玉ねぎの値段が4倍にっ! 一揆起こしていいですか?――聖女と戦う革命戦争

せりもも

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革命の聖女

15 ノギの回想

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◇13年前……


白いヘビを、少年は捕まえた。
白蛇は、神の使いだという。
ならば、ふさわしい人に贈ろうと、彼は考えた。


トーキョー近郊、タマのその地は、厳重な警戒が敷かれていた。鉄条網が張り巡らされ、王室警備隊インペリアルガードがそこかしこを闊歩している。

タマの荘園の長として、少年の父も警備の一端を担っていた。
父の通行証を少年はコピーし、なんなく警備をすり抜けた。


王が変わり、新しい聖女が卜定ぼくじょうされたという。
5歳の女の子で、彼女は、新王の娘だ。

聖女になったら、ミエへ赴かねばならない。それまでの間、俗世の穢れを除き、身を清める為に、聖女は野宮のみやという仮の宮で暮らす。新しい聖女の為に選定された野宮は、タマにあった。


そっと、少年は、箱を撫でた。中でかさこそと蛇が動き回る音がする。


噂では、新しい聖女は、大層美しく、光り輝くようだという。あまりの眩しさに、父はサングラスを新調したくらいだ。

ところが、名誉ある聖女に選ばれたというのに、女の子は泣いてばかりいるという。きっと家族と会えなくなるのが寂しいのだろう。一度ミエへ行ってしまうと、父王が王でなくなるまで、家族とは会えないのだから。


だから、この蛇を、彼女に捧げるのだ。
白いヘビは神の御使い。
聖女にこれほどふさわしい贈り物はない。




ばかっ広い庭園だった。
少年の家も田舎の屋敷らしく広かったが、ここの比ではない。

少年の家の庭は、山羊やらエミューやらがいて賑やかだが、ここは、しんと静まり返っている。庭木の手入れは几帳面なほど行き届いている。都会風の刈り込みは、なにやら強迫神経症的に見えなくもない。

それにしても、女の子が暮らしているというのに、花壇のひとつもない。植えてあるのは、松やイヌマキなど、立ち木ばかりだ。


しくしくと泣き声が聞こえた。

「インコが逃げちゃった」
子どもの声が聞こえる。

生垣の間からこっそりのぞいてみると、真っ赤な顔に桎梏の髪の、可愛らしい女の子だった。大きな両目からぽろぽろ涙を零している。

野宮には、他に子どもはいない。これは、聖女だ。

「猫が来たの。そしたら、インコがびっくりして飛んでっちゃった」

手乗りインコだったのだろうか。羽を切っておかないなんて、馬鹿な従者どもだと、少年は思った。

乳母か女官か、年配の女性がしきりと宥めているが、女の子は泣き止まない。


チャンス。
少年は思った。

聖女様は、ペットを逃がしてしまい、悲しみに暮れている。
なら一層、白い蛇が現れたら喜ぶだろう。新しいペットができれば、彼女もきっと、泣き止むはず。

泣いている顔も可愛かったが、笑った顔も見て見たかった。

少年は、建物の裏側に回った。縁側のきざはし(階段)に近づき、そっと箱の蓋を開けた。
蛇を追い立て、階段を上らせる。

「おい、悪い猫に仕返しするの、忘れるなよ」

蛇の後ろ姿? に向かって少年は語り掛けた。聖女を泣かすなんて、とんでもない猫だ。


ぬめぬめとした体が、悠揚迫らざる様子で母屋に消えたところで、少年は耳を掴まれた。
「痛っ!」
「この馬鹿者が! 通行証を勝手に持ち出しやがって!」

父だった。
「管理官殿から知らせが来たのだ。いくらなんでも子どもの使いはなかろうと、俺は大目玉を喰ったぞ!」


その時、建物の中から、女性の悲鳴が聞こえた。複数の成人女性の声だ。
父と息子は顔を見合わせた。

「お前、なにかいたずらしたんじゃなかろうな」
強い声で父が問う。

ふるふると少年は首を横に振った。

父は息子を信じなかった。
小さな体を小脇に抱え、彼は一目散に野宮を後にした。


突如野宮に現れた白蛇が、いたずら者の猫をまるごと呑み込んだと少年が伝え聞いたのは、聖女がミエに向かって出立した後だった。

清浄の宮ゆえ、この話は極秘にされていた。父と親しいタキグチの騎士が、こっそり教えてくれたのだ。蛇は、護衛の武官が成敗しようとしたところ、聖女自身に止められたという。







「……」

昔を思い出し、ノギは肩を竦めた。見上げる月が美しい。


この13年間、5歳のあの子は、いつだってノギの心の中にいた。彼女の両親……王と王妃……が処刑された時は、次は彼女の番ではないかと、生きた心地がしなかった。

ノギは革命軍の将校だ。だが、この国の王と王妃を処刑したのは、明らかに行き過ぎだと思う。それから、神を否定したことも。

ノギ自身は神を見たことがない。けれど、他人が神を信じることを止めようとは思わない。

人は人。現にあの子は、神を信じているわけだし。

彼女が信じるなら、神はいるのだろう。ノギ自身は信じていないが。


それにしても、聖女を救おうと画策していたことを、コジヒ総司令官に見抜かれていたとは。

不覚だった。

その上ヨシツネまでもが、彼を助けたのはで、ノギの本当の目当ては聖女自身だったのだと、ぬかしやがった。

まったく怪しからんことだ。その通りなのだけれど。


さて、これからどうしよう。まあ、成り行きにまかせるしかないが……。


背後で音がした。交代の兵士だろう。少し早いようだが、早すぎる分には問題はない。
ノギは振り返り……世界が暗転した。






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