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革命の聖女
10 休戦協定
しおりを挟む休戦協定が結ばれ、怪我人の治療もようやくひと段落着いた。
そういえば、ゲンパク先生は、わたしを勝手に戦場に連れ出した件で、コジヒ総司令官から大目玉を喰らっていた。
なぜかノギ准将からも、ねちねち文句を言われていた。彼はゲンパク医師より階級が下のはずだけど。
ノギ准将は、怒ってばかりいる。怖い人だ。
「すまなかったね、聖女。いきなり戦場へなんか連れ出して」
ようやく司令部から解放されると、ゲンパク医師は私に頭を下げた。
「一人でも多く兵士達を救いたかったのだ。医術では限界があった」
わたしは慌てた。
「とんでもない! わたしは聖女ですもの。当たり前のことをしたまでです。それで、あのう……」
気になっていたことを口にする。
「わたし、誰かをひき殺してたりしてはいませんでしょうか?」
「認めよう。確かに神はいる」
「は?」
「あの状態で誰も君の犠牲にならなかったのは、この国の神の起こしたもうた奇跡といえよう」
「……」
ゲンパク医師が慈愛深気な目で、わたしを見つめている。
「時折、君がやんごとなき身分だったことを忘れそうになるよ。故郷の病院で働いていたナースたちと何も変わらない。否、彼女らと同じように崇高だ。とてもあの……」
言いかけてやめた。
「ゲンパク先生。王族は罪を犯したのでしょうか」
代わりにわたしが尋ねる。彼が、父と母……元国王と元王妃を批判しようとしたのがよくわかったからだ。
「誰にも玉ねぎの値上がりは止められなかったさ。君のお父上とお母上のせいじゃない」
医師は応えた。
久々の休戦だという。兵士達は、ある者は休暇をとって帰省し、またある者は、シズオカやナゴヤへ遊びに行ってしまった。
なにしろここ、フジには何もない。霊峰フジヤマの他には。
暇なので、少し歩いてみようと思った。身近に民の暮らしを見るのは大切なことだ。
「あっ、聖女。お出かけですか?」
10歩も歩かないうちに、ヨシツネに声を掛けられた。ミエから拉致され、一番最初にわたしが治療した将校だ。
「ええ、まあ」
言葉を濁す。せっかく見つからないようにそっと出てきたというのに。
「なら、お供を」
「不要です」
わたしは一人で歩きたいのだ。一人で内省する時間が、わたしには必要だ。
「そうおっしゃらずに」
「ヨシツネ准将はお忙しいでしょう?」
中央との連絡やら、新兵の点呼やらで、休戦期間中も将校は仕事が目白押しのはずだ。
「いいえ」
きっぱりとヨシツネが否定する。
すかさずわたしは言い返した。
「コジヒ司令官が探していました。書類仕事をお願いしたいそうです」
「書類仕事?」
ヨシツネの眉間に皺が寄った。
そうよね。書類仕事が好きな人なんかいないわよね。
「そんなものは副官に丸投げすればよろしいのです」
あっさりと言い放つ。
白魔法で怪我を治癒させて以来、彼はまるで仔犬のようにわたしの後をついてくるようになった。どうやら恩人だと思い込み、忠誠を捧げる気になったらしい。
そんな必要はないのに。だって、治療は、聖女の義務のようなものだから。それに彼の傷を治したのは、わたしではない。わたしという「うつわ」を使って、神が治癒させたのだ。
困ったな。
必要以上に感謝されるのは、聖女としてあるまじき悪徳だ。
その時ふと、川沿いに歩いてくるノギ准将の姿が見えた。岩陰を覗いたり、敷いてある筵を上げてその下を見たり、やっていることが不審だ。
つまりこれは、ヨシツネ准将を探しているのだろう。
彼はまだ、ヨシツネを妹と結婚させるという夢を諦めていなかった。
「あら! ノギ准将だわ」
双方に聞こえるように、わざと大きな声を出した。
一瞬、ヨシツネが途方に暮れた顔をした。
彼は、ノギのことは友人だと認識しているようだが、どうやら彼の親戚になるつもりはないらしい。
それはここしばらくのヨシツネとのやりとりで感じたことだった。
ノギにしても、友人で充分じゃないかと、私は思うのだけど。
「おっ、聖女! それにヨシツネじゃないか! お前、いつになったら俺の故郷に来るんだ?」
わたし達の姿を認め、ノギが近づいてくる。
「まあ、そのうちに……」
瞬く間に笑顔を浮かべたヨシツネは立派だった。
「そんなこと言ってると、俺の妹が売れ残るじゃないか。早く休暇を取って、俺の家へ来いよ」
「まずは自分の実家に帰省しようかと思って」
「ダメだ!」
きっぱりとノギが言い放つ。
「実家に帰ると、田舎のじいちゃんばあちゃんが結婚しろしろと大騒ぎをする。そのうち好きでもない女を押し付けられるのがオチだ」
「うちにはじいちゃんもばあちゃんもいないよ」
「父ちゃん母ちゃん」
「両親もいない」
「じゃ、帰ることないだろ」
あっさりとノギが言い放つ。
「さあ、これからコジヒ司令官の所へ出頭して休暇を申請するんだ。俺も一緒についてってやる。それで、俺の実家に来る」
「いや、僕はこれから聖女のお供で……あれ?」
ノギがやって来た時点で、もちろんわたしは、すたこら逃げ出していた。
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