ピュアなカエルの恋物語

せりもも

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2章 発情への道

26 そばにいたい

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 もちろん、おとなしく留守番している気はない。
 兵士の足音が聞こえなくなると、俺はさっそく、ドアに体当たりした。

 開かない。
 固く閉められ、おまけに、外から閂が掛けられているようだ。


 それなら、窓だ。

 だが、窓もまた、ぴっちり閉まっていた。おまけに高い位置にあって、どう跳ねても、窓枠まで届かない。


 俺は絶望した。

 やがて、内庭から大きなラッパの音が聞こえた。
 大勢の人の気配。
 馬が高く嘶く声。

 出陣だ。
 ロンウィ将軍が行ってしまう!


 将軍! 待ってくれ! 置いて行かないで!
 俺は、きっと役に立つ。

 何の役に立つかは、わからないけど、胸のポケットにいれておいてくれれば、弾除けくらいにはなると思う。弾丸の威力を少しは弱め、あなたの心臓の手前で止めることができるかもしれない。

 いや、必ず止めてみせる。

 あなたを、守りたいんだ、将軍。
 あなたと一緒にいたい。



 なんでそんな風に思ったかはわからない。


 俺は、ロンウィ将軍のことしか考えられなくなっていた。
 あけすけで女に見境のない、けれど、誠実で勇敢な。
 下劣と高潔さが目まぐるしく入れ替わる、複雑な性格の、この軍人のことしか。


 彼の兵士達と同じだ。
 将軍の為なら、なんだってやる。どこへだってついていく。

 自分の命さえ、惜しくない。

 だって、
 ロンウィ将軍のいない世界は、永遠に輝きを喪ったも同然だから。









 夜明け前。エスターシュタット軍のキャンプは、静まり返っていた。

 明るくなってから火を焚いて朝食を摂り、それから、戦いが始まる。
 それが、古き良き時代からの、戦争の習慣だった。

 エスターシュタット軍が雇った傭兵たちは、古い習慣を遵守した。彼らは、金の為に働いている。


 だが、リュティス軍は違った。
 兵士らは、自分の国の為に戦っている。故郷に残してきた家族を守る為に、命を賭している。
 勝つ為には、古い習慣になど、かかずらわっているわけにはいかない。それに、朝飯くらい抜いても、へっちゃらだ。

 リュティス軍は高揚していた。

 北軍の司令官、クレジュールと。
 はるばるゴドウィ河上流から助太刀に来た、ロンウィ・ヴォルムス将軍。
 勇敢で知略家の二人が、軍を率いている。


 ロンウィ将軍は、前衛として、騎兵の精鋭達の前にいた。
 前衛は、真っ先に敵に切り込む。俊敏な動きが要求される、危険な部隊だ。

 この部隊を率いることができるのは、ロンウィ将軍しかいないことを、みんな、わかっていた。
 勇敢で、命知らずの彼にしか、できない仕事であると。

 リュティス北軍は、すでに、エスターシュタット軍に負けている。一時は、壊滅の危機にまで追いやられた。
 今やエスターシュタット軍は、数に於いて、リュティス軍を遥かに上回る。

 前衛軍が、敵に奇襲を掛けなければ、この戦いに勝ち目はない。
 そして精鋭騎兵を率いる司令官が、真っ先に敵陣へ突っ込んでいくことで、兵士らは鼓舞され、実力以上の力を発揮する。




 闇の中、合図が上がった。
 雄叫びを上げ、前衛軍が、突撃を開始した。

 馬に身を伏せ、先頭を行くのは、もちろん、ロンウィ・ヴォルムス将軍だ。

 騎兵隊が砂埃を上げて駆け抜け、その後に、歩兵連隊が続く。
 エスターシュタットの陣営から逃れて出て来た敵は、砲兵が砲撃する手はずだ。

 クレジュール将軍の策略に、遺漏はない。短い戦闘で、勝利を収めるのだ。
 だが……。


 敵は、リュティス軍の襲来を予見していた。
 エスターシュタット軍はとっくに目を覚まし、敵を待ち受けていた。
 ……。









 伝令の齎した第一報は、味方、苦戦、というものだった。

 リュティス軍の奇襲は、事前に敵に見破られていた。
 恐らく、昨日逃がした亡命軍が、歩兵連隊合流を知らせたのだろう。エスターシュタット軍は、戦闘が近いことを、予測していたようだ。

 リュティスの前衛が切り込み、歩兵が続くも、押し戻されつつあるという。


 守備兵たちが声高に話すのが聞こえた。


 前衛。
 彼は、そこにいるはずだ。
 騎兵の精鋭部隊の先頭に。
 前に走り後ろに戻りして、仲間を鼓舞している。
 そして、自ら剣を振り回し……。

 人を殺してもいいと、俺は思った。
 彼が怪我をするくらいなら。
 彼が死んでしまうくらいなら!

 敵にも人生があるのは、わかる。敵兵にだって、死んだら泣く人の、一人や二人はいるだろう。
 だが、俺には、ロンウィ将軍が、一番大切だ。
 彼が無事なら、それでいい。その他の人を、思いやる余裕などない。

 こんな恐ろしい祈りが、通じるわけがない。
 だが、祈らずにはいられなかった。

 神様。
 どうか、将軍を、死なせないでください。
 彼が無事に俺の所へ帰ってきてくれるよう、どうか、お守りください……。









 ロンウィ部隊は、敵陣の奥深くまで切り込んでいた。
 高台に布陣していた敵軍は、木立や民家を利用して、巧みに銃撃してくる。

 馬が、立ち止まった。
 どう、と横向けに倒れる。

 すんでのところで、ロンウィは、馬から飛び降りた。

 葦毛は、わき腹を撃たれていた。即死だった。
 ……ナタナエレ皇帝のくれた馬。

 感傷に浸っている間はなかった。
 灌木の茂みから、敵兵がこちらを狙っている。

 馬が倒れたのは、見晴らしのいい場所だった。このままでは、ロンウィ自身も蜂の巣だ。

 倒れた馬を盾に、ロンウィは屈みこんだ。敵の弾が切れるのを待ち、銃で応戦する。

 木々の間に、敵兵が倒れるのが見えた。と思う間もなく、右手にいた味方の騎兵が、音もなく、馬から落ちる。


 ……時間を稼がねば。

 前衛が敵の隊列を切り崩した隙間に、クレジュール部隊が突撃してくることになっている。








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