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革命の聖女
11 茶摘み娘
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少し行くと、階段みたいになった畑に出た。茶畑だ。
この辺りは低い山が平地に迫っているので、こういう形で土地の有効利用が行われている。
ちょうど一番茶の頃で、新茶の収穫が行われていた。
「あ、聖女さん!」
赤いたすきに赤い前掛け、豆絞りの頭巾という可愛らしいスタイルの女の子が声をかけてきた。
よくよく見ると、知った顔だった。彼女は、軍付きのファン(非公認)だった。
軍人というのは、人気があるものだ。芸能人なみに追っ掛けがいたりする。
ここの駐屯軍では、特にヨシツネ准将の人気が高かった。童顔巻き毛の彼には、常に駐屯地の外に出待ちがいる。確かこの子も、ヨシツネのファンだ。
彼の命を救ったわたしは、感謝されてもいいと思う。だが、実際は違う。それどころか、何度かこの子から睨まれたことさえある。何やら誤解されているらしい。
誤解の一端は、ヨシツネ自身にもある。彼がわたしの後をついて歩くからだ。
「地元の人だったのですか?」
女の子に尋ねた。追っ掛けは、大抵の子が、軍を追って移動していると聞いていた。
「ううん。バイト」
「あら」
「オシ活にはお金がかかるもん」
からっと、彼女は答えた。
「聖女さんはいいねえ。お金を稼がなくてもオシの側にいれるもん」
「いや、ヨシツネ准将はわたしのオシなどでは……」
「隠してもダメ」
きっぱりと女の子は言い放った。
「ヨシツネの目を見ればわかる」
「ええと……」
どの目だ、いったい。そしてわたしの目はどうなる?
「でも、忠告してあげる。ノギはやめな。あれ、ナシ寄りのナシよ」
そういえば、ノギ准将の出待ちって、見たことがない。
「ノギ准将はわたしのオシなどではありせん」
そこだけはわかってもらわないと。だから、きっぱりと主張した。
「マジで? 草生える~」
言いながらポケットからスマホを出している。本当に彼女らはスマホが好きだ。
「あ、コハルちゃん、ここにいた」
農家の男性がやってきた。段ボール箱を抱えている。
「はい、これ。今日のギャラね」
「わっ、うれピー。ありがとです」
「どういたしまして。また頼むね」
「はい」
泥だらけの段ボールを覗き込むと、玉ねぎがいっぱい詰め込まれていた。
「玉ねぎ……収穫量、戻ったんだ……」
しみじみとした思いだった。
だって、玉ねぎの価格高騰が発端で革命が始まり……。
「聖女さんにもあげようか?」
屈みこんで玉ねぎをより分けていたコハルちゃんが言った。わたしを見上げて、にまあ、と笑った。
「それとも、エシャロットじゃないと、ダメ?」
全身が凍り付いた気がした。
◇
多分、彼女には悪気はなかったと思う。それでも茶畑で会った女の子の言ったことは、深く私の胸を刺した。
その痛みは、駐屯地に帰ってからも消えることはなかった。
「玉ねぎがないならエシャロットを食べればいいのに」
それは、王妃マリコが言った言葉だとされている。王も王妃も処刑されて久しいというのに、この言葉は今でも亡霊のように、国民の間を独り歩きしている。
一度悪い方へ傾くと、思考は、とことん絶望に向かおうとする。
白魔法を用いて治療を続けてきたが、よく考えたら、ここにいるのは、革命軍の兵士達だ。革命政府は、わたしの父と母、叔母、そして恐らく弟を殺した。
つまりわたしは、わたしにとって敵である兵隊たちの治療をしてきたということになる。
いや、彼らだって、ジパングの民だ。革命軍に徴兵されて兵士になっているに過ぎない。一人一人の彼らは、とても善良だ。わたしに対して親切でもある。そばを通りかかると、帽子を取ってお辞儀をしてくれたりする。その様子からは、王家への深い尊敬が感じられる。
けれど彼らはやっぱり、革命軍の兵士なのだ。わたしの家族を殺した革命政府、その軍隊の。
彼らにとってもわたしは、複雑な存在だと思う。
革命前、国民は、わたしの父、ヤマト16世に、純粋な敬意を向けていた。けれど、母に対しては違った。
わたしの母は、中花国の皇女だ。中花国は今の対戦相手だ。その上母は、父を操り、ジパングを捨てさせ、自分の母国へ亡命しようとした……。
「玉ねぎがないならエシャロットを食べればいいのに」
その言葉は、未だに国民の間を独り歩きしている。庶民が玉ねぎを食べられない時に、高価な輸入品であるエシャロットを贅沢に食卓に乗せ続けたという、王妃の浪費伝説とともに。
母の娘として、わたしは、国民に疎まれている筈だ。
本当は、ここの兵士達だって……。
「元内親王はいるか! ここに元王女アオイが匿われている筈だ!」
その時、駐屯地に大声が響き渡った。
「自分達は、首都トーキョーから来た派遣議員である。市民アオイには、革命政府に対する重大な謀叛の疑いがある。すみやかに出てきなさい」
この辺りは低い山が平地に迫っているので、こういう形で土地の有効利用が行われている。
ちょうど一番茶の頃で、新茶の収穫が行われていた。
「あ、聖女さん!」
赤いたすきに赤い前掛け、豆絞りの頭巾という可愛らしいスタイルの女の子が声をかけてきた。
よくよく見ると、知った顔だった。彼女は、軍付きのファン(非公認)だった。
軍人というのは、人気があるものだ。芸能人なみに追っ掛けがいたりする。
ここの駐屯軍では、特にヨシツネ准将の人気が高かった。童顔巻き毛の彼には、常に駐屯地の外に出待ちがいる。確かこの子も、ヨシツネのファンだ。
彼の命を救ったわたしは、感謝されてもいいと思う。だが、実際は違う。それどころか、何度かこの子から睨まれたことさえある。何やら誤解されているらしい。
誤解の一端は、ヨシツネ自身にもある。彼がわたしの後をついて歩くからだ。
「地元の人だったのですか?」
女の子に尋ねた。追っ掛けは、大抵の子が、軍を追って移動していると聞いていた。
「ううん。バイト」
「あら」
「オシ活にはお金がかかるもん」
からっと、彼女は答えた。
「聖女さんはいいねえ。お金を稼がなくてもオシの側にいれるもん」
「いや、ヨシツネ准将はわたしのオシなどでは……」
「隠してもダメ」
きっぱりと女の子は言い放った。
「ヨシツネの目を見ればわかる」
「ええと……」
どの目だ、いったい。そしてわたしの目はどうなる?
「でも、忠告してあげる。ノギはやめな。あれ、ナシ寄りのナシよ」
そういえば、ノギ准将の出待ちって、見たことがない。
「ノギ准将はわたしのオシなどではありせん」
そこだけはわかってもらわないと。だから、きっぱりと主張した。
「マジで? 草生える~」
言いながらポケットからスマホを出している。本当に彼女らはスマホが好きだ。
「あ、コハルちゃん、ここにいた」
農家の男性がやってきた。段ボール箱を抱えている。
「はい、これ。今日のギャラね」
「わっ、うれピー。ありがとです」
「どういたしまして。また頼むね」
「はい」
泥だらけの段ボールを覗き込むと、玉ねぎがいっぱい詰め込まれていた。
「玉ねぎ……収穫量、戻ったんだ……」
しみじみとした思いだった。
だって、玉ねぎの価格高騰が発端で革命が始まり……。
「聖女さんにもあげようか?」
屈みこんで玉ねぎをより分けていたコハルちゃんが言った。わたしを見上げて、にまあ、と笑った。
「それとも、エシャロットじゃないと、ダメ?」
全身が凍り付いた気がした。
◇
多分、彼女には悪気はなかったと思う。それでも茶畑で会った女の子の言ったことは、深く私の胸を刺した。
その痛みは、駐屯地に帰ってからも消えることはなかった。
「玉ねぎがないならエシャロットを食べればいいのに」
それは、王妃マリコが言った言葉だとされている。王も王妃も処刑されて久しいというのに、この言葉は今でも亡霊のように、国民の間を独り歩きしている。
一度悪い方へ傾くと、思考は、とことん絶望に向かおうとする。
白魔法を用いて治療を続けてきたが、よく考えたら、ここにいるのは、革命軍の兵士達だ。革命政府は、わたしの父と母、叔母、そして恐らく弟を殺した。
つまりわたしは、わたしにとって敵である兵隊たちの治療をしてきたということになる。
いや、彼らだって、ジパングの民だ。革命軍に徴兵されて兵士になっているに過ぎない。一人一人の彼らは、とても善良だ。わたしに対して親切でもある。そばを通りかかると、帽子を取ってお辞儀をしてくれたりする。その様子からは、王家への深い尊敬が感じられる。
けれど彼らはやっぱり、革命軍の兵士なのだ。わたしの家族を殺した革命政府、その軍隊の。
彼らにとってもわたしは、複雑な存在だと思う。
革命前、国民は、わたしの父、ヤマト16世に、純粋な敬意を向けていた。けれど、母に対しては違った。
わたしの母は、中花国の皇女だ。中花国は今の対戦相手だ。その上母は、父を操り、ジパングを捨てさせ、自分の母国へ亡命しようとした……。
「玉ねぎがないならエシャロットを食べればいいのに」
その言葉は、未だに国民の間を独り歩きしている。庶民が玉ねぎを食べられない時に、高価な輸入品であるエシャロットを贅沢に食卓に乗せ続けたという、王妃の浪費伝説とともに。
母の娘として、わたしは、国民に疎まれている筈だ。
本当は、ここの兵士達だって……。
「元内親王はいるか! ここに元王女アオイが匿われている筈だ!」
その時、駐屯地に大声が響き渡った。
「自分達は、首都トーキョーから来た派遣議員である。市民アオイには、革命政府に対する重大な謀叛の疑いがある。すみやかに出てきなさい」
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