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2章 発情への道
33 嵐の襲来
しおりを挟む捕虜の交換をし。
敵国からそっと差し出された贈り物を、押し戻し。
疫病防止の為に、戦死者を埋葬してくれるよう、地元の役所と交渉し。
ようやく、ロンウィは、中央軍の要塞へ帰ってきた。
彼のカエル、愛しいグルノイユが、どうかどうか、自分を待っていてくれますようにと祈りつつ。
「将軍! お帰りをお待ちしてました!」
馬が止まらないうちに、副官のレイが駆けてきた。
「カエルだな?」
即座に将軍は叫んだ。
「カエル? いえ、違います!」
馬に踏みつけられそうなって、危ういところで止まり、副官は叫んだ。
「大変な厄災が、出来してます!」
ロンウィは、目を瞑った。
「やっぱり、グルノイユは帰っていないのか……」
「グルノイユ?」
「もしかして!」
不審気なレイの顔を見て、ロンウィの胸は、期待と不安で押しつぶされそうになった。
「彼は、人に戻ったのだな!? おお、神よ! でも、どうしよう……できない……」
馬上で、一人、悶えている。
やっと名前と顔(?)が一致し、レイは、首を横に振った。
「いいえ、グルノイユは、カエルです」
焦れて、ロンウィは叫んだ。
「とにかく彼は、帰ってきたのだな!?」
「ええ、まあ」
「よしっ!」
馬を飛び降り、駆けだそうとした上官の上着を、副官は掴んだ。
「ちょっと将軍、どこ行くんですか!」
自由を奪われ、将軍はもがく。
「グルノイユ。俺のカエル……」
「一度、カエルから離れてください。大変なんですってば! 厄介ごとがいくつも出てきて!」
厄介ごと。
戦地において、それは、日常茶飯事だった。
密偵の侵入。
味方同士の決闘沙汰。
中央政府からの無理な指令。
「今度は何だ?」
やけくそになって、将軍が叫んだ時だった。
「ロンウィ!」
叫び声が轟いた。
大きな声ではない。むしろ、掠れた、細い声だ。
年配の女性の声。
白髪を上品に結い上げた、小柄な女性だった。スカートにボンネット姿、身なりは質素だ。
両手を腰に当て、凛として佇んでいる。
「全くこの子は! 私がちょっと怒ったら、6年間も実家に寄り付かないで!」
「かっ、母さん……」
ロンウィの不敵な面構えが、みるみるうちに崩れていく。
「そっ、それはっ! 戦いが続き、軍の転戦と撤退で忙しく……」
「言い訳をおしでない!」
ぴしゃりと黙らせた。
「あなた、いくつになったの? もう、大台を越えたわよね?」
「8月で30歳になりました」
「それなのに、結婚もしないで」
「それは、ですね。若い嫁は、きっと、母さんへの共感に乏しいから、嫁姑の戦いで苦しむのは、母さんご自身だと思い……」
「言い訳をおしでない! それも、人をダシにして! あのね、ロンウィ。ひとり寂しいあなたの老後を思うと、私は心配で心配で、夜も眠れません」
二人の傍らには、副官のレイが、唖然としてつっ立っている。
要塞にいた兵士達も、集まってきた。
「とっ、とにかく、母さん、」
部下の前で、さすがにこれ以上の醜態は見せられない。ロンウィは、母の袖を引いた。
「ベルフィネからの長旅でお疲れでしょう? 駐屯地のことですから、何もおもてなしはできませんが、せめて、お部屋でお休み頂いて、ですね、」
一刻も早く、母を個室に隔離しようとする。
「黙らっしゃい!」
細く高い声が遮った。
「その上、隠し子まで作って! 全くあなたって子は!」
集まってきた兵士らがどよめく。
「子どもの母親の情夫から、手紙が来たのよ! ベルフィネの私の家へね! 出産の費用と、今までの養育費を払えって!」
*
将軍の病気を治したいと思った。
顔色が悪く、いつも疲れたような顔をしている、ロンウィ将軍。
必ずしも、病気のせいではないのかもしれない。病気を潜伏させたまま、普通に生活を送る人もいる。ただ、いずれにしろ、短命だという。
そこまで考えると、身も世もあらぬくらい、俺の気持ちは乱れる。
ずっと一緒にいたい。少しでも長く、同じ世界で生きていたい。
だが。
将軍に隠し子がいると知ってから、思うのだ。
将軍の病気、治らない方がいいんじゃね?
だって、治ったらきっと、彼は、女の子たちをベッドに誘う。
次々と、際限もなく。
それはもう、間違いない。
ガートルードとの付き合いは、ぎりぎり、彼が病気を伝染される前なのだろう。そして、娘のマリーが生まれた。
その後も、彼は、来る者拒まず、女の子たちをベッドに引きずり込み。
見境もなく。
部下の兵士達と共有して、手当たり次第。
もしかして。
もしかして、他にも?
またひょっこり、出てくるかもしれない。
将軍の子が。
そう思うと、限りなく不安だった。
だが、もし。
もしもだ。
将軍の病気が治らなかったら?
律義な彼のことだ。相手に感染させることを恐れ、女の子たちとの交渉を、持とうとしないだろう。
少なくともこの先に限り、彼が、隠し子を作ることはない。
もちろん、俺もまた、彼と、何もできなくなるけど。
それでもいいと思う。
あの時の将軍は、怖かった。
もちろん、気持ちよくなかったと言ったら、嘘になる。あの先に進みたい気が、ないわけじゃない。好奇心だってある。
ただ、今更ながらに思い出すのだ。
いつもと違うロンウィ将軍は怖かった、と。
……人をたくさん殺してきた、大きな手。
そんな風に思うのは、間違ってる。
無事に帰ってきてくれて、涙がでるくらい、嬉しい。彼とずっと、一緒にいられたら、幸せだ。
そこで、いつも、思考が途切れる。
考えても無駄だから。
だって彼には、本命がいる。
きっと、蒼い満月の夜、将軍が話していた人だ。食べたらダメなのに食べちゃった人、のことだ。
その人の傍らに、将軍はずっといたいんだと思う。俺が、いつだって、彼の側にいたいように。
”誰か”の為に、ロンウィ将軍は、命賭けで戦っている。無茶をして、怪我をたくさんして、戦い続ける。ただただ、その人に、ふさわしい人になる為に。
だめだ。
どんなに頑張ったって、俺の割り込む隙間なんてない……。
なんだか、窓の外が騒がしい。
そういえば、2~3日前に、将軍の母上が、到着したという。
まだ、お会いしていないが、なんだか怖いオバ……いや、ご婦人だという噂だ。
ロンウィ将軍が帰ってきたら、お母さんに、うんと叱ってもらうといい。彼にはそれが、必要だ。
でも、その前に。
ここに帰ってきたのなら、誰より先に、俺に会いに来てほしい。
そりゃ、俺の方から飛び出してきたわけだけど。
けどさ。
けど……。
……会いたい。
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