。ぽっかりと開けた目が、ぼんやりとわたしに向けられる。

表情は、生者のそれとはすっかり変わってしまっていた。鼻筋が異様に高く、反対に目元が落ち窪んでいる。いわば、物質化の一歩手前だ。彼はすでに、死に絡めとられかけていた。


「僕は死ぬのですか?」
掠れた声が尋ねた。苦しみと、それを上回る深い絶望が感じられる。

わたしは、両手を腹部の傷に翳した。目を閉じ五感を研ぎ澄ませて、感じようとする。

テントの外の人々のざわめき、鍋や釜、戦場においても飽きることなく続く日常生活の物音が聞こえる。すぐにそれらは意識から外れ、より微細な音と入れ替わった。木の葉の擦れ合う気配、風が空を渡る音、次の季節が移り替わろうとする足音……。

やがて遠くから、大地の波動が伝わってきた。

太陽神は、生命の神でもある。遠くミエから、白い光が、白い巨大な蛇のように、地を伝ってやってくるのを感じる。

「いいえ。あなたは生きるのです」

乾いた唇を開き、わたしはそう告げた。
それは時には、死よりも残酷な宣告となりうるのだが、この青年には福音だったようだ。にっこりと彼は笑った。





白魔法が効力を発揮し、けが人は、深い眠りに落ちた。
回復の眠りだ。

最初に戻ってきたのも、やっぱりノギだった。

「礼を言うぞ、聖女」
青年の傷が消えているのを確かめると、彼は、涙でぐしゃぐしゃになった顔をわたしに向けた。
「これでヨシツネを故郷に連れていける」

「なぜにあなたの故郷に?」
きょとんとしてわたしは尋ねた。

「妹のムコにと思ってな」
嬉しそうにノギは笑った。泣いたり笑ったり、忙しい男だ。

「ヨシツネは、いい男だ。あんたも見たろう? 敵の総大将さえ、彼の生還を願い、医者を送りつけてきやがる。ヨシツネを狙撃したのは、あいつらなのにな!」

ぎりぎりと歯ぎしりをする。

敵の総大将というのは、さっき中花軍の兵士が言っていた、リュウ大公だろう。わたしの母は中花国出身なので、ひょっとしたら、彼とは血の繋がりがあるかもしれない。だか、ノギの前では、黙っていたほうがいいだろう。


「敵でさえ敬意を示さずにいられないのが、ヨシツネって男さ。その上こいつは、俺を、友達だとぬかしやがる。しかも親友だと。そんな奇特なやつは、ヨシツネだけだ。だから俺はこいつと、一生付き合っていきたいのだ」

「はあ」

「だが、友情などはかないものだからな。賭けてもいいけど、このままだったら今後3ヶ月以内にヨシツネは俺に愛想をつかすね」

そりゃそうかもしれないと、わたしは思った。
この男の強引さでは無理もない。

「だから、もっとしっかり、俺に縛り付けておかなければ。それにはどうしたらいい思う?」

知るか。

「親戚にすればいいのだよ」

呆れた。
鼻を鳴らし、ノギは続けた。

「俺の母さんは父さんと離婚して久しい。父さんの親族は、嫌な奴ばかりでな。ま、母さんの親族もあくどい連中ばかりだが。それはともかく、母さんは父さんの親族と縁切りしたくてうずうずしていているのだが、未だに付き合いが続いている。腐れ縁だからな、親戚というやつは」

「彼を、その腐れ縁の親戚にしたいと?」

矛盾してないか?
だが、ノギは自信満々だった。

「いい考えだろ? 幸い俺の妹は、俺に似てかわいい。財産はないが、もれなく俺という素晴らしい兄がついてくる。ヨシツネにとっても悪い話じゃないと思うんだ」

晴れ晴れとノギは笑った。

「妹のムコになれば、俺の親戚だ。ヨシツネのやつ、いやでも俺と一生付き合わなくてはならないんだ。友達でいるよりよっぽど長続きするご縁ってやつだ!」

もしかして、ヨシツネ准将は、彼岸の彼方に送ってやるべきだったのでは?
軽くわたしは後悔した。






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